青空文庫の全作品
青空文庫で公開されているすべての著者の全作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 十日間 | 長塚節 | 30分以内 | |
三月二日、月曜、晴、暖、 起床平日よりはやし、冷水浴、 宵に春雨が降つたらしく屋根が濕つて居る、しかし雫する程ではない、書院の庭にしきつめてある松葉は松もんもが交つてるので目障りであるがけさは濡れて居るからいかにも心持がよい、庭下駄を穿いてぶら/\とあるく、平氏門に片寄つてさうして戸袋にくつゝいた老梅が一株は蕾がちで二株は十分に開いて居る、蕾には一つづゝ露が溜つてその露が折々松葉の上に落ちる、 | |||
| 撃剣興行 | 長塚節 | 30分以内 | |
「一刀流神傳無刀流開祖從三位山岡鐵太郎門人」「鹿島神傳直心影流榊原建吉社中東京弘武會員」といふ長々しい肩書のついた田舍廻りの撃劍遣ひの興行があるといふので理髮床や辻々の茶店に至るまでビラが下つた、撃劍の興行といふのが非常に珍らしいのにその中には女の薙刀つかひが居るといふのと、誰でも飛入の立合ができるといふのと、女の薙刀つかひを打負したものには銀側時計を呉れるといふことゝで界隈の評判になつた、興行の | |||
| ポーの片影 | 芥川竜之介 | 10分以内 | |
◇ ポーとは、ヱドガー、アラン、ポーのことです。 | |||
| 芋掘り | 長塚節 | 1時間〜 | |
一 小春の日光は岡の畑一杯に射しかけて居る。 | |||
| 商機 | 長塚節 | 30分以内 | |
汽車から降りると寒さが一段身に染みる。 | |||
| 東西伊呂波短歌評釈 | 幸田露伴 | 30分以内 | |
東京と西京とは、飲食住居より言語風俗に至るまで、今猶頗る相異なるものあり。 | |||
| 正義の国と人生 | 桐生悠々 | 10分以内 | |
ゴオリキの「どん底」に現われた不思議な老人ルカの話によると、シベリアに「非常に貧乏で、惨な暮らし」をしていた或男が、「正義の国」を求めていた。 | |||
| 天竜川 | 小島烏水 | 60分以内 | |
一 山又山の上を、何日も偃松の中に寝て、カアキイ色の登山服には、松葉汁をなすり込んだ青い斑染が、消えずに残つてゐる、山を下りてから、飯田の町まで寂しい宿駅を、車の上で揺られて来たが、どこを見ても山が重なり合ひ、顔を出し、肩を寄せて、通せん坊をしてゐる、これから南の国まで歩くとすれば、高い峠、低い峠が、鋭角線を何本も併行させたり、乱れ打つたりして、疲れた足の邪魔をする。 | |||
| かけはしの記 | 正岡子規 | 30分以内 | |
浮世の病ひ頭に上りては哲学の研究も惑病同源の理を示さず。 | |||
| 旅日記 | 二葉亭四迷 | 10分以内 | |
社命を畏こまつて雲の彼方の露都を志し六月十二日雨持つ空の何となく湿つぽい夕弱妻幼児親戚の誰彼、さては新知旧識のなつかしき人々に見送られ新橋より大阪行の客となる。 | |||
| 霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ | 徳田秋声 | 10分以内 | |
今年は何の意味にもハイキングに不適当である。 | |||
| 烏帽子山麓の牧場 | 島崎藤村 | 10分以内 | |
水彩畫家B君は歐米を漫遊して歸つた後、故郷の根津村に畫室を新築した。 | |||
| 白帝城 | 北原白秋 | 30分以内 | |
「ほら、あれがお城だよ。」 私は振り返つた。 | |||
| 霧の旅 | 吉江喬松 | 30分以内 | |
北國街道の上には夏草がのびてゐた。 | |||
| 木枯紀行 | 若山牧水 | 60分以内 | |
――ひと年にひとたび逢はむ斯く言ひて 別れきさなり今ぞ逢ひぬる―― 十月二十八日。 | |||
| 北信早春譜 | 野上豊一郎 | 10分以内 | |
碓氷を越すと一面の雪で、急に冬へ逆戻りしたやうな感じであつた。 | |||
| 黒百合 | 泉鏡花 | 1時間〜 | |
序 越中の国立山なる、石滝の奥深く、黒百合となんいうものありと、語るもおどろおどろしや。 | |||
| 中条精一郎の「家信抄」まえがきおよび註 | 宮本百合子 | 30分以内 | |
父は、ものを書くのが特に好きというのではなかったようですが、一般にまめであった性質から、結局はなかなかの筆まめであるという結果になって居たと思います。 | |||
| 日本ライン | 北原白秋 | 30分以内 | |
1 舟は遡る。 | |||
| 伊良湖の旅 | 吉江喬松 | 60分以内 | |
北から吹く風が冷たく湖上を亙つて来た。 | |||
| 放翁鑑賞 | 河上肇 | 60分以内 | |
渭南文集五十巻、老学庵筆記十巻、詩に関する 説話の散見するものを、拾ひ集めて此篇を成す。 | |||
| 鳥羽家の子供 | 田畑修一郎 | 1時間〜 | |
松根は五人目の軍治を生んだ時にはもう四十を越えてゐた。 | |||
| 高尾紀行 | 正岡子規 | 5分以内 | |
