5分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「5分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「5分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 夏と人形 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
貴方は南国の傀儡を御存じですか? (と物識りの旅行家が私に話してきかせました) 文楽の舞台に比べては余り原始的でみすぼらしいものの、まことの名人気質と名も知られない人形造りが一心こめて残した霊妙な人形はむしろ棄てられた傀儡師に伝へられてゐるのです。 | |||
| 遠大なる心構 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
不平、希望、有るといへば多々ありますけれど、小さなことでごて/\言ひたくありません。 | |||
| 山麓 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
あの頃私は疲れてゐた。 | |||
| 私の探偵小説 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
私は少年時代から探偵小説の愛好者であったが、日本で発行されたほぼ全部の探偵小説を読むに至ったのは戦争のおかげであった。 | |||
| 歴史と事実 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
以前新井白石の「西洋紀聞」によってシドチ潜入に就て小説を書いたとき、屋久島はどんな島かしらと考えた。 | |||
| 予告殺人事件 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
敵は中小都市の予告爆撃というものをやりだしたが、これはつまり予告殺人事件と同じ性質のものだと思われる。 | |||
| 今日の感想 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
……先頃、文芸銃後運動の講演会か何かがあって、壇上の諸家が期せずして一人も文学を語らなかったというので、この事実に非常に感動した文章を書いていた作家があったけれども、僕にはどうも不思議な気持がするばかりで腑に落ちないこと夥しい。 | |||
| 新らしき性格感情 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
最近私は、N・R・Fの新年号に於て、イリヤ・エレンブルグが「青年期ロシヤ」という一種の報告書を寄せているのを読んだ。 | |||
| 講談先生 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
僕は天性模倣癖旺盛で、忽ち人の感化を受けてしまう。 | |||
| 矢田津世子宛書簡 | 坂口安吾 | 5分以内 | |
御手紙ありがたく存じました。 | |||
| 『異邦人』に就いて | 坂口安吾 | 5分以内 | |
木枯国で捕虜となった一日本人市民が、その地の病院勤務を命ぜられ、雑役夫として働きつつある物語である。 | |||
| 横綱 | 太宰治 | 5分以内 | |
二、三年前の、都新聞の正月版に、私は横綱男女ノ川に就いて書いたが、ことしは横綱双葉山に就いて少し書きましょう。 | |||
| 無題 | 太宰治 | 5分以内 | |
大井広介というのは、実にわがままな人である。 | |||
| 砂子屋 | 太宰治 | 5分以内 | |
書房を展開せられて、もう五周年記念日を迎えられる由、おめでとう存じます。 | |||
| 五所川原 | 太宰治 | 5分以内 | |
叔母が五所川原にいるので、小さい頃よく五所川原へ遊びに行きました。 | |||
| 詩の将来について | 蒲原有明 | 5分以内 | |
こゝに掲げた標題が私に課せられた難問である。 | |||
| 世界的 | 太宰治 | 5分以内 | |
ヨーロッパの近代人が書いた「キリスト伝」を二、三冊読んでみて、あまり感服できなかった。 | |||
| 私信 | 太宰治 | 5分以内 | |
叔母さん。 | |||
| 私の著作集 | 太宰治 | 5分以内 | |
最初の創作集は「晩年」でした。 | |||
| 無趣味 | 太宰治 | 5分以内 | |
この、三鷹の奥に移り住んだのは、昨年の九月一日である。 | |||
| 六月十九日 | 太宰治 | 5分以内 | |
なんの用意も無しに原稿用紙にむかった。 | |||
| 農民芸術の興隆 | 宮沢賢治 | 5分以内 | |
……何故われらの芸術がいま起らねばならないか…… 曾ってわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた そこには芸術も宗教もあった B※chner 明治維新以前 家屋 衣服 食物 労働 宗教 音楽 舞踊 芝居 遊楽 創造 経済の変動に伴ふ所有衝動の発達 科学による急激な技術の進歩による機械的の設計 田植踊 節句 祈願 植物医師の例 労働は古に遡るに従って漸く非労働となる 如何にして労働 | |||
| 泉鏡花作『外科室』 | 宮崎湖処子 | 5分以内 | |
〔明治二八・七・二三『國民之友』二五七號〕 落莫たる文藝倶樂部に於て、吾人二人、新進作家を得る、曰く泉鏡花、曰く三宅青軒。 | |||
| 覚書 | 水上滝太郎 | 5分以内 | |
泉鏡花先生は、天賦の才能を以て、極めて特異な思想感情を、あますところなく文字に表現し盡しておかくれになつた。 | |||
| 料理番と婢の姿 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
彼女は裏二階の階子段をおりて便所へ往った。 | |||
| 真紅な帆の帆前船 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
遠江の御前崎へ往ったのは大正十四年の二月二日であった。 | |||
| 二通の書翰 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
小説家後藤宙外氏が鎌倉に住んでいた比のことであると云うから、明治三十年前後のことであろう、その時鎌倉の雪の下、つまり八幡宮の前に饅頭屋があって、東京から避暑に往っていた××君がその前を通っていると、饅頭屋の主翁が出て来て、 「あなたは××さんと云う方ではございませんか」 と己の姓名を云うので、そうだと云うと、 「こんなことを、だしぬけに申しましては、へんでございますが、二階堂の方の別荘にいらっし | |||
