横光利一の全作品

盲腸横光利Ｆは口から血を吐いた。

真夏の宿場は空虚であった。

家を取り壊した庭の中に、白い花をつけた杏の樹がただ一本立っている。

初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。

春は馬車に乗って横光利海浜の松が凩（こがらし）に鳴り始めた。

序章乙女たちの一団は水甕を頭に載せて、小丘の中腹にある泉の傍から、唄いながら合歓木の林の中に隠れて行った。

村の点燈夫は雨の中を帰っていった。

火横光利初秋の夜で、雌（めす）のスイトが縁側（えんがわ）の敷居（しきい）の溝の中でゆるく触角を動かしていた。

時間横光利私達を養っていてくれた座長が外出したまま一週間しても一向に帰って来ないので、或る日高木が座長の残していった行李を開けてみると中には何も這入（はい）っていない。

御身横光利末雄が本を見ていると母が尺（さし）を持って上って来た。

鳥横光利リカ子はときどき私の顔を盗見するように艶のある眼を上げた。

結婚してから八年にもなるのに、京都へ行くというのは定雄夫妻にとって毎年の希望であった。

ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのように張り合っていた。

睡蓮（すいれん）横光利もう十四年も前のことである。

どこかで計画しているだろうと思うようなこと、想像で計り知られるようなこと、実際これはこうなる、あれはああなると思うような何んでもない、簡単なことが渦巻き返して来ると、ルーレットの盤の停止点を見詰めるように、停るまでは動きが分らなくなるという魔力に人はかかってしまう。

次の日曜には甲斐へ行こう。

このごろ停電する夜の暗さをかこっている私に知人がランプを持って来てくれた。

コンミニズム文学の主張によれば、文壇の総てのものは、マルキストにならねばならぬ、と云うのである。

もし文芸復興というべきことがあるものなら、純文学にして通俗小説、このこと以外に、文芸復興は絶対に有り得ない、と今も私は思っている。

夢私の父は死んだ。

地震以後家に困つた。

罌粟（けし）の中横光利しばらく芝生の堤が眼の高さでつづいた。

厨房（ちゅうぼう）日記横光利こういう事があったと梶（かじ）は妻の芳江に話した。

今まで、私は詩集を読んでゐて、涙が流れたといふことはない。

真昼である。

市街を貫いて来た一条の道路が遊廓街へ入らうとする首の所を鉄道が横切つてゐる。

雨が降りさうである。

犯罪横光利私は寂しくなつて茫然と空でも見詰めてゐる時には、よく無意識に彼女の啼声を口笛で真似てゐた。

碑文横光利雨は降り続いた。

神馬横光利豆台の上へ延ばしてゐた彼の鼻頭へ、廂から流れた陽の光りが落ちてゐた。

終始末期を連続しつつ、愚な時計の振り子の如く反動するものは文化である。

吉をどのような人間に仕立てるかということについて、吉の家では晩餐後毎夜のように論議せられた。

八月――日駈けて来る足駄の音が庭石に躓（つまず）いて一度よろけた。

冬の女横光利女が一人籬（まがき）を越してぼんやりと隣家の庭を眺めてゐる。

七階の運動横光利今日は昨日の続きである。

一条の詭弁横光利その夫婦はもう十年も一緒に棲んで来た。

Ｑ川はその幼年期の水勢をもつて鋭く山壁を浸蝕した。

眞夏の日中だのに褞袍（どてら）を着て、その上からまだ毛絲の肩掛を首に卷いた男が、ふらふら汽車の中に這入つて來た。

丘の先端の花の中で、透明な日光室が輝いていた。

その街角には靴屋があった。

由良は多木の紹介で脳に特効あるという彼の郷里の温泉へ行くことにした。

独断芸術的効果の感得と云うものは、われわれがより個性を尊重するとき明瞭に独断的なものである。

幼い頃、「無常の風が吹いて来ると人が死ぬ」と母は云つた。

思ひ出といふものは、誰しも一番夏の思ひ出が多いであらうと思ふ。

優れた作品を書く方法の一つとして、一日に一度は是非自分がその日のうちに死ぬと思うこと、とジッドはいったということであるが、一日に一度ではなくとも、三日に一度は私たちでもそのように思う癖がある。

村では秋の収穫時が済んだ。

この作品は私の最初の長篇である。

二月二十二日［注・昭和十一年］家人への手紙今さき門司を出た。

静安寺の境内は名高い外人墓地である。

芥川龍之介氏は上海へ行くと政治のことばかりに頭が廻って困ると私にこぼしたことがある。