青空文庫の全作品
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 我等の一団と彼 | 石川啄木 | 1時間〜 | |
一 人が大勢集つてゐると、おのづから其の間に色分けが出來て來る――所謂黨派といふものが生れる。 | |||
| 京阪聞見録 | 木下杢太郎 | 60分以内 | |
予も亦明晩立たうと思ふ。 | |||
| 山陰の風景 | 木下利玄 | 10分以内 | |
山陰と云つても、東は丹後但馬から西は石見に及んでゐて、區域が廣いからさし當りここでは、但馬の城崎附近を書いて見よう。 | |||
| 尹主事 | 金史良 | 10分以内 | |
町の北、丘を越えたところにじめじめした荒蕪地がある。 | |||
| 蒲寿庚の事蹟 | 桑原隲蔵 | 60分以内 | |
本論 一 大食人の通商 西暦八世紀の初頃から、十五世紀の末に、ヨーロッパ人が東洋に來航する頃まで、約八百年の間は、アラブ人が世界の通商貿易の舞臺に立つて、尤も活躍した時代で、殊に西暦八世紀の後半に、Abb※s 王朝が縛達 Baghd※d に都を奠めて以來、彼等は海上から印度や支那方面の通商に尤も力を注いだ。 | |||
| 大秦景教流行中国碑に就いて | 桑原隲蔵 | 60分以内 | |
私は明治四十三年四月の『藝文』に、「西安府の大秦景教流行中國碑』といふ論文を發表した。そののち大正十二年の六月に、景教碑の模型の京都帝國大學到着を記念すべく開かれた史學研究會で、「大秦景教流行中國碑に就きて」と題する講演をした。茲に掲ぐる論文は、さきの論文と講演とを一纏めにして、新に作つたものである。 茲に紹介する景教碑、詳しくいへば大秦景教流行中國碑は、唐時代に建設されたもので、その當時支 | |||
| 東洋史上より観たる明治時代の発展 | 桑原隲蔵 | 30分以内 | |
一 歳月流るるが如く、明治天皇の後登遐後、早一年を經た。 | |||
| 別れたる妻に送る手紙 | 近松秋江 | 1時間〜 | |
拝啓 お前――別れて了ったから、もう私がお前と呼び掛ける権利は無い。 | |||
| 湖光島影 | 近松秋江 | 60分以内 | |
比叡山延暦寺の、今、私の坐つてゐる宿院の二階の座敷の東の窓の机に凭つて遠く眼を放つてゐると、老杉蓊鬱たる尾峰の彼方に琵琶湖の水が古鏡の表の如く、五月雨霽れの日を受けて白く光つてゐる。 | |||
| 白い壁 | 本庄陸男 | 1時間〜 | |
一 とうとう癇癪をおこしてしまった母親は、削りかけのコルクをいきなり畳に投げつけて「野郎ぉ……」と喚くのであった。 | |||
| 『尚書』の高等批評 | 白鳥庫吉 | 30分以内 | |
東洋協會講演會に於いて、堯舜禹の實在的人物に非ざるべき卑見を述べてより已に三年、しかもこの大膽なる臆説は多くの儒家よりは一笑に附せられしが、林〔泰輔〕氏の篤學眞摯なる、前に『東洋哲學』に( 余は近時林氏の注意によりて之を知れるなり)、近く『東亞研究』に、高説を披瀝して教示せらるゝ所ありき。 | |||
| 酔ひたる商人 | 水野仙子 | 60分以内 | |
一 東北のある小さな一町民なる綿屋幸吉は、今朝起きぬけに例の郡男爵から迎への手紙を受け取つたのであつた。 | |||
| 夜の浪 | 水野仙子 | 10分以内 | |
どちらから誘ひ合ふともなく、二人は夕方の散歩にと二階を下りた。 | |||
| 犬の威厳 | 水野仙子 | 10分以内 | |
『あなたは、あなたの旦那樣の御容子をすつかりお氣に召してゐらつしやる?』と、いきなりよしのさんの言葉が私に向いて來た。 | |||
| 浅間山麓 | 若杉鳥子 | 10分以内 | |
落葉松の暗い林の奥で、休みなくかっこうが鳴いている。 | |||
