30分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|---|---|---|
| 真珠塔の秘密 | 甲賀三郎 | 30分以内 | |
一 長い陰気な梅雨が漸く明けた頃、そこにはもう酷しい暑さが待ち設けて居て、流石都大路も暫くは人通りの杜絶える真昼の静けさから、豆腐屋のラッパを合図に次第に都の騒がしさに帰る夕暮時、夕立の様な喧しい蝉の声を浴びながら上野の森を越えて、私は久し振りに桜木町の住居に友人の橋本敏を訪ねた。 | |||
| 「いろは」の五色ガラスについて | 木村荘八 | 30分以内 | |
私事に傾くとすれば恐縮するが、今となつては強ち「私事」でもなく、これも「東京世相」の一つの波の色と化つてゐることだらう。 | |||
| 岸田劉生の日本画 | 木村荘八 | 30分以内 | |
これが森田恒友さんについての書きものならば、日本画とはいはずに水墨とするところであるが、岸田は「水墨」が似合ひでない。 | |||
| 両国今昔 | 木村荘八 | 30分以内 | |
櫓太鼓にフト目をさまし、あすは……といふけれども、昔ぼくが成人した家は、風の加減で東から大川を渡つてとうとうと回向院の櫓太鼓が聞えたものだつた。 | |||
| 夏の夜 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
暗い窓から 地球が吸ひよせる雨――そんなふうな降りだ。 | |||
| 日本橋あたり | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
その時分、白米の價が、一等米圓に七升一合、三等米七升七合、五等米八升七合。 | |||
| 花火と大川端 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
花火といふ遊びは、金を飛散させてしまふところに多分の快味があるのだから、經濟の豐なほど豪宕壯觀なわけだ。 | |||
| 凡愚姐御考 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
義理人情の美風といふものも歌舞伎芝居の二番目ものなどで見る親分子分の關係などでは、歪んだ――撓めた窮屈なもので、無條件では好いものだといひかねる。 | |||
| むぐらの吐息 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
十二月廿五日夜、東京日日新聞主催の「大東京座談會」の席上で、復興の途上にある大東京は、最初の豫算三十億の時から十億に削られた時まで、一千萬圓の國立劇場建築費が保存されてあつたが、終に最後の七億になつて消滅してしまつたといふことを、復興局長官の堀切善次郎氏によつて語られた。 | |||
| ハガキ運動 | 堺利彦 | 30分以内 | |
A 大隈侯が前の正月に受取つた年始の葉書は無慮十八萬五千九十九枚で、毎日々々郵便局から大八車で運びこんだと云ふが、隨分君エライもんぢやないか。 | |||
| 春日若宮御祭の研究 | 折口信夫 | 30分以内 | |
おん祭りの今と昔と 春日のおん祭りに関しては、一番参考になるのは「嘉慶元年春日臨時祭記」のやうです。 | |||
| 洲崎の印象 | 木村荘八 | 30分以内 | |
東京の中は何処も大抵知つてゐるつもりでゐたけれども、燈台もと暗し、洲崎をろくに知らずにゐたことを最近になつて気が付いた。 | |||
| 根子の番楽・金砂の田楽 | 折口信夫 | 30分以内 | |
今度秋田県北秋田郡荒瀬村根子といふ山の中の村から、番楽といふものが来る。 | |||
| 柳橋考 | 木村荘八 | 30分以内 | |
角力の頃になると両国界隈がトピックになるやうである。 | |||
| 殺人迷路 | 甲賀三郎 | 30分以内 | |
親友? 仇敵? 疑問の洋装の女が、三映キネマの如月真弓! 寺尾に示されたスチールで、それを発見した津村は唸った。 | |||
| 罠に掛った人 | 甲賀三郎 | 30分以内 | |
一 もう十時は疾くに過ぎたのに、妻の伸子は未だ帰って来なかった。 | |||
| 殺人迷路 | 夢野久作 | 30分以内 | |
意外な夢遊探偵 一方、星田代二と別れた雑誌記者の津村は、殆んど逃げる様にして新橋駅構内を出た。 | |||
| 撞球室の七人 | 橋本五郎 | 30分以内 | |
……別の一台の方では、四人の人間が大声に笑いながら、賑かに三人上りの球を撞いていた。 | |||
| 下町歳事記 | 正岡容 | 30分以内 | |
時雨・雪・三味線堀 亡くなられた泉鏡花先生のお作の中でも、「註文帳」は当然代表作の一つに数へていいものだらう。 | |||
| 寄席行灯 | 正岡容 | 30分以内 | |
秋色寄席懐古 秋になると、あたしの思い出に、旧東京の寄席風景のいくつかが、きっと、儚い幻灯の玻瑠絵ほどに滲み出す。 | |||
| 新生の門 | 林芙美子 | 30分以内 | |
わたしは刑務所を見にゆくと云うことは初めてのことです。 | |||
| 明治哲学界の回顧 | 井上哲次郎 | 30分以内 | |
一 理想主義者として つぎに、明治年間における自分の立場について、少しく話してみようと思うのであるが、だいたい自分は理想主義の側に立って絶えず唯物主義、功利主義、機械主義等の主張者とたたかってきたのである。 | |||
| 懐疑思潮に付て | 朝永三十郎 | 30分以内 | |
「懷疑思潮に付て」といふ題で御話を致します。 | |||
| 学究漫録 | 朝永三十郎 | 30分以内 | |
是れは實驗の結果ではなくして、唯、學究的の觀察に過ぎぬのであります。 | |||
| 眠れる人 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
その女が僕を見てあんまり親しげに微笑したので、僕はその女について行かずにゐられなかつた。 | |||
| 羽ばたき | 堀辰雄 | 30分以内 | |
※ 丘の上のU塔には、千羽の鳩が棲んでゐた。 | |||
| 馬車を待つ間 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
