青空文庫の全作品
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 日支親善策如何 | 大隈重信 | 30分以内 | |
優大なる天才国 支那人は優れた古い文明をもっている。 | |||
| 三たび東方の平和を論ず | 大隈重信 | 60分以内 | |
一 極端より極端に移る対支政策 我輩の東方平和論は、本誌に於ては今度を初めてとするが、前後を通じてこれで三度である。 | |||
| 伊藤左千夫年譜稿 | 森鴎外 | 10分以内 | |
元治元年。 | |||
| 曠日 | 佐佐木茂索 | 30分以内 | |
一 兄は礼助の注いで出した茶の最後の滴りを、紫色した唇で切ると、茶碗を逆に取つて眺めながら、 「今どき螢出のこんな茶碗なんか使ふの止めや。物欲しさうであかんわ。筋の通つたのがないのなら、得体の知れんものでも使うたがええ。茶を頭葉つかふのなら、それ相応につろくせんとあかんでな。」かう云つて一寸黙つたが、突兀として、 「――お前まだ独りか?」と問うた。 | |||
| ミス・マシュウの新職業 | 岡本かの子 | 10分以内 | |
ミス・マシュウが素人のままで女の媚が金に換る過程をはっきり掴めたのは父親が死んだその夜だ。 | |||
| トシオの見たもの | 岡本かの子 | 30分以内 | |
一 トシオは、大そう賢く生れ付いた男の子でした。 | |||
| 好い手紙 | 岡本かの子 | 10分以内 | |
場所、東京、山の手の一隅、造作いやしからねど古りたる三間程の貸家建の茶の間、ささやかなれど掃き浄められて見好げなる庭を前にす。 | |||
| 紫式部の美的情緒と浄土教 | 岡本かの子 | 5分以内 | |
紫式部が晩年阿弥陀仏の信仰に依り安心立命を得て愈々修道に心掛けた様子は式部が、日記の終りに近い条で自ら告白して居るから疑いはない。 | |||
| 街の尼僧の話 | 岡本かの子 | 10分以内 | |
それはドイツとの宣戦が布告されて間もない時で御座いました。 | |||
| さくらんぼ | 岡本かの子 | 10分以内 | |
さくらんぼうは彼女の唇を熱がるが、彼女の唇はさくらんぼうに涼もうとする。 | |||
| 『言苑』跋 | 新村出 | 5分以内 | |
『辞苑』出でて茲に三星霜、幸に大方人士の歓迎と支援とを得て、版を重ぬること実に百八十有二、編者の洵に欣幸とする所である。 | |||
| 『言林』跋 | 新村出 | 5分以内 | |
ここにわが親愛なる『言林』の完成に当って一言を述べて記念としたいと思う。 | |||
| 『言林』改訂版の序 | 新村出 | 5分以内 | |
旧版の『言林』は、昭和二十四年(一九四九年)の早春に出たのであったが、幸にして一般文化界、殊に教育界や読書界に普及し歓迎されて、編著および発行に従事協力しあったわれわれが均しく喜んでやまなかった所であった。 | |||
| 『言林』新版序 | 新村出 | 5分以内 | |
われわれの文化生活のうち、日常ないし教育および教養、いろいろの場合において、専門辞書は別として、普通辞書が欠くべからざることは、今更特筆するにも及ばないが、編者の如き、永年国語の学習や研究や教育に従事し来たった者にとっても、座右常に手ばなせない物は、小中辞典である。 | |||
| 『小言林』あとがき | 新村出 | 5分以内 | |
編者はさきに『言林』を編集したが、全国書房社長田中秀吉氏は、更に適切な学習用国語辞典の乏しいことを遺憾として、これが編集を懇請された。 | |||
| 『新辞泉』序文 | 新村出 | 5分以内 | |
この辞典の編集方針など、必要な事は一切このあとの凡例(はんれい)にのべますから略しますが、要するに、今度はわたくしがこれ以前に出した中辞典のうち一つ二つとは違って、国語辞典の本体を成るべく固守して、百科辞書風のおもむきを脱却したことが一つの特点です。 | |||