| 独り旅 | 若杉鳥子 | 5分以内 | |
汽車がA駅を通過する頃から曇って来て、霧で浅間の姿も何も見えなくなった。 | |||
| 旧師の家 | 若杉鳥子 | 5分以内 | |
私が故郷の街から筑波山を見て過ごした月日は随分と永いことだった。 | |||
| 三尺角拾遺 | 泉鏡花 | 10分以内 | |
「あなた、冷えやしませんか。」 お柳は暗夜の中に悄然と立つて、池に臨むで、其の肩を並べたのである。 | |||
| 星女郎 | 泉鏡花 | 1時間〜 | |
一 倶利伽羅峠には、新道と故道とある。 | |||
| 関牧塲創業記事 | 関寛 | 60分以内 | |
創業記事端書 世の中をわたりくらべて今ぞ知る 阿波の鳴門は浪風ぞ無き 予は第二の故郷として徳島に住する事殆んど四十年、為に数十回鳴門を渡りたるも、暴風激浪の為めに苦しめらるる事を記憶せざるなり。 | |||
| 小さな村 | 原民喜 | 30分以内 | |
夕暮 青田の上の広い空が次第に光を喪つてゐた。 | |||
| 氷花 | 原民喜 | 60分以内 | |
三畳足らずの板敷の部屋で、どうかすると息も窒がりさうになるのであつた。 | |||
| 飢ゑ | 原民喜 | 30分以内 | |
僕はこの部屋にゐると、まるで囚人のやうな気持にされる。 | |||
| 火の踵 | 原民喜 | 30分以内 | |
……音楽爆弾。 | |||
| 災厄の日 | 原民喜 | 60分以内 | |
自分の部屋でもないその部屋を自分の部屋のやうに、古びた襖や朽ちかかつた柱や雨漏のあとをとどめた壁を、自分の心の内部か何かのやうに安らかな気持で僕は眺めてゐる。 | |||
| 火の子供 | 原民喜 | 30分以内 | |
〈一九四九年 神田〉 僕は通りがかりに映画館の前の行列を眺めてゐた。 | |||
| 二つの死 | 原民喜 | 30分以内 | |
一 その頃私はその朽ちて墜ちさうな二階の窓から、向側に見える窓を眺めることがあつた。 | |||
| 星のわななき | 原民喜 | 30分以内 | |
私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、 「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。 | |||
| 魔のひととき | 原民喜 | 60分以内 | |
ここでは夜明けが僕の瞼の上に直接落ちてくる。 | |||
| 心願の国 | 原民喜 | 30分以内 | |
〈一九五一年 武蔵野市〉 夜あけ近く、僕は寝床のなかで小鳥の啼声をきいてゐる。 | |||
| 或売笑婦の話 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
この話を残して行つた男は、今どこにゐるか行方もしれない。 | |||
| 花が咲く | 徳田秋声 | 30分以内 | |
磯村は朝おきると、荒れた庭をぶら/\歩いて、すぐ机の前へ来て坐つた。 | |||
| 風呂桶 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
津島はこの頃何を見ても、長くもない自分の生命を測る尺度のやうな気がしてならないのであつた。 | |||
| 町の踊り場 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。 | |||
| チビの魂 | 徳田秋声 | 60分以内 | |
彼女も亦人並みに――或ひはそれ以上に本能的な母性愛をもつてゐた。 | |||
| のらもの | 徳田秋声 | 60分以内 | |