1 「やあ綺麗だなあ……」 埃りまみれの靴の紐をほどきながら、ひよいと顏を上げた私は、さう思はずひとりごとを言つた。 | |||
| おもかげ | 堀辰雄 | 30分以内 | |
アトリエとその中庭は、節子の死後、全く手入れもせずに放つておかれたので、彼女が繪に描くために丹精して育てられてゐた、さまざまな珍らしい植木は、丁度それらの多くがいま花をさかせる季節なのでごちやごちやにそれぞれの花を簇がらせながら、一層そこいらの荒れ果てた感じを目立たせてゐた。 | |||
| 手紙 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
一 丸岡明に 一九三三年六月二十日、K村にて こつちへ來てから、もう二十日になる。 | |||
| 匈奴の森など | 堀辰雄 | 30分以内 | |
一 秋になりました…… 秋になりました。 | |||
| 四葉の苜蓿 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
1 夏に先立つて、村の會堂の廣場には辛夷の木に眞白い花が咲く。 | |||
| 翻訳遅疑の説 | 神西清 | 30分以内 | |
滝井孝作氏の筆になる『志賀直哉対談日誌』というのを読んでいたら、偶然次のような一節にぶつかった。 | |||
| 或女友達への手紙 | ライネル・マリア・リルケ | 30分以内 | |
このリルケの手紙は、彼の死後、程なく、「新佛蘭西評論」(一九二七年二月號)に發表せられたものである。 | |||
| 旗手クリストフ・リルケ抄 | ライネル・マリア・リルケ | 30分以内 | |
「旗手クリストフ・リルケの愛と死の歌」はリルケの小時の作(一八九九年)である。 | |||
| 詩集「窓」 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
私はいま自分の前に「窓」といふ、插繪入りの、薄い、クワルト判の佛蘭西語の詩集をひろげてゐる。 | |||
| 詩人も計算する | 堀辰雄 | 30分以内 | |
「吾人の賞美する建築は、その建築家が目的によく副ふやうな手段を用ひて、その柱が、エレクションの麗はしき人像柱の如く、上にかかる重みを苦もなく輕々と支へてゐるやうな建築である。」 アンリ・ポアンカレ さて、いま僕らの努力してゐるのは、詩を文學から引離すことである。 | |||
| 春日遅々 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
四月十七日 追分にて ホフマンスタアルの「文集」を讀み續ける。 | |||
| 小説のことなど | 堀辰雄 | 30分以内 | |
この頃私は逢ふ人ごとにモオリアックの小説論の話をしてゐる位だ。 | |||
| 続プルウスト雑記 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
プルウストに關する三つの手紙を神西清に宛てて書いてから數ヶ月が過ぎた。 | |||
| 夏の手紙 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
七月二十五日、信濃追分にて この前の土曜日にこちらに來るかと思つてゐたが、とうとう來られなかつたね。 | |||
| 萩原朔太郎 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
萩原朔太郎は明治十九年十一月一日*、上州赤城山の麓、利根川のほとりの小さき都會である前橋市に生れた。 | |||
| 日時計の天使 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
一九〇六年一月二十五日、ライネル・マリア・リルケはロダン夫妻と同行して、シャアトルの本寺を見物に行つた。 | |||
| 室生さんへの手紙 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
御高著「室生犀星詩集」(第一書房版)をお送り下さつて有難うございました。 | |||
| 捨吉 | 三好十郎 | 30分以内 | |
星はない 風もたえた 人ごえも消えた この驛を出た列車が すでに山の向うで 溜息を吐く 白いフォームに[#「フォームに」は底本では「フオームに」] おれと おれの影と 驛長と 驛長の影と それだけがあつた 見はるかす高原は まだ宵なのにシンシンと 太古からのように暗い その中で秋草が ハッカの匂いをさせて寢ていた 海拔三千尺の 氣壓の輕さが おれの肺から 空氣をうばつて 輕い目まい このプラッ | |||
| ドゥイノ悲歌 | ライネル・マリア・リルケ | 30分以内 | |
次ぎの手紙の斷片は、リルケの作品をポオランド語に飜譯したヴィトルト・フォン・フレヴィチのさまざまな質疑に答へて詩人が書き與へた返事のうちの「ドゥイノ悲歌」に關する部分である。 | |||
| プルウストの文体について | 堀辰雄 | 30分以内 | |
散文の本質といふものは、自分の考へをどんな風にでも構はずに表現してしまふところにある、と言つてもいいやうであります。 | |||
| 「マルテ・ロオリッツ・ブリッゲの手記」から | ライネル・マリア・リルケ | 30分以内 | |
九月十一日、トゥリエ街にて 一體、此處へは人々は生きるためにやつて來るのだらうか? 寧ろ、此處は死場所なのだと思つた方がよくはないのか知らん? 私はいま其處から追ひ出されてきた。 | |||
| リルケ年譜 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
一八七五年 十二月四日、ボヘミヤの首都プラアグに生る。 | |||
| レエモン ラジィゲ | 堀辰雄 | 30分以内 | |
「何よりもまづ獨創的であれ。」しばしば發せられるこの忠告は、凡庸な詩人たちのところでのみ役に立つ。 | |||
| ヴェランダにて | 堀辰雄 | 30分以内 | |
一九三五年晩秋。 | |||
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