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10分以内で読める青空文庫の短編作品

青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「10分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。

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作品名著者読了時間人気
私の机岡本綺堂
10分以内
ある雑誌社から「あなたの机は」という問合せが来たので、こんな返事をかいて送る。
我家の園芸岡本綺堂
10分以内
目黒へ移ってから三年目の夏が来るので、彼岸過ぎから花壇の種蒔きをはじめた。
妖怪漫談岡本綺堂
10分以内
このごろ少しく調べることがあって、支那の怪談本――といっても、支那の小説あるいは筆記のたぐいは総てみな怪談本といっても好いのであるが――を猟ってみると、遠くは『今昔物語』、『宇治拾遺物語』の類から、更に下って江戸の著作にあらわれている我国の怪談というものは、大抵は支那から輸入されている。
雪の一日岡本綺堂
10分以内
三月二十日、土曜日。
三崎町の原岡本綺堂
10分以内
十一月の下旬の晴れた日に、所用あって神田の三崎町まで出かけた。
はなしの話岡本綺堂
10分以内
七月四日、アメリカ合衆国の独立記念日、それとは何の関係もなしに、左の上の奥歯二枚が俄(にわか)に痛み出した。
読書雑感岡本綺堂
10分以内
何といってもこの頃は読書子に取っては恵まれた時代である。
父の墓岡本綺堂
10分以内
都は花落ちて、春漸く暮れなんとする四月二十日、森青く雲青く草青く、見渡すかぎり蒼茫(そうぼう)たる青山の共同墓地に入りて、わか葉の扇骨木籬まだ新らしく、墓標の墨の痕乾きもあえぬ父の墓前に跪(ひざまず)きぬ。
源之助の一生岡本綺堂
10分以内
田圃の太夫といわれた沢村源之助も四月二十日を以て世を去った。
九月四日岡本綺堂
10分以内
久しぶりで麹町元園町の旧宅地附近へ行って見た。
かたき討雑感岡本綺堂
10分以内
◇わが国古来のいわゆる「かたき討」とか、「仇討」とかいうものは、勿論それが復讎を意味するのではあるが、単に復讎の目的を達しただけでは、かたき討とも仇討とも認められない。
叔父と甥と岡本綺堂
10分以内
大正九年十月九日、甥の石丸英一逝く。
一日一筆岡本綺堂
10分以内
五分間用があって兜町の紅葉屋へ行く。
米国の松王劇岡本綺堂
10分以内
白人劇の忠臣蔵や菅原はかねて噂には聞いていましたが、今度米国へ渡って来て、あたかもそれを見物する機会を得ました。
二葉亭四迷内田魯庵
10分以内
二葉亭四迷の全集が完結してその追悼会が故人の友人に由て開かれたについて、全集編纂者の一人としてその遺編を整理した我らは今更に感慨の念に堪えない。
越中劍岳先登記柴崎芳太郎
10分以内
越中の劍岳は、古来全く人跡未到の劍山として信ぜられ、今や足跡殆(ほと)んど遍かられんとする日本アルプスにも、この山ばかりは、何人も手を著け得ざるものとして、愛山家の間に功名の目標となれるが如き感ありしに、会員田部隆次氏は、「劍山登攀冒険談」なる、昨四十年七月末『富山日報』に出でたる切抜を郵送せられ、かつ「先日山岳会第一大会に列席して諸先輩の講演、殊に志村氏の日本アルプスの話など、承わり、すこぶる面白く感動仕候、その中に、劍山登り不可能の話有之候に就きて、思い出し候間、御参考までに別紙切抜...
可愛い山石川欣一
10分以内
岩と土とからなる非情の山に、憎いとか可愛いとかいう人間の情をかけるのは、いささか変であるが、私は可愛くてならぬ山を一つもっている。
発行所の庭木高浜虚子
10分以内
発行所の庭には先づ一本の棕梠(しゆろ)の木がある。
一夕永井荷風
10分以内
小説家二、三人打寄りて四方山の話したりし時一人のいひけるはおよそ芸術を業とするものの中にて我国当世の小説家ほど気の毒なるはなし。
鐘の声永井荷風
10分以内
住みふるした麻布の家の二階には、どうかすると、鐘の声の聞えてくることがある。
巷の声永井荷風
10分以内
日々門巷を過る物売の声もおのずから時勢の推移を語っている。
帝国劇場のオペラ永井荷風
10分以内
哀愁の詩人ミュッセが小曲の中に、青春の希望元気と共に銷磨し尽した時この憂悶を慰撫するもの音楽と美姫との外はない。
百花園永井荷風
10分以内
友の来って誘うものあれば、わたくしは今猶向島の百花園に遊ぶことを辞さない。
葡萄棚永井荷風
10分以内
浅草公園の矢場銘酒屋のたぐひ近頃に至りて大方取払はれし由聞きつたへて誰なりしか好事の人の仔細らしく言ひけるは、かかるいぶせき処のさまこそ忘れやらぬ中絵にも文にもなして写し置くべきなれ。
水のながれ永井荷風
10分以内