旅は二日道連は二人旅行道具は足二本ときめて十二月七日朝例の翁を本郷に訪ふて小春のうかれありきを促せば風邪の鼻すゝりながら俳道修行に出でん事本望なりとて共に新宿さしてぞ急ぎける。 | |||
| 大島行 | 林芙美子 | 30分以内 | |
一信 思ひたつた旅ながら船出した咋夜から今朝にかけて、風雨激しく、まぢかく大島の火の山が見えてゐながら上陸が仲々困難でした。 | |||
| 水郷めぐり | 若山牧水 | 10分以内 | |
約束した樣なせぬ樣な六月廿五日に、細野君が誘ひにやつて來た。 | |||
| 日光 | 田山花袋 | 30分以内 | |
一 野州はすぐれた山水の美を鍾めてゐるので聞えてゐる。 | |||
| 華厳滝 | 幸田露伴 | 60分以内 | |
一 昭和二年七月の九日、午後一時過ぐるころ安成子の來車を受け、かねての約に從つて同乘して上野停車場へと向つた。 | |||
| 伊香保 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
二三年前の夏、未だ見たことのない伊香保榛名を見物の目的で出掛けたことがある。 | |||
| 榛名 | 横光利一 | 30分以内 | |
眞夏の日中だのに褞袍を着て、その上からまだ毛絲の肩掛を首に卷いた男が、ふらふら汽車の中に這入つて來た。 | |||
| 鎌倉一見の記 | 正岡子規 | 5分以内 | |
面白き朧月のゆふべ柴の戸を立ち出でゝそゞろにありけばまぼろしかと見ゆる往來のさまもなつかしながら都の街をはなれたるけしきのみ思ひやられて新橋までいそぎぬ。 | |||
| 伊豆の旅 | 島崎藤村 | 30分以内 | |
汽車は大仁へ着いた。 | |||
| 初島紀行 | 与謝野晶子 | 10分以内 | |
正月六日朝早く千人風呂に入つて、その硝子窓から伊豆の沖の美くしい日の出を見ました。 | |||
| 塩原日記 | 岩野泡鳴 | 30分以内 | |
十月廿七日、晴。 | |||
| 山を想ふ | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
富士の嶺はをみなも登り水無月の氷のなかに尿垂るとふ 與謝野寛氏の歌だ。 | |||
| 滑川畔にて | 嘉村礒多 | 60分以内 | |
北鎌倉で下車して、時計を見ると十時であつた。 | |||
| 箱根の山々 | 近松秋江 | 60分以内 | |
夏が來て、また山の地方を懷かしむ感情が自然に私の胸に慘んでくるのを覺える。 | |||
| 海郷風物記 | 木下杢太郎 | 60分以内 | |
夕暮れがた汽船が小さな港に着く。 | |||
| 湖水めぐり | 野上豊一郎 | 30分以内 | |
大正八年八月四日。 | |||
| 道学先生の旅 | 戸川秋骨 | 10分以内 | |
若い學生――斷つて置くが、男生女生兩方の學生である――を引率してといふ處だが、むしろ若い學生達に引率されての旅であつた。 | |||
| 幻想 | 有島武郎 | 30分以内 | |
彼れはある大望を持つてゐた。 | |||
| 新春偶語 | 寺田寅彦 | 10分以内 | |
新玉の春は来ても忘れられないのは去年の東北地方凶作の悲惨事である。 | |||
| 颱風雑俎 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
昭和九年九月十三日頃南洋パラオの南東海上に颱風の卵子らしいものが現われた。 | |||
| 初夏に座す | 岡本かの子 | 5分以内 | |
人生の甘酸を味はひ分けて来るほど、季節の有難味が判つて来る。 | |||
| 『煤煙』の序 | 夏目漱石 | 5分以内 | |
「煤煙」が朝日新聞に出て有名になつてから後間もなくの話であるが、著者は夫を単行本として再び世間に公けにする計画をした。 | |||
| 艇長の遺書と中佐の詩 | 夏目漱石 | 5分以内 | |
昨日は佐久間艇長の遺書を評して名文と云つた。 | |||
| 書簡 | 原民喜 | 60分以内 | |
●昭和十一年四月三十日 千葉市登戸より 村岡敏(末弟・当時明治大学ホッケー部に在籍し、ベルリンオリンピックに代表として派遣された)宛 今朝早くから女房が起すのである それから一日中オリンピツクのことを云つて女房は浮かれ たうたう我慢が出来ないと云ふので速達を出すといふのである 大変芽出度いこととワシも思ふのである この上は身躰に注意し晴れの榮冠を擔つてかへつて來い 原家一同それを望んでやまないので | |||
| 三田社会科学研究会 | 野呂栄太郎 | 5分以内 | |
成立以来十名前後を上下していたわが研究会も、五月二十四日の公開講演会、その後の講義開始等によって一躍六十余名を擁するにいたった。 | |||
| 三田社会科学研究会報告 | 野呂栄太郎 | 5分以内 | |
ともかくも順調な歩みをもって、華々しくはないが危なっけの少ない生長を遂げている。 | |||
| チャアリイは何処にいる | 牧逸馬 | 60分以内 | |
1 七月一日だった。 | |||
| 潮霧 | 有島武郎 | 10分以内 | |
南洋に醗酵して本州の東海岸を洗ひながら北に走る黒潮が、津輕の鼻から方向を變へて東に流れて行く。 | |||