吉川英治の全作品

水引竹刀「こんどの冬の陣には、誰が、初伝を取るか」「夏の陣には、俺が日記方（目録取り）に昇格ってみせる」などと門人たちは、その日を目あてに精錬していた。

初版が出たのさえ十数年前だった。

鈴――どうなるものか、この天地の大きな動きが。

吉岡染明日は知れないきょうの生命また、信長も謡った――人間五十年、化転のうちをくらぶれば、夢まぼろしの如くなりそういう観念は、ものを考える階級にも、ものを考えない階級にもあった。

西瓜伏見桃山の城地を繞（めぐ）っている淀川の水は、そのまま長流数里、浪華江の大坂城の石垣へも寄せていた。

枯野見丹波街道の長坂口は、指さして彼方に望むことができる。

普賢木曾路へはいると、随所にまだ雪が見られる。

衆口学問は朝飯前に。

春告鳥ここは、鶯（うぐいす）の名所。

夜魔昼魔安治川尻に浪が立つのか、寝しずまった町の上を、しきりに夜鳥が越えて行く。

お千絵様みぞれ模様の冬空になった。

送り狼未明のうちに、本郷森川宿を出たお綱と万吉とが、中仙道をはかどって、もうそろそろ碓氷峠の姿や、浅間の噴煙を仰いでいようと思われる頃、――三日おくれて、同じ中仙道の宿駅に、三人づれの浪人を見ることができる。

心の地震鬱然とした大樹はあるが、渭山はあまり高くない。

吉兆吉運それから四、五十日の日が過ぎた。

お千絵様さて、その後またどうしたろうか、お千絵様は？かの女の今の環境はしずかであった。

三国志は、いうまでもなく、今から約千八百年前の古典であるが、三国志の中に活躍している登場人物は、現在でも中国大陸の至る所にそのまま居るような気がする。

黄巾賊後漢の建寧元年のころ。

偽忠狼心曹操を搦（から）めよ。

巫女「なに、無条件で和睦せよと。

煩悩攻防戦呂布は、櫓（やぐら）に現れて、「われを呼ぶは何者か」と、わざと云った。

関羽千里行時刻ごとに見廻りにくる巡邏の一隊であろう。

出廬十年語り合っても理解し得ない人と人もあるし、一夕の間に百年の知己となる人と人もある。

降参船「この大機会を逸してどうしましょうぞ」という魯粛の諫（いさ）めに励まされて、周瑜もにわかにふるい起ち、「まず、甘寧を呼べ」と令し、営中の参謀部は、俄然、活気を呈した。

日輪呉侯の妹、玄徳の夫人は、やがて呉の都へ帰った。

骨を削るまだ敵味方とも気づかないらしいが、樊城の完全占領も時の問題とされている一歩手前で、関羽軍の内部には、微妙な変化が起っていたのである。

中原を指して蜀（しょく）の大軍は、※陽（はよう）（陝西省・※県（べんけん）、漢中の西）まで進んで出た。

諸葛菜三国鼎立の大勢は、ときの治乱が起した大陸分権の自然な風雲作用でもあったが、その創意はもともと諸葛孔明という一人物の胸底から生れ出たものであることは何としても否みがたい。

下天地蔵まだ除夜の鐘には、すこし間がある。

乱鳥図都は紅葉しかけている。

石の降る夜古市の朝は、舟の櫓音やら車の音で明けはじめる。

山門の二皇子ここで日と月は、少し以前へもどるが。

罪の暦先帝後醍醐の隠岐遠流。

柳営日譜十月。

勝負の壇正成は弓杖をつき、すこし跛（びっこ）をひいていた。

大江山不破から西は、一瀉千里の行軍だった。

天下多事いわば五月は革命月だった。

野分のあと敗者の当然ながら、直義の三河落ちはみじめであった。

瘧（ぎゃく）妙な噂が立った。

面まだ葉ざくらは初々しい。

国土病む直義は残って、なお重臣たちと、今後の方針をかためあった。

古人を観るのは、山を観るようなものである。

新春太平綺語おそらく、十代二十代の人には一笑にも値しまい。

はしがきどうも、序文というよりは、これは“おことわりがき”になりそうです。

山目付こんな奥深い峡谷は、町から思うと寒い筈だが、案外冷たい風もなく、南勾配を選って山歩きをしていると草萌頃のむしむしとする地息に、毛の根が痒（かゆ）くなる程な汗を覚える。

五月雨は人を殺す？……人入れ渡世の銅鑼屋の亀さんの部屋にいる、日傭取の人足達も、七人が七人とも雨で、十日も仕事にあぶれて、みんな婆羅門の行者みたいに目を凹ましていた。

笛は孤独でたのしめる。

チチ、チチ、と沢千禽の声に、春はまだ、峠はまだ、寒かった。

はしがき人国記にいわせると、由来、信州人は争気に富むそうである。

立つ秋湯槽のなかに眼を閉じていても、世間のうごきはおよそわかる――。

女被衣「蒲団は――お炬燵（こた）は――入れたかえ」船宿のお内儀さんだ。