戦争後、市川の町はずれに卜居したことから、以前麻布に住んでいた頃よりも東京へ出るたびたび隅田川の流れを越して浅草の町々を行過る折が多くなったので、おのずと忘れられたその時々の思出を繰返して見る日もまた少くないようになった。
矢立のちび筆永井荷風
10分以内
或人に答ふる文思へば千九百七、八年の頃のことなり。
猥褻独問答永井荷風
10分以内
○猥※[#「褒」の「保」に代えて「執」、U+465D、245-2]なる文学絵画の世を害する事元より論なし。
悲しき思出石川啄木
10分以内
◎本年四月十四日、北海道小樽で逢つたのが、野口君と予との最後の会合となつた。
探偵小説思い出話山本禾太郎
10分以内
新青年ではじめて探偵小説の懸賞募集をやったのは昭和何年であったか、戦災による罹災で書籍や参考記録の一切を焼いてしまった私の手元では、今はっきりと判らないが、何でも枚数は五十枚、賞金は一等五百円であったかと思う。
国会図書館の窓から中井正一
10分以内
日射しの暖かい南向きの窓に、開くともなしに、美しい装釘の本をひもどく、といった、読書のよろこび、「閑」というこころもちの深い厳しさ、こんな世界から、だんだん遠ざかりつつある。
図書館協会六十周年に寄せて中井正一
10分以内
ユネスコの国際的報告書を読むと、日本はイスラエルとパキスタンにはさまれて、日本は図書館に関して処女地 Virgin Soil であると書いてあるにすぎぬのである。
能面と松園さんの絵金剛巌
10分以内
二十年!もっと以前になりますか、私が松園さんを御稽古していたのは。
明治懐顧上村松園
10分以内
私が絵を習い始めた頃を想い出すと、まことに伸々として懐かしいものが、数々あります。
想い出上村松園
10分以内
土田麦僊さんが御在世の折、よく私の筆胼胝(だこ)が笑い話になりましたものです。
成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ福沢諭吉
10分以内
左の一篇は、去る一三日、東京芝区三田二丁目慶応義塾邸内演説館において、福沢先生が同塾学生に向て演説の筆記なり。
知己の第一人長塚節
10分以内
私が伊藤君に會つたのは、丁度明治三十三年の四月の一日でした。
夜汽車尾崎放哉
10分以内
「それで貴女とう/\離婚れてしまいましたので……丁度、昨年の春の事で御座いました」「まーとう/\。
石上神宮の神宝七枝刀喜田貞吉
10分以内
昨秋〔(大正七年)〕十月大和に遊び、石上神宮に参拝して、有名なる神宝六叉鉾と称する異形の古武器を拝観することを得た。
国栖の名義喜田貞吉
10分以内
大和吉野の山中に国栖という一種の異俗の人民が居た。
長吏名称考喜田貞吉
10分以内
エタをチョウリという地方が多い。
御時務の儀に付申上候書付福沢諭吉
10分以内
去る午年西洋諸國と御條約御取結に相成、新規御改法有之候所、太平打續候餘り、人の耳目に馴れざる義に付、御改法の御趣意は篤と承知も不仕、一時人氣動搖いたし候所え、諸藩士竝に浪人の輩、平生其身に不足有之候者共、人氣の騷立候を好き折といたし、妄に鎖國攘夷抔申儀を唱へ、諸大名え説込、又は京都え立入、議論の不及所は力業にて公然と人を殺害致す等、其勢追々増長致候に付、一には其勢に刧(おびやかさ)れ、一には其説に迷ひ候て、京都始諸侯にも右浪人共の申分に致一味候者も有之哉にて、既に一昨年大和一揆、尚又野州...
初めてドストイェフスキイを読んだ頃萩原朔太郎
10分以内
初めてドストイェフスキイを讀んだのは、何でも僕が二十七、八歳位の時であつた。
最初の苦悩フランツ・カフカ
10分以内
ある空中ブランコ乗りは――よく知られているように、大きなサーカス舞台の円天井の上高くで行われるこの曲芸は、およそ人間のなしうるあらゆる芸当のうちでもっともむずかしいものの一つであるが――、はじめはただ自分の芸を完全にしようという努力からだったが、のちにはまた横暴なほどになってしまった習慣から、自分の生活をつぎのようにつくりあげてしまった。
『青丘雑記』を読む和辻哲郎
10分以内
『青丘雑記』は安倍能成氏が最近六年間に書いた随筆の集である。
歌集『涌井』を読む和辻哲郎
10分以内
わたくしは歌のことはよくわからず、広く読んでいるわけでもないが、岡麓先生のお作にはかねがね敬服している。
茸狩り和辻哲郎
10分以内
松茸の出るころになるといつも思い出すことであるが、茸という物が自分に対して持っている価値は子供時代の生活と離し難いように思われる。
樹の根和辻哲郎
10分以内
松の樹に囲まれた家の中に住んでいても松の樹の根が地中でどうなっているかはあまり考えてみた事がなかった。
人物埴輪の眼和辻哲郎
10分以内
埴輪というのは、元来はその言葉の示している通り、埴土で作った素焼き円筒のことである。
土下座和辻哲郎
10分以内
ある男が祖父の葬式に行ったときの話です。
能面の様式和辻哲郎
10分以内
野上豊一郎君の『能面』がいよいよ出版されることになった。
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