岸田国士の全作品
青空文庫で公開されている岸田国士の全作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 新劇倶楽部創立に際して | 岸田国士 | 30分以内 | |
非常に漠然とした提議の内容でありましたが、それにも拘はらず大体の趣旨に御賛成の上でありませう、今日、わざわざここへお集り下さいましたことは、私として感謝にたへません。 | |||
| 映画の演劇性 | 岸田国士 | 5分以内 | |
演劇をどう定義づけるかにもよるが、私の考へる演劇の本質といふものからみれば、現在の発声映画は、その魅力の一半を演劇的なるものに負つてゐるやうに思ふ。 | |||
| 新劇の拓く道 | 岸田国士 | 5分以内 | |
去年の半ば頃から生れて来た所謂新劇の大同団結運動といふのは、簡単にいふならば、それぞれに少数にすぎない熟練的技術者を擁して、一つの劇団としては十分に客を惹く力に乏しいところから、寧ろ各劇団の優秀な技術者を引抜いて、それで一つの劇団を拵へて、十分職業的に自活し得るものにして行きたいといふのがその趣旨であつた。 | |||
| 日記について | 岸田国士 | 10分以内 | |
私は日記をつけない。 | |||
| 翻訳について | 岸田国士 | 5分以内 | |
翻訳といふ仕事は、いろいろ理窟のつけ方もあるだらうが、大体に於て、翻訳者自身のためにする仕事なのである。 | |||
| 共同の目標 | 岸田国士 | 5分以内 | |
日本新劇倶楽部が生れた。 | |||
| 演劇論の一方向 | 岸田国士 | 30分以内 | |
凡そ、如何なる芸術と雖も、若干の「法則」に従はないものはない。 | |||
| チロルの古城にて | 岸田国士 | 5分以内 | |
ベルサイユの講和条約に、国境劃定委員会が出来て、その一分科である墺伊両国間の国境劃定に日本からも委員を出すことゝなつて服部兵次郎少将(当時中佐)が任命され、私は通訳として随行した。 | |||
| シュアレスの「三人」(宮崎嶺雄君訳) | 岸田国士 | 5分以内 | |
私は嘗て、シュアレスを知るために、そして同時に、フランス人の観たイプセンなるものを注意するために、この『Trois Hommes』を読んだ。 | |||
| 新劇の始末 | 岸田国士 | 30分以内 | |
新劇とは? 「新劇」といふ言葉は最初誰がどういふ意味で使ひ出したか知らぬが、「新しい芝居」といふことを漢語で云つたまでで、専門的な術語と見做すわけに行かぬと思ふ。 | |||
| 小山祐士君の『瀬戸内海の子供ら』 | 岸田国士 | 5分以内 | |
小山君の戯曲家としての成長は、その階梯が極めて劃然とし、『翻るリボン』から、『十二月』、それからこの『瀬戸内海の子供ら』に至る最近の三作を通じて、見事な飛躍をなし、遂に、同君の今日の境地に於て、恐らく完璧ともいふべき表現に到達し得たといふことは、芸術修業の道にあるものが、等しく羨望に堪へぬところである。 | |||
| 「思はざる収穫」について | 岸田国士 | 5分以内 | |
私の敬愛する先輩、内藤濯氏の近著「思はざる収穫」について何か書けといふ本紙編輯者の命である。 | |||
| 「せりふ」について | 岸田国士 | 5分以内 | |
舞台に於ける俳優の「白」については、今いろいろ考へてゐることもあるが、戯曲としての「対話」といふやうなことは、もう自分で意識することも厭になつてゐるので、わざわざ理窟をつける気がしない。 | |||
| わが演劇文化の水準 | 岸田国士 | 10分以内 | |
アカデミイなき悲哀 現代日本の各種文化部門を通じて、最も混沌たる状態を示してゐるのは、人々によつて多少見るところも違ふであらうが、恐らく、明治維新の一転機にも拘らず、かの封建的伝統を最も執拗に、かつ濃厚に継承し来たつて、これに代るべき新時代の要求を未だ明確に反映し得ない、ある若干の部門に限られてゐるやうである。 | |||
| 新築地劇団に望む | 岸田国士 | 5分以内 | |
人各々その畑ありで、僕は自分の仕事を自分に適した範囲でやらうと思つてゐるが、また一方「新劇」といふ一般の立場から、それぞれの偏向を超越して、共通の問題を問題とすることも亦、自分に課せられた役目の一つだと思つてゐる。 | |||
| 中野重治氏に答ふ | 岸田国士 | 5分以内 | |
