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今野大力の全作品

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作品名著者読了時間人気
凍土を噛む今野大力
5分以内
土に噛りついても故国は遠い 負いつ 負われつ おれもおまえも負傷した兵士 おまえが先か おれが先か おれもおまえも知らない おれたちは故国へ帰ろう おれたちは同じ仲間のものだ お前を助けるのは俺 俺を助けるのはお前だ おれたちは故国へ帰ろう この北満の凍土の上に おれとお前の血は流れて凍る おお赤い血 真紅のおれたちの血の氷柱 おれたちは千里のこなたに凍土を噛む 故国はおれたちをバンザイと見送り
ねむの花咲く家今野大力
5分以内
俺は病室にいる 暗室のような部屋だ。
花に送られる今野大力
5分以内
小金井の桜の堤はどこまでもどこまでもつづく もうあと三四日という蕾の巨きな桜のまわりは きれいに掃除され、葭簀張りののれんにぎやかな臨時の店店は 花見客を待ちこがれているよう 私の寝台自動車はその堤に添うて走る 春めく四月、花の四月 私は生死をかけて、むしろ死を覚悟して療養所へゆく すでに重症の患者となった私は これから先の判断を持たない 恐らく絶望であろうとは医師数人の言ったところ 農民の家が
百姓仁平今野大力
5分以内
何つう病気だか知らねいが、 俺家のたけ子奴病気だどって帰って来た 何でも片足だけは血が通わねえんだって そしてくさりこんでさ うみが出て うみが出て、 血の通うところまでぶった切って 生れにもない片輪になりやがって 二十一の働き盛り 嫁盛りに 何つうこった 俺あ口惜しくて涙も出ねい たけ子の野郎奴は ロクすっぽ金も持たずにおんだされて来やがった どうすべか いい考えもありやしねい ああ俺は口惜し
胸に手を当てて今野大力
5分以内
かつて私は 悪事をやった立場に立たされた時 こう憎々しげに吐きつけられたものだ、 「胸に手を当てて、よっく考えて見ろ!」 私は今、胸に手を当てて 静かに激しく想っている。
私の母今野大力
5分以内
そこにこうかつな野郎がいる そこにあいつの縄工場がある 縄工場で私の母は働いていた 私の母はその工場で 十三年 漆黒い髪を真白にし 真赤な血潮を枯らしちまった 私の母はそれでも子供を生んだ 私達の兄弟は肉付が悪くって蒼白い 私達は神経質でよく喧嘩をした 私達は小心者でよく睦み合った 私達の兄弟は痩せこけた母を中心に鬼ごっこをした 母は私達を決して追わない 母はいつでもぴったりと押えられた 私達
生る今野大力
5分以内
父あり 母あり 病児生る 父あり 母あり 白痴生る 父あり 母あり 天才生る 父あり 母あり 盲児生る 父あり 母あり 死児生る
三角の赤色旗今野大力
5分以内
赤色の三角旗 風びうびうと飜し 共産主義の一兵士 三角地型に佇立する
所有今野大力
5分以内
あらゆる所有の王国に呪いあれ     * 万民平等なる母体の胎児たりし時 卿等に所有の観念の兆せしや否や 我古代より現代に至る 社会の変遷による人々の苦悩は 個人があやまれる自由の曲訳により 所有の観念のあやまれる故なりと断ずるなり     * 自由とは何ぞや     * あらゆる個人の所有を許さざる万民平等の時 神人等が私慾の一点も加えられざる処 これあるのみ     * 我ここに按ずるに 所有
土の上で今野大力
5分以内