一 「月魄」といふ関西の酒造家の出してゐるカフヱの入口へ来た時、晴代は今更らさうした慣れない職業戦線に立つことに、ちよつと気怯れがした。 | |||
| 原子爆弾 | 原民喜 | 5分以内 | |
夏の野に幻の破片きらめけり 短夜を※[#「血+卜」、232-3、読みは「たお」か]れし山河叫び合ふ 炎の樹雷雨の空に舞ひ上る 日の暑さ死臭に満てる百日紅 重傷者来て飲む清水生温く 梯子にゐる屍もあり雲の峰 水をのみ死にゆく少女蝉の声 人の肩に爪立てて死す夏の月 魂呆けて川にかがめり月見草 廃虚すぎて蜻蛉の群を眺めやる | |||
| 死と愛と孤独 | 原民喜 | 5分以内 | |
原子爆弾の惨劇のなかに生き残つた私は、その時から私も、私の文学も、何ものかに激しく弾き出された。 | |||
| ある手紙 | 原民喜 | 10分以内 | |
佐々木基一様 御手紙なつかしく拝見しました。 | |||
| 惨めな文学的環境 | 原民喜 | 5分以内 | |
昨夜あなたは田中英光のことを近々書くといっていたが、直接面識のあったあなたの書くものは面白いだろうと期待しています。 | |||
| ガリヴア旅行記 | 原民喜 | 10分以内 | |
この頃よく雨が降りますが、今日は雨のあがつた空にむくむくと雲がただよつてゐます。 | |||
| 「狂気について」など | 原民喜 | 5分以内 | |
「狂気について」は昨年三田文学九月号の Essay on Man のために書いて頂いたものだが、それが標題とされ今度一冊の書物となり読み返すことの出来たのは、僕にとつてほんとに嬉しいことだつた。 | |||
| 悪夢 | 原民喜 | 5分以内 | |
僕は外食に出掛けて行くため裏通りを歩いている。 | |||
| 一匹の馬 | 原民喜 | 5分以内 | |
五年前のことである 私は八月六日と七日の二日、土の上に横たわり空をながめながら寝た、六日は河の堤のクボ地で、七日は東照宮の石垣の横で――、はじめの晩は、とにかく疲れないようにとおもって絶対安静の気持でいた、夜あけになると冷え冷えして空が明るくなってくるのに、かすかなのぞみがあるような気もした、しかし二日目の晩は、土の上にじかに横たわっているとさすがにもう足腰が痛くてやりきれなかった。 | |||
| 長崎の鐘 | 原民喜 | 10分以内 | |
No more Hiroshima! これは二度ともう広島の惨禍を繰返すな、といふ意味なのだらうが、ときどき僕は自分自身にむかつて、かう呟く。 | |||
| ヒロシマの声 | 原民喜 | 5分以内 | |
ペン・クラブの一行に加わって私はこんど三年振りに広島を訪れた。 | |||
| 五年後 | 原民喜 | 5分以内 | |
竜ノ彫刻モ 高イ石段カラ割レテ 墜チ 石段ワキノ チョロチョロ水ヲ ニンゲンハ来テハノム 炎天ノ溝ヤ樹ノ根ニ 黒クナッタママシンデイル 死骸ニトリマカレ シンデユク ハヤサ 鳥居ノ下デ 火ノツイタヨウニ ナキワメク真紅ナ女 これは五年前のノートに書きなぐっておいたものである。 | |||
| 原爆回想 | 原民喜 | 10分以内 | |
私の父は四十年前に一度、家を建てたのだが、たま/\地震があって、少し壁や柱にすき間が出来ると、神経質の父は早速その新築の家をとり壊して、今度は根底から細心の吟味を重ねて非常に岩乗な普請にした。 | |||
| 平和への意志 | 原民喜 | 5分以内 | |
二つの特輯が私の心を惹いた。 | |||
| 死について | 原民喜 | 5分以内 | |
お前が凍てついた手で 最後のマツチを擦つたとき 焔はパツと透明な球体をつくり 清らかな優しい死の床が浮び上つた 誰かが死にかかつてゐる 誰かが死にかかつてゐる と、 お前の頬の薔薇は呟いた。 | |||