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30分以内で読める岸田国士の短編作品

青空文庫で公開されている岸田国士の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。

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作品名著者読了時間人気
紙風船(一幕)岸田国士
30分以内
[#ページの左右中央] 人物 夫 妻 時  晴れた日曜の午後 所  庭に面した座敷 [#改ページ] 夫  (縁側の籐椅子に倚り、新聞を読んでゐる) 「米国フラー建材会社のターナー支配人が一日目白文化村を訪れて、おゝロスアンゼルスの縮図よ! と申しましたやうに、目白文化村は今日瀟洒たる美しい住宅地になりました」 妻  (縁側近く座蒲団を敷き、編物をしてゐる)なに、それは。
恋愛恐怖病(二場)岸田国士
30分以内
第一場 静かな海を見下ろす小高い砂丘の上 日没前後 男と女とが、向うむきに、脚を投げ出して坐つてゐる。
悪態の心理岸田国士
30分以内
一  葉村ヨシエと佐原あつ子とは、いづれもある官庁の文書課に勤めてゐるタイピストで、二人は採用試験のあつた日にはじめて口をきき、希望がかなつていよいよ役所に顔を出すと、そこでもまたお互に幸運をよろこび合ひ、それ以来まる三年、机を並べて仕事をしてゐる間柄である。
宗教と科学についての所感岸田国士
30分以内
宗教について  宗派をどうするとか、宗教団体を再編成するとかいふことについては、実際の事情をまだ知らないから現在なんにも考へてはをりませんが、宗教心――所謂宗教的感情といふものがこの頃の日本人には非常に少ないやうです。
すべてを得るは難し岸田国士
30分以内
一  弘子はいま幸福の絶頂にあつた。
「にんじん」とルナアルについて岸田国士
30分以内
ジュウル・ルナアル(Jules Renard 1864―1910)の作品のうちで最もひろく読まれ、世人に親しまれているのは、この「にんじん」である。
秋の対話岸田国士
30分以内
桔梗 芒 女郎花 こうろぎ 風 蛇 少女 老婆 高原――別荘の前庭――秋 遠景は、澄み渡つた空に、濃淡色とりどりの山の姿。
日本映画の水準について岸田国士
30分以内
映画愛好者の分布がはつきり二つに別れてをり、一つは西洋映画フアン、一つは日本映画フアンであり、その間に、ほとんど共通な分子がなく、強いて求めれば専門の研究家ぐらゐのものだといふ事実を、日本の映画当事者はなんとみてゐるか?  勿論、西洋映画フアンが悉く教養ある階級であるとも云へず、日本映画フアンがすべて無知識階級であるとも断言はできかねるが、大体に於て、西洋映画を求める序に、日本映画で満足する人々よ
舞台の言葉岸田国士
30分以内
舞台の言葉、即ち「劇的文体」は、所謂、白(台詞)を形造るもので、これは、劇作家の才能を運命的に決定するものである。
時 処 人岸田国士
30分以内
芝居の脚本を書くのには、まず、標題のつぎに、その劇が行われる時と場所と登場人物とを、はつきり書きあげるのが定石である。
美談附近岸田国士
30分以内
両袖献納 一  川村節子さんは、未だ嘗て、人のせぬことをしたことはなかつた。
放浪者岸田国士
30分以内
二十年ぶりでヨーロッパから帰つて来た旧友のFは、相も変らず話好きで、訪ねて来るたびに、なにかしら突拍子もない話題をひつさげて来る。
記憶のいたづら岸田国士
30分以内
一  妻の順子が急に、 「どうも、怪しいわ。こんなに痛いはずないんですもの」 と、顔をしかめながら言ふのをきいて、鈴村博志は、今更のやうにギクリとした。
菜の花は赤い岸田国士
30分以内
一  かうと思つたらどうしてもそのことをやり遂げないと承知できない人物がゐる。
山形屋の青春岸田国士
30分以内
