河上肇の全作品
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1-9件 / 全9件
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|---|---|---|
| 貧乏物語 | 河上肇 | 1時間〜 | |
序 この物語は、最初余が、大正五年九月十一日より同年十二月二十六日にわたり、断続して大阪朝日新聞に載せてもらったそのままのものである。 | |||
| 随筆「断片」 | 河上肇 | 30分以内 | |
一 京都帝大の経済学部教授をしてゐた頃、大正九年九月の新学期から、私は経済学部の部長に補せられた。 | |||
| 御萩と七種粥 | 河上肇 | 30分以内 | |
私の父方の祖父才一郎が嘉永五年七月一日、僅か六畳一間の栗林家の門部屋で病死した時――栗林家の次男坊に生れた才一郎は、この時すでに河上家の養子となっていたが、養家の瀬兵衛夫婦がまだ生きていた為めに、ずっと栗林家の門部屋で生活していたのである、――彼の残した遺族は三人、うち長男の源介(即ち私の父)は五歳、長女アサ(即ち私の叔母)は三歳、妻イハ(即ち私の祖母)は二十五歳であった。 | |||
| 小国寡民 | 河上肇 | 30分以内 | |
放翁東籬の記にいふ、 「放翁告帰(退官して隠居すること)の三年、舎東の※地(草の生ひしげる土地)を闢く。南北七十五尺、東西或ひは十有八尺にして贏び、或ひは十有三尺にして縮まる。竹を插んで籬と為す、其地の数の如し。五石瓮(かめ)を※[#「くさかんむり/貍」、341-4]め、泉を瀦めて池と為し、千葉の白芙※[#「くさかんむり/渠」、341-5](蓮)を植う。又た木の品(木の類)若干と草の品若干を雑へ | |||
| 放翁鑑賞 | 河上肇 | 10分以内 | |
数日来残暑甚、羸躯発熱臥床、 枕上成此稿。 | |||
| 放翁鑑賞 | 河上肇 | 60分以内 | |
渭南文集五十巻、老学庵筆記十巻、詩に関する 説話の散見するものを、拾ひ集めて此篇を成す。 | |||
| 閑人詩話 | 河上肇 | 60分以内 | |
佐藤春夫の車塵集を見ると、「杏花一孤村、流水数間屋、夕陽不見人、※牛麦中宿」といふ五絶を、 杏咲くさびしき田舎 川添ひや家をちこち 入日さし人げもなくて 麦畑にねむる牛あり と訳してあるが、「家をちこち」はどうかと思ふ。 | |||
| 閉戸閑詠 | 河上肇 | 1時間〜 | |
閉戸閑詠 第一集 起丁丑七月 尽辛巳十月 [#改ページ] 〔昭和十二年(一九三七)〕 野翁憐稚孫 余この歳六月十五日初めて小菅刑務所より放たる 膝にだく孫の寝顔に見入りつつ庭の葉陰に呼吸ついてをり七月七日 花田比露思氏の来訪を受く 有りがたや七年ぶりに相見ればふるさとに似し君のおもかげ七月七日 獄をいでて 三首 獄をいでて街を歩きつ夏の夜の行きかふ人を美しと見し 獄を | |||
| 枕上浮雲 | 河上肇 | 30分以内 | |
暖くなりしためか、静養の結果か、営養の補給十分なりしためか、痩せゐることは変りなきも、この数日総体に体力のやや恢復せるを覚ゆ。 | |||
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