青空文庫の全作品

墓宮本百合子幾枝はすっかり体を二重に曲げ、右の肱を膝にかって、良人の鼻の上に酸素吸入のカップを当てがっていた。

氷蔵の二階宮本百合子表の往来には電車が通った。

部屋宮本百合子二階受持のさを［＃「さを」に傍点］が、障子の陰から半分顔を出し、小さい声で囁いた。

蠅宮本百合子梅雨にはひろいものの晴れ上った天気である。

縫子宮本百合子二階の掃除をすませ、緩（ゆっ）くり前かけなどをとって六畳に出て見ると、お針子はもう大抵皆来ていた。

一太は納豆を売って歩いた。

人間の哀れさが、漠然とした感慨となって石川の胸に浮ぶようになった。

或る夕方、雄鳩が先に小屋へ入った。

はる子は或る知己から、一人の女のひとを紹介された。

発動機の工合がわるくて、台所へ水が出なくなった。

陽子が見つけて貰った貸間は、ふき子の家から大通りへ出て、三町ばかり離れていた。

一九一七年に、世界は一つの新しい伝説を得た。

三等の切符を買って、平土間の最前列に座った。

なほ子は、従弟の部屋の手摺から、熱心に下の往来の大神楽を見物していた。

○みのえは、板の間に坐っていた。

藍子のところへ尾世川が来て月謝の前借りをして行った。

その家は夏だけ開いた。

表玄関の受附に、人影がなかった。

佳一は、久しぶりで大岡を訪ねた。

そこは広い野原で、かなたに堤防が見えた。

（※）［＃「（I）」は縦中横］東海道本線を三等寝台車が走るようになった。

裏のくぬぎ林のあっちをゴーゴーと二番の上りが通った。

ピムキンはパルチザンだった。

あっちこっちで帰り支度がはじまった。

三月二十九日の朝、私は塩尻駅前の古風な宿屋で目をさました。

炉ばたのゴザのこっち側で、たけをが箱膳を膝の前に据え、古漬けの香のもので麦七分の飯をかっこんでいる。

朝飯がすんで、雑役が監房の前を雑巾がけしている。

二月の夜、部屋に火の気というものがない。

「――ただいま」「おや、おかえんなさいまし」詮吉が書類鞄をかかえたまま真直二階へあがろうとすると、唐紙のむこうから小母さんがそれを引止めるように声をかけた。

正面のドアを押して入ると、すぐのところで三和土の床へ水をぶちまけ、シュッシュ、シュッシュと洗っている白シャツ、黒ズボンの若い男にぶつかりそうになった。

六月十三日に、ぬがされていた足袋をはき、それから帯をしめ、風呂敷の包みを下げて舗道へ出たら、駒下駄の二つの歯がアスファルトにあたる感じが、一足一足と、異様にはっきり氷嚢の下の心臓にこたえた。

炎天の下で青桐の葉が黝（くろず）んで見えるほど暑気のきびしい或る夏の単調な午後、格子の内と外の板廊下にいる者とが見えないところでこんな話をしている。

玄関の大きい硝子戸は自働ベルの音を高く植込みのあたりに響かせながらあいた。

やっと客間のドアのあく音がして、瑛子がこっちの部屋へ出て来た。

山がたに三という字を染め出した紺ののれんが細長い三和土の両端に下っていて、こっちから入った客は、あっちから余り人通りのない往来へ抜けられるようになっている。

紺唐草の木綿布団をかけた炬燵（こたつ）のなかへ、裾の方三分の一ばかりをさし入れて敷いた床の上に中気の庄平が眠っていた。

門鑑を立っている白服にかえして前の往来へ出ると、ひどいぬかるみへ乱暴に煉瓦の破片をぶちこんで埋めたまま乾きあがっている埃っぽい地面とギラギラした白雲との間から、蒸れかえった暑気が道子の小柄な体をおし包んだ。

二十畳あまりの教室に、並べられた裁縫板に向って女生徒たちが一心に針を運んでいた。

習慣になっているというだけの丁寧なものごしで、取次いだ若い女は、「おそれいりますが少々おまち下さいませ」と引下って行った。

雨天体操場の前へ引き出された台の上から痩せぎすな連隊長の訓辞が終り、隊列が解けはじめると、四辺のざわめきと一緒にお茂登もほっと気のゆるんだ面持で、小学生が体操のとき使う低い腰かけから立ち上った。

魚屋だの屑金買入れ屋のごたついた店だののある横丁から、新しく開通した電車通りへ出てみると、その大通りはいかにも一昨日電車がとおりはじめたばかりのところらしく、広くしん閑としていて、通りの向い側は市内に珍しい雑木林がある。

電気時計が三十分ちかくもおくれていたのを知らなかったものだから、二人が省線の駅で降りた時分は、とうにバスがなくなっていた。

睡りからさめるというより、悲しさで目がさまされたという風に朝子はぽっかり枕の上で目をあけた。

大階段を降り切った右手のちょっと凹んだようなところで預けてあった書附をかえして貰うと、更に六つ七つの段々からウラル大理石を張った広間へぬけ、大きい重いガラス扉を体で押して外へ出た。

コト。

こちとらは、タオルがスフになったばっかりでもうだつがあがらないが、この頃儲けている奴は、まったく思いもかけないようなところで儲けてるんだねえ。

桃子の座席から二列ばかり先が、ちょうどその二階座席へ通じる入り口の階段になっていた。

そのあたりには、明治時代から赤煉瓦の高塀がとりまわされていて、独特な東京の町の一隅の空気をかたちづくっていた。

太陽が照り出すと、あたりに陽気な雪解けの音が響きはじめた。

ふた足み足階段を下りかけたところへ、日曜日の割合閑散なプラットフォームの日光をふるわすような勢で下りの山の手が突進して来た。