おまえはまだ立っているか 力強く立っていようとするか 風は吹いても地はゆらいでも おまえはまだ立っていようと願いるか     * 久し振りで地に親しむ事の出来た 土へのおまえの愛は まことに美しいものだ けれども今はおまえの執着は おそろしいものだ     * あくまで地に立っている事は あくまで反逆の意味がふくまれている、真実に地を愛し慕うならば おまえは立つ事を やめねばならない おとなしく大
拾った詩今野大力
5分以内
なぜか知ら そぞろ歩みに誘われて 私もお祭りに加わります 誰ひとり街はずれのお宮へなぞゆくものですか みんなはこうして 涼しい夏の夜の風を浴びながら 当どもなく華やかな灯の下を さまよいます。
ある時今野大力
5分以内
「未曾有のキキン」 「大水害」 「餓死の年」 遠いほんとうに遠い 父と息子の住んで居る土地は 時代をとりちがえて生きて居るようにほんとうに遠い 手紙の封筒は ほご紙を飯粒のりでこさえておくる 切手はどこかのすみからさがして来たようにすすけてしわくちゃだ 父と息子のたよりは 三銭の切手もめったに送らない 父は「死んでしまおうか」と訴えてくる 白髪のお母よ丈夫で居てくれ 小さい弟妹よ、丈夫に育ってくれ
我等の春今野大力
5分以内
春の丘を超えて歩んで来た息子の母は 慈愛にみち 春の大地のように ふくふくとめぐみにみちていた。
麦やきの日今野大力
5分以内
人手なき独り者 治兵衛の麦はせに 飛火して燃えうつり 泡を喰った治兵衛は 麦束もて火を叩く 風つのり火はさかり 麦はせは凡て燃え 治兵衛は大火傷 やけどした六十男 治兵衛はわめきつつ こげのこる麦の穂を かき集めかき集め かなしさと痛さとに 大声で泣きわめく 一九三四・六
碇泊船今野大力
5分以内
船腹の色のはげ落ちた惨さは 遠く波濤とたたかって来た 今は疲労になやんで ぐったりと体を伸べたような いたわりの心を感ずる 廃船のようではないか 英蘭の旗を船尾に立てて 見れば船員が二三人 甲板に出て立っている あの船員の眼は碧く 頭髪は褐色に染み 彼ら異邦を航海する人々 雪降り暮るる港にあり
本土の港を指して今野大力
5分以内
津軽の海風は 暮れ行く夕日の彼方へと連絡船を冷たく吹き送る 桟橋に立ち去り兼ねて見送る人々とも別れて 身をマントに包み 頬をうずめて 物蔭甲板に佇めば 防波堤に点る明滅の灯火も見えずなり 巍然たる函館山の容姿も 次第に海をへだてて 水夫の投げこんだ速度計の速めらるるままに 闇の中に失われゆく かくて海峡の海は次第に荒く 空よりは白き贈り物音もなく 真闇の中に降り来り、海に消え マストに積る 船は船
兵士の綱今野大力
5分以内
「引け!」 イチニ、イチニ、イチニ 雨が降る 秋に降る冷たい雨、落葉を叩く 頬を打つ流してはならぬ涙の様 イチニ、イチニ、イチニ 中途でぐうんと引かかる、よろ、よろ、よろ、重たいゆるがぬ万億の重量 「止まれ!」 班長、ちっとあおそすぎないか 六人の肩に絨衣を通して 肩に割り込む兵士の綱 グレンの代りに使われる 架橋工事の兵士達 雨の中、川をこいで綱を引く 「初め!」 イチニ、イチニ、イチニ するす
立待岬にいたりて今野大力
5分以内
露西亜の船の沈んだ片身に残したと聞く石を抱いて われは又ある日のざんげをするか 函館山は高く 要塞地として秘密を冠る おごそかな 壮大なる岩礁の牢たる屹立は 東方に面して 何をひそかに語りつつあるか 黒鳥のあまた 岩に群がり 波に浮び 魚を捕う かつてここら立待岬のアイヌ達は 魚群の来るを銛を携えて立ち待てりと伝う 東海の波濤のすさまじく寄せ打つ処 崖上の草地にマントを着たる四五人の少女等 寝そべ