一、役者が批評家と公然の舞台で議論するやうになることは、特にいいこととも考へられませんが、自分の主張を、役者なるが故に、堂々と発表できないといふ習慣は、勿論、排撃すべきでありませう。 | |||
| 『月・水・金』の跋 | 岸田国士 | 5分以内 | |
卒業製作の採点を命ぜられて、一番困つたことは、標準を何処におくべきかといふこと、並にその点数に表はれた数字が、結局何を意味するか第三者に解つて貰へるだらうかといふことであつた。 | |||
| 『赤鬼』の作者阪中正夫君 | 岸田国士 | 5分以内 | |
新劇を見るほどの人で阪中正夫君の名を知らぬ人はあるまい。 | |||
| 『紙風船』について | 岸田国士 | 5分以内 | |
この作は、順序としては私の第四作である。 | |||
| 内村直也君の『秋水嶺』 | 岸田国士 | 5分以内 | |
内村君の処女作『秋水嶺』は、非常に素直な力作である。 | |||
| 新撰劇作叢書刊行について | 岸田国士 | 5分以内 | |
わが国新劇運動の歴史を通じて、この二三年ぐらゐ、演劇の本質問題が真面目に論議せられ、それが着々実践に遷された期間はないやうに思ふ。 | |||
| 『断層』の作者久板栄二郎君へ | 岸田国士 | 5分以内 | |
「文芸」所載の貴作『断層』について、「テアトロ」から何か感想を書けといふ註文ですが、僕はあれを草稿の時分に読んで聞かせていただいたきり、まだ活字になつたのを拝見してゐませんから、その後手をお入れになつた部分について――つまりその部分を含めて、全体の意見を述べることはできません。 | |||
| 愛妻家の一例 | 岸田国士 | 10分以内 | |
ルナアルの日記を読んで、いろいろ面白い発見をするのだが、彼は自分の少年時代を、「にんじん」で過したゞけあつて、大人になつてからも、常に周囲を「にんじん」の眼で眺め暮した世にも不幸な人間なのである。 | |||
| 車引耕介に答ふ | 岸田国士 | 5分以内 | |
十一月三十日の壁評論「新劇さびれ戯曲栄ゆ」を読んで、小生が徒らに空言を弄するやうに思はれては困るから、「世界的水準に迫るのも遠からぬ各戯曲が何故新劇を興隆させることができぬかその謎をハツキリ解け」といふ車引氏の注文にちよつと挨拶をしておく。 | |||
| ポルト・リシュとクウルトリイヌ | 岸田国士 | 5分以内 | |
ジョルジュ・ド・ポルト・リシュは千八百四十九年に生れたのだから、今年七十八歳である。 | |||
| 世界覗眼鏡 | 岸田国士 | 30分以内 | |
この覗眼鏡はそんなに珍らしいものではない。 | |||
| 世界人情覗眼鏡 | 岸田国士 | 5分以内 | |
七 日本語の研究をしてゐるポリテクニツクの学生を紹介された。 | |||
| 新劇衰微の兆 天才俳優出でよ | 岸田国士 | 5分以内 | |
近頃また新劇団が簇出して、盛に招待券を撒いてゐるといふ噂だが、この事実を以て直に新劇の好況時代と見做すことはできない。 | |||
| 戯曲時代去る | 岸田国士 | 5分以内 | |
「戯曲時代」といふ言葉の定義は僕が嘗て下したところによると「雑誌の創作欄が、昨日までは小説のみで埋められてゐたのに反し、読み物としての戯曲が、可なりの頁数を占めるやうになつた今日の時勢」に外ならぬのであるが、さういふ時勢も昨年の半頃から、そろ/\また遷りかけてゐるやうに見える。 | |||
| 問屋種切れ | 岸田国士 | 5分以内 | |
大戦後、欧洲各国の都市に擡頭した新劇運動の余波は、わが国にも及んで、かの表現派、構成派等の新傾向をはじめ、思想的にも技術的にも、様々な流派が一時にわが劇壇の空気を彩つた。 | |||
| 戯曲集『鴉』の印象 | 岸田国士 | 30分以内 | |
関口次郎君の第二戯曲集が出た。 | |||
| 観て忘れる | 岸田国士 | 5分以内 | |
自分で思ひ立つて映画を観に行つたことはまづないと云つていゝ。 | |||
| 劇作を志す若い人々に | 岸田国士 | 10分以内 | |
自ら劇作家と名乗る資格があるかどうかわからないものが、劇作家たるべき道を説くことは甚だ可笑しいと思ひますが、私を一個の劇作家と見立てゝ、かういふ課題を与へた本誌編輯者の、表面的な責任の蔭にかくれ、私は、自分の信ずるところを述べて見ませう。 | |||
| 巴里で観たイプセン劇 | 岸田国士 | 5分以内 | |
私は夙に近代劇の研究はイプセンから始めなければならぬと教えられてゐた。 | |||
| アトリエの印象 | 岸田国士 | 10分以内 | |