一  山形屋の若主人宇部東吉は東京へ商品の買ひ出しに出たきり、もう二週間も帰つて来ない。
劇場と作者岸田国士
30分以内
一代の人気女優、ド・リュジイ嬢は、給料の問題で、作者にも金を払はなければならないと云ふことを聞いて、「何だつて。一体作者なんて云ふものを、なしにするわけには行かないかね」と、やつつけた。
築地小劇場の旗挙岸田国士
30分以内
日本にはじめて純芸術的劇場が建てられ、その当事者が、何よりもまづ未来に目的を置いて、根本的な演劇革新運動を起したといふことは、実に愉快である。
仏蘭西役者の裏表岸田国士
30分以内
日本でこそ、その昔は河原乞食とまで蔑まれ、大正の代にあつてすら、未だに芸人扱ひを受けてゐるわが俳優も、仏蘭西などでは、今も昔も、さぞ、威張つたものであらうと、かう思ふ人もあらうが、どうしてどうして、ルイ十四世大王の寵遇を一身に集めてゐた一代の果報者、モリエールさへ、一公爵が、その頭を抱いて撫でまわすに任せ、遂に釦の角で顔を擦りむいたほどである。
文学か戯曲か岸田国士
30分以内
人道主義者ロマン・ロオランはまた民衆劇運動の唱道者である。
素面の管岸田国士
30分以内
文学を愉しむ文学者の少いことは一体わが国の誇りですか。
対話させる術岸田国士
30分以内
その国の一時代の文学が、外国文学の影響を受けたことに於て、明治以後の日本文学ぐらゐ著しい例はあるまい。
戯曲以前のもの岸田国士
30分以内
現今戯曲として通用してゐる作品のうちには、若しもその主題を取つて小説としたならば、定めし読むに堪へないであらうやうな安価な作品が多い。
劇作家としてのルナアル岸田国士
30分以内
劇作家ルナアルは、ミュッセと共に、僕に戯曲を書く希望と興味と霊感とを与へてくれた。
新劇運動の一考察岸田国士
30分以内
僕は嘗て、今日われわれが「新劇運動」と称へるべきものは、明かに所謂近代劇運動なるものと区別して考へなければならないことを述べた。
俳優教育について岸田国士
30分以内
あらゆる芸術の分野に於て、誰かが、自分こそは独自の道を歩いてゐる――何人からも、教へられるところはない――模倣は生来自分の性に合はない――と広言したならば、その人間はたしかに、自分の世界をせばめてゐる。
仏国議会に於ける脚本検閲問題岸田国士
30分以内
一八九〇年十二月二十二日、仏国上院に於ける予算質問中、議員アルガン君は、政府が民間の一小劇場に対して、年額五百法の補助を与へ、同劇場を推奨する意図を表示したことを攻撃した。
戯曲二十五篇を読まされた話岸田国士
30分以内
四月号の寄贈雑誌大小十六種のうちから、創作戯曲二十五種を選び出し、昨日(四日)まで暇を盗んで読んだ。
俳優の素質岸田国士
30分以内
昔から俳優の素質を論じる場合に、誰でも「感性」を第一に挙げてゐるが、これはつまり、他の芸術家の如く、一方に於て同じ程度の「想像力」を必要としない結果、「感性」の必要が著しく目立つからであらう。
劇的伝統と劇的因襲岸田国士
30分以内
批評家がいろいろの立場から作品の価値を論じることは自由であるが、文芸の種目(ジャンル)に関して、聊かも定見のないことを暴露するに至つては、甚だ心細い。
女優と劇作家岸田国士
30分以内
劇作家が自分の恋人を其の作品の女主人公にすることは、極めて有り得べきことである。
演劇漫話岸田国士
30分以内
一、新劇と旧劇  現今、芝居好きと称する人のうちで、旧劇はつまらないと云つて見に行かない人もあるでせう。
新劇界の分野岸田国士
30分以内
昨今の戯曲界を見渡すと、月々発表される戯曲の数こそ多いが、そして、その数の多いことが何となく華々しい外観を呈してゐるが、質の上からいへば、注目に値するものが寔に少い。
『ハイカラ』といふこと岸田国士
30分以内
近頃の若い人達は、もうこんな言葉は使はないかもしれないが、それでも、言葉そのものは、まだなくなつてはゐない。
幕が下りて岸田国士
30分以内
自分が芝居の実際方面に関係してから、まだ半年もたゝないのだが、その間に、色々の経験もなめた。