航海今野大力
5分以内
大いなる家鴨の姿に似たる 連絡船の三等船室にて 不愉快な動揺を感じ 軽い頭痛に悩まされ 渡り行く島の奥地に痛み悩む母への哀切に泣きつつ ひとりし寝転べば 出稼人夫等の行く先々の未だ見知らざる地への 憧れに満ちたる足に触れ 最初は驚き縮んだ私ではあるが 夢を持たない旅人のあらぬことを しみじみ我ながら感じては 貧しき出稼労働人の心に もろくも兄弟達の涙を感じ 足を伸べ組み添え 瞳を交し 微笑さえ見せ
軍服を着た百姓源造の除隊今野大力
5分以内
「おお源造よ 帰って来たか」 つまごをはき、雪路を踏んで、馬橇の上で別れて行ったあの日、 「俺あクジ逃れだ、俺には只一人のお母がいる、お母はおいぼれ……」 「でも源造よ、お上はお前や俺等のために、どうにもなんめいぞ、誰ぞと代って下されと、あれ程ねがったんだに  仕方のねい世の中だ  諦められない世の中よ  そんだば、元気で行ってこう  源造よ、元気でだぞお!」 戦争におびやかされ 戦争は明日にも
飢えたる百姓達今野大力
5分以内
稲の穂先へ米が幾粒実ったとても それが生活への打撃の少ないものはいい 一粒の種から一粒の穂先が首を天上へ―― 野は早くも荒涼 寒冷に夜はあける 稲ハセは痩せて鳥の飢えたる鳴き声に 不吉な暗示を、 百姓達は ああ どうしようもない 組合もない いや増しに来る寒さは吹雪となって腿引の破れへ首を釣り 穀物の尠い土地に雑草の種は蒔かれる。
伊豆の伊東へ今野大力
5分以内
地図を見ればここは伊豆 伊豆の温泉、伊東の町 熱海より五里余 汽車もなければ そびえ立つ岩肌を穿ち堀りけずり 辛くも自動車の往来する これこそ羊腸の道 怪異の岩礁出でて 緑の松腰を折れば そこは眺望絶佳といわれて ラムネ、レモンを売る 腰掛茶屋も並びあり 異人の女一人遠き伊豆の山肌を写しており 伊豆の山の美しさは われをして故郷にある貧しけれど情みつる 母の心情のうるおいを憶しめ 病児をいたわるは
S療養所点景今野大力
5分以内
療養所の看護婦はいつも 廊下をみがいている ドアーのハンドルをみがいている いくらみがいてもピカピカ光る程 この療養所の建物は新らしくない それでも毎日 看護婦は廊下をみがきハンドルをみがく 主任が真先に立ってやって見せるし 主任の命令がきびしいので 看護婦は今日もみがきやになってる 病室に入って 病室のうすきたなさはちっともきれいにされない 病室には 廊下など歩くはおろか 半身を起せぬ患者が呻
形象の献辞今野大力
5分以内
生命形象の末路にこそ われは華やかなる讃美を贈らんかな 生長に太りゆく肉体と自然 それら皆空々無色の透明体となり 精霊のみあれよ 而して無用なる形態一切は 生れ出でし日の永劫記念に 神前の土深く 埋葬し献ぜんかな
幸福を今野大力
5分以内
おお我胸の苦しさよ 幸福は失われた おおそうだ、幸福は 輝き渡るかなたの山より 朝日の出づると共に 潮のように寄せて来た 然し幸福は私の手元にいる事を拒んだ、又引潮のように 夕べには次第々々に失われていった 私は考えている 失われた幸福の 私を避けた理由を 私は青ざめている 不幸にみいられて 苦しい事もかなしい事も みんな私をなやませて 一息の安らかな 呼吸さいあたえられない故に 私は自分自身で
色彩今野大力
5分以内
