田山花袋の全作品

山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木の電車停留場の崖下を地響きさせて通るころ、千駄谷の田畝をてくてくと歩いていく男がある。

小石川の切支丹坂から極楽水に出る道のだらだら坂を下りようとして渠（かれ）は考えた。

四里の道は長かった。

たしか長春ホテルであつたと思ふ。

渠（かれ）は歩き出した。

Ｂはやつとひとりになつた。

ネギ一束田山花袋お作が故郷を出てこの地に来てから、もう一年になる。

呉葉は瓜の出來る川ぞひの狛の里から、十の時に出て來て、それからずつと長く兵衞佐の家に仕へた。

樹々の若葉の美しいのが殊に嬉しい。

雑嚢を肩からかけた勇吉は、日の暮れる時分漸く自分の村近く帰って来た。

一行は樹立の深く生茂つた處から、岩の多い、勾配の高い折れ曲つた羊齒の路を喘ぎ喘ぎ登つて行つた。

家の中二階は川に臨んで居た。

野州はすぐれた山水の美を鍾（あつ）めてゐるので聞えてゐる。

五六人集つたある席上で、何ういふ拍子か、ふと、魯西亜の小説家イ、エス、ツルゲネーフの作品に話が移つて、ルウヂンの末路や、バザロフの性格などに、いろ／＼興味の多い批評が出た事があつたが、其時なにがしといふ男が急に席を進めて、「ツルゲネーフで思ひ出したが、僕は一度猟夫手記の中にでもありさうな人物に田舎で邂逅（でつくは）して、非常に心を動かした事があつた。

町のお祭か何かで、中津の停車場はひどく雑沓した。

久しく無住であつたＨ村の長昌院には、今度新しい住職が出来た。

私は戦場から帰って、まもなくＯ君を田舎の町の寺に訪ねた。

明治四十四年の元日は上諏訪温泉で迎へた。

マダム・マアテルリンクがこの頃『マダム・ボワリーの故郷』といふ文を書いた。

『一國の主都』と言ふ大きな繪入の書籍を十年前にある處で見たことがある。

お互に粗い感情や粗い理窟で喧嘩したり議論したりしても仕方がない。

新世紀に出た正宗白鳥君の『古手帳』の中に、『蟲齒が痛んで苦んだ。

私は思ふ、調子の惡い文章は書いても、無駄の多い文章は書き度くない、と。

人生の爲めの藝術を後藤宙外君は本誌の前號で説いて居る。

街道がある。

いかなる事象をも――口に言ふに忍びざるほどの悲慘、殘忍、冷酷のことをも、明かに其心に映し得るやうに、作者は常に眞率な無邪氣な心を持つて居なければならぬ。

本能は人間の如何ともすべからざるものである。

深い心理に入つて見ることが第一だ。

バザンの［＃「バザンの」は底本では「バサンの」］田園小説を二三册讀んだ。

J. K. Huys Mans あたりで、フランスの新らしい文章は一変したと言はれてゐる。

静夫はその高台のどんな細い道をもよく知つてゐた。

私は知つてゐる人に逢はないやうに沼の向う側を通つて行つた。

吾々はある意味に於ては、即かなければならない。

○おくればせに新年と二月の小説を飛び／＼に読んで見た。

その時丁度午飯のあと片附をすませた妻は、私達の傍を通つて、そのまゝ居間の方へと行つた。

二人はよく裏の松林の中を散歩した。

私達が北満洲に行つた時の話ですが、あのセミヨノフ将軍の没落した後のロシアの避難民のさまは悲惨を極めたものだつたさうです。

「行きますか？」片語の日本語でかう李が言ふと、Ｈは、「何うします？」と言つて私の方を見た。

なつかしきＫ先生、ゴオと吹きおろす凩の音に、又もや何等の幸福も訪れずに、夕暮がさびしくやつてまゐりました。

「馬鹿に鳴くね。

『色懺悔』『夏痩』あたりから、私は紅葉の作物を手にした。

私のこれまでに見て来たところでは、芸術をやるものは多くは無であるやうである。

「とてもあんなところには泊れやしないね、あんなところに泊らうもんなら何をされるかわかりやしない」かうＢが言つたのは、その深い草道を半里ほどこつちに来てからであつた。

『此方の方に来たことはあつて？』『いゝえ』『でも、小さい時には遊びに来たことはあるでせう？そら上水の岸で、つばなや何か取つたことがあるぢやないの？』『さうだつたかしら？』妹の種子は考へるやうにして言つた。

一夜すさまじく荒れた颱風の朝、Ｋはいつもよりも少し遅れて家を出た。

種族が異つても、国が異つても、文化が異つても、矢張人間だから、考へることが似たり寄つたりである。

解脱の度数解脱にも非常に度数があると共に、真剣とか、一心とか言ふことにも矢張度数がある。

東京の夏は色彩が濃くつて好い。

西鶴は大阪人ではあるけれども、それ以上に深い処を持つてゐると私は思ふ。

山の半腹を縫つた細い路を私は歩いて居た。