六号記岸田国士
30分以内
どうにもならぬことを、ひとりぶつぶつ云つてもしようがない、と思ふやうになつてゐることは事実である。
続言葉言葉言葉(その一)岸田国士
30分以内
私は嘗て、「何かを云ふために戯曲を書くのではない。戯曲を書くために何かしらを云ふのだ」と揚言し、自分の戯曲文学に対する熱情と抱負とを、明かにしたつもりである。
日本に生れた以上は岸田国士
30分以内
さあ、僕はどういふ風に云はうか?  林君は熱情を見事に整理しつつ雄弁を振つてゐる。
現代日本の演劇岸田国士
30分以内
一  封建的、鎖国的な旧日本の文化は、所謂「能」と「歌舞伎」とを今日に残した。
批評家・作家・劇場人岸田国士
30分以内
最後の締めくくりをする順番だが、以上、小林、真船、千田三氏の文章を読み了つて、先づ第一に感じたことは、僕自身のなかにある三つの傾向が、はつきり分裂して、次ぎ次ぎに「走り」出した姿に似てゐるといふことであつた。
芝居と生活岸田国士
30分以内
「芝居と生活」といふ題をつけましたが、これは非常に突嗟に付けたのでありまして、かういふ表題なら何ういふことでも喋れるだらうと思つたからです。
官立演劇映画学校の提唱岸田国士
30分以内
演劇と映画とは元来なら別々に論ぜられなければならぬ要素をそれぞれにもつてゐるのであるが、現在の日本では、この二つの部門が、その芸術的水準と文化的役割とに於いて、寧ろより多く共通な問題を含んでゐることを見逃してはならぬと思ふ。
最近の戯曲について岸田国士
30分以内
今年のことだけを取りたてゝいふ興味はもはやない。
今月の感想岸田国士
30分以内
一  雑誌を一度に隅から隅まで読むのは辛いから、私は、さういふ義務を負はない約束で、この文章を書くことにした。
新劇の行くべき途岸田国士
30分以内
事変下の所謂「思想統制」が演劇興行の上にまで及んで来たことは、これは止むを得ないものとして、われわれは寧ろ積極的に、その結果を本来の目的に副はしめるやう努力しなければならぬと思ふ。
演出について岸田国士
30分以内
以前は単に「舞台監督」と呼ばれてゐた者が、今日では「演出者」といふ名称を与へられ、その下に、更に「舞台監督」なるものや、「演出助手」なるものが従属するやうなシステムを、少くとも新劇団体の間で採用してゐるのは、多分、築地小劇場あたりの「独逸流演出法」から範を取つたものだと思はれるが、近代に於ける演劇革命の一特色が、舞台労役の組織化に在つたとすれば、この大がかりな命令系統の樹立は、あながち無益なことで
純粋演劇の問題岸田国士
30分以内
一  あらゆる芸術の部門を通じて演劇の理論といふものは、特にこれを実際に「試み」る機会が少く、従つて、その理論に確乎たる根柢を築くのに容易でない事情にある。
周囲に聴く岸田国士
30分以内
新劇を繞る論議  近頃芝居に関する諸家の意見といふやうなものを瞥見すると、いろいろ興味のある問題が含まれてゐるやうである。
なんとかせねばならぬ岸田国士
30分以内
僕はこの十年以来、芝居についての意見又は感想を書きつづけて来た。
演劇・法律・文化岸田国士
30分以内
芸術家擁護の現行法 「芸術」と「法律」とはそんなに縁の遠いものではないといふことを、私は近頃いろいろな機会に感じるのであるが、この両者の接近が、どうかすると、一国の精神文化の水準を示してゐるのではないかとさへ思はれることがある。
演劇当面の問題岸田国士
30分以内
戯曲不振の理由 「戯曲家は生れながら戯曲家である」といふやうなことも云はれるが、しかしまた、戯曲家が戯曲家たる動機は、小説家が小説家たり、詩人が詩人たる動機と決して異つたものであるとは云へないのであつて、少くとも今日までの歴史を通じてみれば、多くの例が、その点について興味のある事実を語つてゐるのである。
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