私は巴里滞在中、二三の画家諸君と識り合ひになり、ちよいちよいアトリエを訪ねるやうなこともあつたが、いつでもその仕事振り、生活振りに多大の興味を惹かれた。 | |||
| サン・ジョルジュ・ド・ブウエリエについて | 岸田国士 | 10分以内 | |
「わたくしは、ただ、自分の欲求に従ひ、只管霊感に耳を傾けて、劇作の筆を取り始めました。流行の誤れる趣味、因襲の命ずる手段術策はこれを顧みる気にさへならなかつたのです。わたくしは、ただ、人生研究に憂身を※[#「宀/婁」、U+5BE0、72-4]す一介の徒弟でありました。それは光と影とを併せ有ち、その中に神秘の姿を織り込んでゐるいとも弱き人生であります。わたくしは、まだ名も知らない、誰も十分に究めたこ | |||
| 「悲劇喜劇」の編輯者として | 岸田国士 | 10分以内 | |
今日までかういふ種類の雑誌があつたかどうか、いはゆる「公器」としては、あまりに個人本位であり、いはゆる「同人雑誌」としては、あまりに門戸開放に過ぎると思はれる、一雑誌の存在は、当今、少しく時代錯誤の観がないでもないが、流行は必ずしも一世の識者を悉く眩惑し去るものではないと思ふから、私は、好んで自分の立場を守ることにした。 | |||
| 「悲劇喜劇」発刊について | 岸田国士 | 5分以内 | |
私が雑誌を出すといふ話をすると、友人のあるものは、「そんな必要があるか」と問ひ返す。 | |||
| 「悲劇喜劇」広告 | 岸田国士 | 5分以内 | |
*悲劇喜劇は、人生の中に舞台を観ようとするものの覘眼鏡である。 | |||
| 著作権の精神的擁護 | 岸田国士 | 5分以内 | |
誰かの小説にあつたやうに思ふが、ある画家がこれも画家である友人の才能をねたみ、その作品が後世に伝へられることを妨げるため、その友人の作品を全部価格に頓着なく買収して、悉くこれを破棄するといつた話――私は、この話が如何にも作り事らしいのでこれをそのまゝ実際問題の例にはしたくないのだが、それと似た話で――ある女優が若い画家に自分の肖像をかいてもらつたが、どうも気に入らない。 | |||
| 中村・阪中二君のこと | 岸田国士 | 5分以内 | |
中村正常君は戯曲家として世間の一部に名前を知られてゐる人である。 | |||
| 焼き林檎を投げる | 岸田国士 | 5分以内 | |
見物のやじり方には、古今東西を通じていろいろあるやうだが、昔、仏蘭西では、舞台の俳優めがけて、腐つた卵や、焼き林檎を投げつけるといふ野蛮な風習があつた。 | |||
| 左団次一行 | 岸田国士 | 5分以内 | |
歌舞伎劇を欧米の劇壇に紹介することは、たしかに有意義であり、その企てが案外容易に(実際はいろいろ困難もあつたらうが)果されたことは何よりよろこばしいが、露西亜の芸術家が、歌舞伎の実演から何を学び、何を感得したかを知る方法はないだらうか。 | |||
| 文功章 | 岸田国士 | 10分以内 | |
こんなことを問題にする必要もないが、二三の新聞雑誌から意見を求められ、一々それに答へる手数を省いたから、ここで一言感想を述べておく。 | |||
| 舞台の笑顔 | 岸田国士 | 10分以内 | |
此の標題は少し曖昧だが、俳優の笑顔を指してゐるのではない。 | |||
| 戯曲の翻訳 | 岸田国士 | 10分以内 | |
自分の好きな作品、何遍も読み返した作品を、ゆつくり、丹念に翻訳することができたら、愉快であると同時に、結果もよからうと思ふが、今までは、なかなか、さう誂へ向きな仕事はできなかつた。 | |||
| ある村の素人劇団 | 岸田国士 | 10分以内 | |
僕はこの夏、ある山間の温泉宿で、たまたまその村の青年諸君によつて組織されてゐる一新劇団の試演を見物する機会を得た。 | |||
| トリスタン・ベルナアルに就いて | 岸田国士 | 5分以内 | |
彼はポルト・リシュやベルンスタンと同じく猶太の血を享けてゐる。 | |||
| 「語られる言葉」の美 | 岸田国士 | 60分以内 | |
一 書かれた言葉と語られる言葉 われわれ日本人は、子供の時分から、文字を眼で読むといふ努力をあまりに強ひられた結果、「口から耳へ」伝へられる言葉の効果に対しては、余程鈍感になつてゐるやうである。 | |||
| ファルスの近代性 | 岸田国士 | 5分以内 | |
井汲清治君の説によると、悲劇は貴族的、喜劇は中産階級的、そしてファルスは民衆的であるとのことである。 | |||