色彩なければ 我ら生はあらざらむ 春宵の薄暮 わが双眼の全き視神経は麻痺して 宇宙は皆灰一色となり 感ずべき何ものもなし 心ただ焦燥して 形なく踊れども みたすべき何ものもなし ああ春宵の薄暮 奪われし色彩のかえらじ 燃ゆるなき 古城址の焔と消えんのみ
自然教徒今野大力
5分以内
こんな静かな晩、外は全くの闇である 星はわずかに下界を雲間にのぞいている     * ああ下界は午後十一時 俺は今夜も自然教徒なる故に 黒き衣を身に着けて 静かに彼方の小高い丘へ歩んでゆく     * 小高い丘には 一本の白樺が、聖十字架の如くにそびいている
豌豆畑今野大力
5分以内
豆畑を越えて 聞えて来る睦ましそうな話を 私はねころんで聞いていた よくは聞きとれないけれども ほんとうに睦ましそうな話 すげ笠の蔭にかくれて 父も母も余念なく草を取りつつ 何をか物語る 子供はうね越えて遠く 向うの方に事もなき うれしさの微笑を見せて 母さんよ 母さんよと 呼び続けている
光箭今野大力
5分以内
視よ、暁と呼ぶ 東方の王子 我等が上に君臨まします 白日の御幸は今日もある由なり さてこそ王子は己れが光りの箭を数多なる郎党も召従えず 絶えず燦々と放たしむ 箭は放たれたり 地上は皆輝きたり 東方の王子は今日一日にて 中天をすぎさせ給える模様なり 而して明日も 再び参らせらるると承わる
死んだ妹に寄せて今野大力
5分以内
私の妹が死んだ、 妹は十四年この世に生きていて死んだ 私はそれを施療病院のベットの上できいた 涙も出なかった、そして 泣くよりも切ない気持で一人の幼き者の死を追慕した 死なせたくはなかった、 生かしておいてこの世の中の正しい希望に よろこばせてやりたかった 生れてきたからには そして肉親の兄である私が三十年の間に 学んできたことを 折ある毎に語りきかせ 苦難の道ではあるが 輝やかしいわれわれの未来
故郷断想今野大力
5分以内
* 小川は濁っている ヤマメ、イワナのようなうまい小魚はもうそこへはのぼって来ない 淀みにはどぶ臭い雑魚が居り 廿年の昔の清冷な流れの面影がない     * 連なる丘陵は ただ禿山であり 焼けたエゾ松の根株が淋しく黒く佇んで居り 昔そこに美しい針葉樹林があり 楡、タモ、栓、楢、紅葉、桜、胡桃、白椛の林があって 小鳥や兎達の楽しい場所であったことは きれいに忘れ去られている     * 部落の人々は
天の海今野大力
5分以内
始皇よ 長城の如けん うねうねと連らなる山脈 駅路より駅路へ 人は人をたよりて 母を父を子を友を同胞を 旅するものの心つたえて 赤き逓送車のまわりゆくまで 極みなき地平の物語り出る物語り 丘に上り我は今日も 駅逓の旗を見ん (郷土は峡谷に馥郁たる香の花を秘めて  知られざる時代に埋もれゆくよ) 太古の儘なる森林に入りて もの思う男もあり 禿山の頂に立ちて 山脈の彼方なつかしの海にあらずやとふるさ
ある夜、ある宵今野大力
5分以内
ある夜は くらやみの中に 妻をよびよせて 話すことすべて狂人の如く     * 来年の三月に死ぬと 自分のいのちを予言して 今日すいみん剤を多量にのんだと いい、胸の苦るしさを訴えて 妻を涙ぐませる うそのような真実に近いような ある日の宵     * しゃべるとつかれてくるに しゃべること 自分でよせと思いつつも たわごとの如くしゃべくる宵
海の誘惑今野大力
5分以内
打ち返し泡立ち 再び寄せ 盛り上り 岩を打つ 波濤の歴史の永遠の力は 時としてあの不可解な死への誘惑を感ぜしめる 波に乗り 暴風雨を経て 大洋の航路にある旅客船は 絶えず地球の経緯を計っているが 世界を行く人々の心に あやしくも その感情の芽生えた時には 海は彼等が凡て目的の彼方であり 船長も水夫も多くの旅客も 惜し気もなく 悲しまず 永遠の歴史の海底へ沈むであろう