| 長崎の電話 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
京都西陣の某と云う商店の主人は、遅い昼飯を喫って店の帳場に坐っていると電話のベルが鳴った。 | |||
| 築地の川獺 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
小泉八雲の書いた怪談の中には、赤坂に出る目も鼻もないのっぺらぼうの川獺のことがあるが、築地の周囲の運河の水にも数多の川獺がいて、そこにも川獺の怪異が伝わっていた。 | |||
| 棄轎 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
上州の田舎の話である。 | |||
| 焦土に残る怪 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
昭和九年三月二十一日の函館の大火は、その日の午後六時から翌朝の七時まで燃えつづけて、焼失家屋二万四千戸、死傷者三千人を出したが、その時火に追われた市民は、猛火の中をくぐって安全な場所から場所へと[#「場所へと」は底本では「場戸へと」]逃げ廻った。 | |||
| レンズに現われた女の姿 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
保土ヶ谷の某寺の僧侶が写真を撮る必要があって、横浜へ往って写真屋へ入り、レンズの前へ立っていると、写真師は機械に故障が出来たからと云って撮影を中止した。 | |||
| 掠奪した短刀 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
松山寛一郎は香美郡夜須の生れであった。 | |||
| 帽子のない水兵 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
まだ横須賀行の汽車が電化しない時のことであった。 | |||
| 堀切橋の怪異 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
荒川放水路に架けた堀切橋、長い長いその橋は鐘淵紡績の女工が怪死した事から怪異が伝えられるようになった。 | |||
| 室の中を歩く石 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
大阪市住吉区阿倍野筋一丁目に、山本照美と云う素封家の未亡人が住んでいた。 | |||
| 平山婆 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
福岡県嘉穂郡漆生村に平山と云う処があって、そこに坑夫の一家が住んでいた。 | |||
| 母親に憑る霊 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
大正八年二月二十六日、西比利亜出征の田中中佐の一隊は、過激派軍のために包囲せられて、クスラムスコエ附近で全滅したが、悲壮極まるその戦闘で、名誉の戦死を遂げた小島勇次郎と云う軍曹は、大分県大野郡東大野村の出身であった。 | |||
| 偶人物語 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
古道具屋の大井金五郎は、古道具の入った大きな風呂敷包を背にして金町の家へ帰って来た。 | |||
| 遁げて往く人魂 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
二人の仕事師が某夜夜廻りに往っていると、すぐ眼の前でふうわりと青い火が燃えた。 | |||
| 天長節の式場 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
大正十一年十月三十日、横浜市横浜尋常高等石川小学校では、例年の如く天長節の勅語奉読式を挙行した。 | |||
| 簪につけた短冊 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
日本橋区本町三丁目一番地嚢物商鈴木米次郎方の婢おきんと云うのが、某夜九時すぎ裏手にある便所へ入ろうとして扉をあけると、急に全身に水を浴びせられたようにぞっとして、忽ち頭の毛がばらばらと顔の上へ落ちて来てまるで散髪頭のようになった。 | |||
| 亀の子を握ったまま | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
岩手県の北上川の流域に亀ヶ淵と云う淵があったが、そこには昔から大きな亀が住んでいて、いろいろの怪異を見せると云うので夜など往くものはなかった。 | |||
| 唖の妖女 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
明治七年四月のこと、神奈川県多摩郡下仙川村浅尾兼五郎の家へ妖怪が出ると云う噂がたった。 | |||
| 位牌と鼠 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
大正十二年の震災の時であった。 | |||
| 位牌田 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
義民木内宗五郎で有名な甚兵衛の渡場のある処は、印西という処であるが、その印西の渡場から西へ十町ばかり往った処に、位牌田と云う田がある。 | |||
| 赤い牛 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
長野県の上田市にある上田城は、名将真田幸村の居城として知られているが、その上田城の濠の水を明治初年になって、替え乾そうと云う事になった。 | |||
| 寄席の没落 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
少し古い土地の人なら、八丁堀に岡吉と云う色物専門の寄席があったのを記憶しているはずである。 | |||
| 妖蛸 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
明治二十二三年比のことであった。 | |||
| 母の変死 | 田中貢太郎 | 5分以内 | |
よく肉親の身の上に変事があると、その知らせがあると云いますが、私にもそうした経験があります。 | |||