10分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「10分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
2,101-2,150件 / 全2,294件
作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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書簡 大杉栄宛 | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
宛先東京市麹町区三番町六四第一福四萬館発信地千葉県夷隅郡御宿上野屋旅館今朝も、あなたからのおたよりを待つてゐましたのに来ないで、長い/\お八重さんからの手紙が来ました。 | |||
書簡 大杉栄宛 | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
宛先東京市麹町区三番町六四第一福四萬館発信地千葉県夷隅郡御宿上野屋旅館今朝あなたへの手紙を出して仕舞ふと直ぐに仕事にかかるつもりで居りましたが、何んだかグルーミーな気持になつて仕舞つて、机の前に座るのがいやで仕方がありませんので、障子を開けてあすこから麦の穂を眺めながら、あなたの事ばかり考へて、五六本煙草を吸つて仕舞ふまで立つてゐました。 | |||
書簡 大杉栄宛 | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
宛先東京市麹町区三番町六四第一福四萬館発信地千葉県夷隅郡御宿上野屋旅館今日私はあなたがおたちになる前に、二三日前からの私の我儘をお詫びして許して頂かうと思ひましたの。 | |||
鹿の印象 | 木暮理太郎 | 10分以内 | |
大井川奥の田代から入って三伏峠まで、十数日に亙(わた)る南アルプスの縦走を企てたことがある。 | |||
初めて秩父に入った頃 | 木暮理太郎 | 10分以内 | |
当初、山を愛好する一部の人々の間にのみ行われていた登山が、一般世間からは物ずきの骨頂と蔑視されながらも、勇敢に口や筆で夫等の人々が宣伝につとめた努力は報いられて、次第に同好者を獲得することに成功し、後年の隆盛を想わせる曙光にも似た明るい前途を約束し得るに至ったことは、誠に愉快なことであった。 | |||
冬の山 | 木暮理太郎 | 10分以内 | |
都大路に木枯が音ずれて、街路樹の梢が日に増しあらわになりまさる頃になると、濁りがちな空の色も流石に冴えて、武蔵野をめぐる山々の姿が、市中からも鮮に望まれる日が多くなる。 | |||
書簡 大杉栄宛 | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
宛先東京市麹町区三番町六四第一福四萬館発信地大阪市北区上福島昨日はとうたうはがきを書く事も出来ませんで失礼して仕舞ひました。 | |||
宮崎の町 | 中村地平 | 10分以内 | |
宮崎は人口七万ばかりの小さな町で、附近に官幣大社宮崎神宮や、熱帯植物の青島があること以外、殆んど世間に知られていない。 | |||
人間と云ふ意識 | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
十月号掲載の岩野清子氏の「個人主義と家庭」と云ふ論文を読んで私は或る点については全く私の考へ方と同一であるのを見出したけれど他の方面に於いて私の考へてゐるのとは可なりに違つてゐることにおどろいた。 | |||
編輯室より | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
□毎号々々意に満たないものばかり皆様にお目に懸けなければならないのを本当に残念に思ひます。 | |||
編輯室より | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
□五月の第一日曜日に茶話会を開きましたが事務所にお集り下すつたのは、内部の四人をのぞく他、多賀さんが一寸ゐらして下すつたのと岩野さんきりでした。 | |||
編輯室より | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
□もう私が雑誌を譲り受けまして丁度一年になります。 | |||
編輯室より | 伊藤野枝 | 10分以内 | |
□「武者小路氏に」十二月号白樺の誌上で私が「世間知らず」を軽蔑してゐるさうだとのことをお書きになつたのを拝見して私は本当に意外に存じました。 | |||
三十六年前 | 森下雨村 | 10分以内 | |