埋れた幻想今野大力
5分以内
慰める様な ぬるい南風に衣を なびかせ なびかせ 大地の精が臥している 小高い丘の殺風景な(けれども希望に輝いた)処で 大地の精はつぶやいている ああ古風な幻想よ 大地は忍従の革命家 秋を送り冬を迎え 地上すべて荒廃に帰せしめ 殺した大地の世界から 生命を呼び ま夏の 新緑あふるる青さを生む (かくて神話の世紀から幾代の力を創った事か) 丘は今安らかな暁方の眠りを求める 朝早く営舎を出でて 美しい
三月の自然今野大力
5分以内
トッ―トッ―トッ―トッ ポチョ―ポチョ―ポチョ 解かれゆく雪の絶え間もなき 点滴……点滴…… 三月の空 灰色に消された空 うす青く曇れるはかの密林の峯々 高きに登りて見渡す街の 煙の重さよ 耀きなく 動かぬ自然 ゆらめくは流れる微風 ゆるく……ゆるく…… 打ちつけてはとけゆく風 はらめる風
ヌタプカムシペ山脈の畔り今野大力
5分以内
色づく木々の丘の上の林へ 今日一日私は出かけた めずらしい晴天である 葡萄の葉と楡と、楢と栓とそれらみんな色づいて来た 最早すべて葉を落したものもある つたをたぐって丘に登る時 私は愉快である 登って見下せば又愉快である みごもった稲田を広い平野の端から端へ 見てゆくのも愉快である いろんな野菜の収穫の終った畑も 今は黍と芋蔓がしょんぼりと残っているのみで、 麓の清い澄んだ流れは紅い木の葉を浮べて
義男さん今野大力
5分以内
義男さんよ なぜそんなに考えてるの 一生懸命だね 何を読んでいるの…… ああそうか「死線を越えて」か おもしろいかね いえなあに借りて来て 読んでいるんですよ 此頃は歌はどうです 沢山書いているでしょう いえなあに駄目ですよ さっぱり此頃は 書けませんし出来ないし わたしももうよしているし ああそう言われた義男さんが 終に亡くなられた 私と同じ局にいても いつもおとなしく 少しも高ぶらない君が
有髪の僧今野大力
5分以内
私もいつかは有髪の僧となって 僧院の夕べ 極まりもない苦悩の魂を抱いて独り銀杏の下にいこう身となりました (何と言うかなしい事実でありましょう、人間の子の青春は、かくして奪い奪われ去るのです)
待っていた一つの風景今野大力
5分以内
痩たる土壌をかなしむなく 遠き遍土にあるをかこつなく 春となれば芽をだし 夏となれば緑を盛り花を飾る 貧しく小さくして尚たゆまず ただ一つ 秋、凡ての秋において ただ一つ 種を孕んだわが名知らぬ草 精一杯に伸びんとして努力空しく 夏のま中炎天のあまり枯死してしまったものもある 草にして一生は尊い生命の凡てである 一つの種は一つの種をはらんだ そして遍土の痩土に 初冬のころ 雪を戴き埋れ、静かに待っ
夕べの曲今野大力
5分以内
街々にけむりさまよう 秋夕べここもかしこも 黄昏れて見分けもつかず 劇場のクラリネットの 高く低く或は長く短く 囃立てる巷の声に相和して 一つなる夕べの曲を 今日もまた ひとりし聞けばそのかみの日の なつかしまれつ涙ぐむ
羅漢寺今野大力
5分以内
羅漢寺の羅漢に盗癖ありて ともれるろうそくの涙を啜り 金財袋の紐をほどき 赤さびた銅貨を奪う。
父母達の家今野大力
5分以内