| 歔欷く仁王像 | 山本周五郎 | 60分以内 | |
一 ――まあ、なんて清吉は色が白いのだろう。 | |||
| 美少女一番乗り | 山本周五郎 | 30分以内 | |
一 「――えイッ」 叩きつけるような気合と共に、空を切って白刃がきらめき、人影が入り乱れた。 | |||
| 大東亜戦争と科学技術者 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
大東亞戰爭の緒戰における神祕的なる大戰果はあらゆる日米未來戰の夢物語りを超越したものであつた。 | |||
| 三色旗 | 三好達治 | 5分以内 | |
微風 晴れ 雪の窓に 葡萄酒を飮む | |||
| 学校騒動 | 尾崎士郎 | 1時間〜 | |
1 その年(大正六年)、二十歳になったばかりの西方現助は、ある日の午後、寄宿舎の門を出て鶴巻町の大通りへぬけようとする曲り角で彼の先輩である東山松次郎に会った。 | |||
| 「早稲田大学」凡例 | 尾崎士郎 | 5分以内 | |
一、私は少年時代から大隈重信が好きである。 | |||
| 早稲田大学について | 尾崎士郎 | 30分以内 | |
批判という言葉に拘泥すると、早稲田大学という特定な学校形式はまったく存在のないものになってしまう。 | |||
| ある偃松の独白 | 中村清太郎 | 1時間〜 | |
剱岳列嶂(後立山布引より) [#改丁] 序 これは私の前著「山岳渇仰」――戦時最悪の条件下で生れた――に次ぐ第二集で、あれに洩れたものと、その後の文章から選んで、ささやかな一本に纒めたものである。 | |||
| 愛情 | 林芙美子 | 10分以内 | |
心を高めるやうな無窮の愉しみと云ふものは、いまだに何一つ身につけてはをりませんが、小説書きの小説識らずで、まして音楽にしても絵画にしましてもわたくしは一文字も解らない童児なのです。 | |||
| 風を喜ぶ | 前田夕暮 | 5分以内 | |
すべての植物――日に立ちて葉照りあかるき常緑樹、おほくは灰白色の肌を風に晒す闊葉樹の群落。 | |||
| 風に吹かれる木の葉 | 前田夕暮 | 5分以内 | |
風に吹かれる木の葉をみてゐると創生紀時代が思はれる。 | |||
| 木枯 | 前田夕暮 | 5分以内 | |
夜 私の追憶のなかで木枯の音がきこえる。 | |||
| 風波の日 | 前田夕暮 | 5分以内 | |
今朝、伊東特有の西風が天城から激しく吹き颪して、海には風波が一面に立つてゐる。 | |||
| 憩ひ | 三好達治 | 5分以内 | |
ふつくらとした雪の面の 疎林の影の美しさ ここに私は彳ちどまる 聖なる正午 この丘のほとりにあつて 歩み去る時を感ずる 旅人の 年老いて疲れた心の 沈默の憩ひ | |||
| 空林 | 三好達治 | 5分以内 | |
山毛欅の林 楢の林 白樺の林 ひと年私は山に住ひ 彼らの春の粧ひと 彼らの秋の凋落を見た けれども彼らの裸の姿 雪の上のたたずまひこそ わけても私の心にしみる 何故だらう そのことわけを問ひながら 今日もまた林に憩ふ やうやく私のものとなつた この手足この老年が珍らしく | |||
| 鴨 二 | 三好達治 | 5分以内 | |
夕暮の池に 鴨が點々 風が彼らを片寄せる 林の方へ 岡の方へ 風がやむ 彼らは呼んでゐる 應へてゐる 風の聲よりひそやかに | |||
| 鴨 三 | 三好達治 | 5分以内 | |
その顏が 重くなる 睡くなる 鴨はそれを 翼の下にしまひこむ その上に 雪がふる 夢の國への 小包 | |||
| 詩四章 | 三好達治 | 5分以内 | |
春の計畫 粉雪の中で 四十雀が啼いてゐる 春が眞近にせまつてきた 谿間で風が鳴つてゐる 楢山毛欅櫟 それらの枯葉が 雪の上を走つてゐる 山山よ 裸の木木よ 樂しい冬も 間もなく冬も終るだらう 懷かしい私の友垣 風よ 雲よ 山山よ 私達の友情の さて 春の計畫を考へよう その昔 その昔 その山のその旅籠へは 米も野菜も新聞も 煙草も手紙も 電報も 牛の背中で運んできた 谿に臨んだ細路に のつと | |||