「二銭銅貨」が世に出たのが大正十二年、ついこの間のような気がするが、正しく三十六年の昔である。 | |||
指環 | 江戸川乱歩 | 10分以内 | |
A失礼ですが、いつかも汽車で御一緒になった様ですね。 | |||
随筆銭形平次 | 野村胡堂 | 10分以内 | |
「捕物小説」というものは、好むと好まざるとに関せず、近頃読書界の一つの流行で、大衆雑誌の編輯者が「捕物小説を一つ入れなければ、売る自信が持てない」というのも、決して誇張やお世辞ではないようである。 | |||
三次の鵜飼 | 中村憲吉 | 10分以内 | |
山陽、山陰両道の河川は殆ど何れもが中国山脈を分水嶺として、瀬戸内海と日本海とに注いでゐるのにひとり両道第一の長流江の川のみは、その源を山陽道に発し且つその流程の半はこれを通過しながら、下は遠く山陰に入り日本海に流れ去つてゐる。 | |||
『ケプロン・黒田の構想』について | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
黒田構想一八六八年は、日本が中世の封建制度から脱却して、近代世界へはいった年として、日本の歴史の上で、一番重要な年である。 | |||
高度八十マイル | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
少しかわった話をしよう。 | |||
南極・北極・熱帯の雪 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
昨年の秋頃だったか、南極越冬中の西堀さんから、長文の電報がきた。 | |||
母性愛の蟹 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
加賀の蟹は、東京などにもよく知られている。 | |||
長岡と寺田 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
長岡先生と寺田先生とは、学問のやり方でも、対世間的のすべての点でも、まるで正反対のように、一般に思われている。 | |||
八戒に遭った話 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
もう十年昔の話になるが、学士院賞を貰った時に、その金で『東瀛珠光』と『西域画聚成』とを買ったことがある。 | |||
ケリイさんのこと | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
十二月の初め頃、ちょっと用事があって、ワシントンへ出かけた。 | |||
小さい機縁 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
今年の六月、本土爆撃がいよいよ苛烈になって、東京は大半焼け、横浜も一日の猛爆で、全市が一遍に壊滅してしまった頃の話である。 | |||
防寒戸 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
昭和十四年の夏、といえば、太平洋戦争勃発の二年前のことであるが、私は北海道の冬ごもりに適した家というつもりで、今の家をこしらえた。 | |||
自作解説 | 江戸川乱歩 | 10分以内 | |
表題の私の少年探偵小説について何か書くように勧められたが、私は三、四年来、病気でひきこもっていて、手足が不自由なため、筆が執れないので、手紙の返事などは、家族のものに代筆してもらっているような、ありさまである。 | |||
かろきねたみ | 岡本かの子 | 10分以内 | |
女なればか力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ甲斐なしや強げにものを言ふ眼より涙落つるも女なればか血の色の爪に浮くまで押へたる我が三味線の意地強き音前髪も帯の結びも低くしてゆふべの街をしのび来にけり天地を鳴らせど風のおほいなる空洞なる声淋しからずや朝寒の机のまへに開きたる新聞紙の香高き朝かな我が髪の元結ひもやゝゆるむらむ温き湯に身をひたす時かろきねたみ捨てむなど邪おもふ時に君... | |||
浅草詣 | 伊藤左千夫 | 10分以内 | |
一月十一日、この日曜日に天気であればきっと浅草へ連れて行くべく、四ッたりの児供等と約束がしてあるので、朝六時の時計が鳴ったと思うと、半窓の障子に薄ら白く縦に筋が見えてきた、窓の下で母人の南手に寝て居った、次の児がひょっと頭をあげ、おとッさん夜があけたよ、そとがあかるくなってきました、今日は浅草へゆくのネイ、そうだ今日はつれてゆくよ、今まで半ねぶりで母の乳房をくちゃくちゃしゃぶって居た末のやつが、ちょっと乳房を放して、おとッちゃん、あたいもいくんだ、あたいも連れていってよ、そうそうおまえも... | |||