住み古した父母達の家に 父母達の顔にきざんだ皺をかぞえることなく 老いたる父母達の苦難な生活の有様を覗い見ることなく 俺の健康な顔を見せ ガッシリとしてきた手を差のべることなく 街の中に 幾百万の人民の中の一人となり 父母達の家を 数々の家々とひとしく見過して 立去るおもい、 逢わねば心細くもあり 語らねば物がなしくもある わが子をはげまし わが子を階級戦の熾烈なさ中へ送る意気込みはなくとも、
路は果して何れ今野大力
5分以内
生と死の路は今自分の行手にあり 自分はこの全き方向のちがった路の 何れを歩んでいるかを知らない 歩む路は一すじ ただこの一すじが 生命の歓喜へ向っているか また永遠の死へ辿っているか 自分にも解き得ざる謎 謎の日は今、日毎つづきつつある だが博士は言った 「半年か一年か保証は出来ないがね」 ここで自分の歩む路は死だと予断されている も一人の博士はただ眉をひそめて 「生死の問題よりも苦痛よりのがれ
イシカリの川今野大力
5分以内
石狩の川の流れは 昔のアイヌ人種が毒木矢もて意気づく 古風な姿を写しつつ そは永遠に幻を画く平和なる村郷の中を 岩に激し砂辺に寄せて流れている
私の病室の報告今野大力
5分以内
私の病室は十三号の乙 寝台は三つ 満員 二人は施療で私は有料 一人は堅山と三十越えた男 三年全くこのベットにへばって暮し るいれきで首の周囲は膿の出た跡赤い肉が盛り上って 此頃も両脇の下から膿がしきりに流れている 肺の方も相当の進行している その咳こむ凄さは恐ろしい 俳句を毎日作っている も一人は鈴木二十二歳 堅山にこの小僧ッ子は生意気だと 泣きながら散々の悪口を言われた男 一月ばかり前に三千
老将軍と大学教授今野大力
5分以内
相当にぎやかな街の電柱の下のベンチに 素晴らしい将軍が休んでいる 私は写真を見てそう思った が、この老将軍は 前歴が何だかわからない ただぶくぶくした襟毛つきの厚っぽたい外套をきて 帽子はないが ない方がずっと素晴しい頭髪やヒゲを効果的に見せるし 眉毛でも普通の人間とは凡そ縁遠い 逞ましくゆかりあり気な一人の人物と見える だがこの老将軍は白系露字の新聞売である 日本人には驚くだけである 同じベ
宵の星今野大力
5分以内
あついあつい 夕食後のあつさ のんびりと立って見た やっぱり暑い むっちり蒸される様だ ひたいには汗がこんなににじむ     * 弟よ外へ行こう 庭の石に腰をかけて 鈴懸花の香をかいで 青く澄み渡った北国の宵空に 教えられたあの一つの星を探そう     * 七月七日の夜も近づいた 牽牛織女の星がどこにあるか それも探そう 天の川流れるあたり 天上の花のさても美しき事よ
夕ぐれの明るさに憶う今野大力
5分以内
夕ぐれのあかるさ パッと室一杯にあふれて 十六燭の電灯のあかるさなど 小さくすぼんでいるようなこころよい明るさ 忽ちに薄暗くなるこの時刻に これは又何といい明るさだ カーテンをすっかりとり払い 硝子窓を通してもかまわない あの明るい空を眺めよう あの空 あの色 何がこんなにうれしいのか もう三年越しの病人が こしらえたような感激を求めているのだろうか そうではない、たしかに、 空が広いのだ、 広
猛炎今野大力
5分以内
魂と魂と放浪の数日の後 あるところを得たるは げによろこぶべき現象ぞよ 白馬天をゆく 碧瑠璃の空に われらが魂の猛炎は 赤きロマンチックの落日を偲ばしめ 舞楽を奏するなり 聞かずや 宇宙の人々達 分子を談ずる詩人達 広大無辺の渚なき海 われらは船を航し炬火を翳し はるかに行く……。
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