| 親方子方 | 柳田国男 | 60分以内 | |
第一 親といふ漢字を以て代表させて居るけれども、日本のオヤは以前は今よりもずつと廣い内容をもち、之に對してコといふ語も、亦決して兒又は子だけに限られて居なかつた樣に思ふ。 | |||
| 狐の嫁取といふこと | 柳田国男 | 5分以内 | |
狐火は今でも狐の嫁入りと伴なふものゝ如く、考へて居る土地は多いやうだが、大體に追々二つ別々の話とならうとして居る。 | |||
| 小児生存権の歴史 | 柳田国男 | 30分以内 | |
兒童の生存權に就ては、私が云ふまでもなく民法の原則によつて世界中非常な變遷を經て今日の状態に至つてゐるが、その生存の權利それ自身がいつから始まつたかはつきりしてゐない。 | |||
| 常民婚姻史料 | 柳田国男 | 1時間〜 | |
緒言 日本の結婚風習は將來どう變つて行くだらうか。 | |||
| 葬制沿革史料 | 柳田国男 | 60分以内 | |
緒言 前代日本人の後生觀念、乃至亡靈の去來に關する思想については、記録文獻の偏倚と乏少の爲に、從來可なり大雜把な、甲乙兩立し得ない推斷を許して居たが、是には未だ試みられざる一つの方法が殘つて居た。 | |||
| 葬制の沿革について | 柳田国男 | 60分以内 | |
一 會員としての我々の經驗から言ふと、學會が榮えるといふことは、必ずしも精透の研究を以て、後代の目標を打立てる迄の重要論文が、連續して出現することを意味しては居なかつたやうである。 | |||
| 魂の行くへ | 柳田国男 | 30分以内 | |
一 盆のお精靈を、山の嶺へ迎へに行くといふ風習が、大野郡下荒井の部落にあるといふ簡單な記事は、私たちにとつてはかなり貴重なものである。 | |||
| 童児と神 | 柳田国男 | 5分以内 | |
プエブロを家とする赤色土人の赤ん坊と、金字塔の底に眠る埃及のミイラとは、同じ人間でも端と端との相異であるが、その姿が不思議なほどよく似てゐる。 | |||
| にが手と耳たぶの穴 | 柳田国男 | 10分以内 | |
この現象は今ちやうど消えかゝつて居る状勢と察せられるから、まだ年よりたちに話してもらへるうちに、もう少し資料を集めて置きたい。 | |||
| 農村家族制度と慣習 | 柳田国男 | 60分以内 | |
第一節 家族制度と勞働組織 一 序論 農業にはもと賃銀の要らない勞働組織があつた。 | |||
| にが手の話 | 柳田国男 | 10分以内 | |
苦手といふ言葉の用ゐ方が、東京では此頃變つて來て居るやうである。 | |||
| 広島へ煙草買ひに | 柳田国男 | 10分以内 | |
ヨソといふ語が今もまだ漠然と用ゐられて居るのを見ても、我々の「異郷」に名を與へる必要の、新たに起つたものであることが察せられる。 | |||
| 耳たぶの穴 | 柳田国男 | 10分以内 | |
瀬川清子さんの見島聞書を讀んで、人はどうだか私だけは非常に面白がつて居る一條は、「蛇を平氣でつかむ人を、フヂワラトウと謂ふ。その人の耳の後には小さい穴があいて居る」といふ記事(同書八三頁)である。 | |||
| 耳たぶの穴の一例 | 柳田国男 | 5分以内 | |
奈良縣吉野郡天川村坪ノ内の寺井といふ家名の一族の人々には、耳たぶに針で突いたほどの穴があるといふ。 | |||
| 幽霊思想の変遷 | 柳田国男 | 30分以内 | |
一 土俗の荒廢と葬儀 今年などは、自分の此官舍の前の大通りを、所謂赤毛布式の東京見物が少くとも二萬人は通つて居る。 | |||
| 霊出現の地 | 柳田国男 | 10分以内 | |
諏訪郡塚原部落の兩墓制現況(民間傳承五ノ五)は誠に親切な好い報告だが、その中で唯一箇所、祭り墓をタッショウと謂ひ助生と書いて居るのは、「塔所であることは説明する迄も無い」とある點だけが、少々不用意な斷定かと思ふ。 | |||