雪割草の花 | 石川欣一 | 10分以内 | |
もう一月ばかり前から、私の庭の、日当りのいい一隅で、雪割草がかれんな花を咲かせている。 | |||
「俳諧大要」解説 | 柴田宵曲 | 10分以内 | |
明治二十五年六月以来、新聞『日本』に掲げられた「獺祭書屋俳話」が、翌二十六年五月に至り「日本叢書」の一として日本新聞社から刊行された。 | |||
泉先生と私 | 谷崎潤一郎 | 10分以内 | |
私事にわたることを云ふのは寔に恐縮であるが、泉先生は文壇に於ける大先輩であるのみならず、此の春私の娘が結婚するときに媒酌の労を取つて下すつたので、さう云ふ私交上でも一方ならぬ御厄介になつた。 | |||
「細雪」回顧 | 谷崎潤一郎 | 10分以内 | |
私が「細雪」の稿を起したのは太平洋戦争が勃発した翌年、即ち昭和十七年のことである。 | |||
発端・電話事件 | 式場隆三郎 | 10分以内 | |
夏目漱石は家人のすすめで、やむなく電話を買ったが、うるさいからといってしばらく受話器をはずさせておいたという。 | |||
一人の芭蕉の問題 | 江戸川乱歩 | 10分以内 | |
木々高太郎君の「新泉録」に對し成可く無遠慮な感想を書けといつて雜誌ロックの山崎君が新泉録の原稿を見せてくれた。 | |||
大雨の前日 | 伊藤左千夫 | 10分以内 | |
此頃は実に不快な天候が続く。 | |||
絶対的人格 | 伊藤左千夫 | 10分以内 | |
子規子の世を去るなり、天下の操觚者ほとんど筆を揃(そろえ)てその偉人たることを称す、子規子はいかなる理由によって偉人と称せられたるか、世人が子規子を偉人とするところの理由いかんと見れば、人おのおのその言うところを異にし、毫(ごう)も帰一するところあるなく、しこうしてただその子規子は偉人なりという点においてのみ、一致せるの事実を見たるは最も味うべき点なりとす。 | |||
写生断片 | 長塚節 | 10分以内 | |
余は天然を酷愛す。 | |||
竹の里人〔一〕 | 長塚節 | 10分以内 | |
○先生と自分との間柄は漸く三十三年からのことで極めてあつけないことであつた。 | |||
スポーツの科学 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
大分昔の話であるが、冬彦先生がある新聞に「角力の力学」というものを書かれたことがあるそうである。 | |||
冬彦夜話 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
『猫』の寒月君『三四郎』の野々宮さんの話の素材が吉村冬彦(寺田寅彦)先生から供給されたものであるという話は、前に書いた通りである。 | |||
リチャードソン | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
私がリチャードソン先生の実験室で働いたのは、一九二八年の四月からまる一年間に過ぎなかったので、決して先生をよく理解したとはいえないであろう。 | |||
子規と和歌 | 伊藤左千夫 | 10分以内 | |
正岡君については、僕などあまりに親しかッたものですから、かえって簡単にちょっと批評するということ難かしいのです、そりゃ彼の人の偉いところやまた欠点も認めて居ないこともないのですが、どうも第三者の位置にあるよう、冷静な評論は出来ませんよ。 | |||
竹の里人〔二〕 | 長塚節 | 10分以内 | |
○「歌よみに與ふる書」といふのは十回にわたつたのであつたが、自分にはいかにも愉快でたまらないので丁寧に切り拔いておいて頻りに人にも見せびらかした。 | |||
竹の里人〔三〕 | 長塚節 | 10分以内 | |
○一日を隔てた三十日に二回目の訪問をした。 | |||
木精(三尺角拾遺) | 泉鏡花 | 10分以内 | |
「あなた、冷えやしませんか。 | |||
甲冑堂 | 泉鏡花 | 10分以内 | |
橘南谿が東遊記に、陸前国苅田郡高福寺なる甲胄堂の婦人像を記せるあり。 | |||
長崎留学 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
維新の先覚者たちが、蘭学の勉強のために長崎へ行ったことは今更とり立てていい出すまでもないことであろう。 | |||
室鰺 | 中谷宇吉郎 | 10分以内 | |
伊豆の東海岸のこの温泉地では秋風の立ち始めるとともに、また室鰺が沢山漁れ出した。 | |||
憲政に於ける輿論の勢力 | 大隈重信 | 10分以内 | |
〔憲政と輿論〕帝国議会は解散されました。 |
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