30分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
――老母のところから、次のような覚書をくれたので、「大丸」のことはもっと後にゆっくりと書くつもりだったが、折角の志ゆえそのまま記すことにした。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
――老母よりの書信―― 鼠小僧の家は、神田和泉町ではなく、日本橋区和泉町、人形町通り左側大通りが和泉町で、その手前の小路が三光新道、向側――人形町通りを中にはさんで右側大通りが堺町、及がくや新道、水天宮は明治七、八年から芝三田辺より来られ候。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
鼠小僧の住んでいた、三光新道のクダリに、三光稲荷のあったことを書きおとした。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
勝川のおばさんという名がアンポンタンに記憶された。 | |||
| 岡本一平論 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
「あなたのお宅の御主人は、面白い画をお描きになりますね。嘸おうちのなかも、いつもおにぎやかで面白くいらっしゃいましょう。」 この様なことを私に向って云う人が時々あります。 | |||
| 二た面 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
送り猫 話は別にある……色仕掛で、あはれな娘の身の皮を剥いだ元二と云ふ奴、其の袷に一枚づゝ帶を添へて質入れにして、手に握つた金子一歩としてある。 | |||
| 松の葉 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
一 「團子が貰ひたいね、」 と根岸の相坂の團子屋の屋臺へ立つた。 | |||
| 朝 | 田山花袋 | 30分以内 | |
一 家の中二階は川に臨んで居た。 | |||
| 美的生活を論ず | 高山樗牛 | 30分以内 | |
一 序言 古の人曰へらく、人は神と財とに兼ね事ふること能はず。 | |||
| 十日間 | 長塚節 | 30分以内 | |
三月二日、月曜、晴、暖、 起床平日よりはやし、冷水浴、 宵に春雨が降つたらしく屋根が濕つて居る、しかし雫する程ではない、書院の庭にしきつめてある松葉は松もんもが交つてるので目障りであるがけさは濡れて居るからいかにも心持がよい、庭下駄を穿いてぶら/\とあるく、平氏門に片寄つてさうして戸袋にくつゝいた老梅が一株は蕾がちで二株は十分に開いて居る、蕾には一つづゝ露が溜つてその露が折々松葉の上に落ちる、 | |||
| 撃剣興行 | 長塚節 | 30分以内 | |
「一刀流神傳無刀流開祖從三位山岡鐵太郎門人」「鹿島神傳直心影流榊原建吉社中東京弘武會員」といふ長々しい肩書のついた田舍廻りの撃劍遣ひの興行があるといふので理髮床や辻々の茶店に至るまでビラが下つた、撃劍の興行といふのが非常に珍らしいのにその中には女の薙刀つかひが居るといふのと、誰でも飛入の立合ができるといふのと、女の薙刀つかひを打負したものには銀側時計を呉れるといふことゝで界隈の評判になつた、興行の | |||
| 商機 | 長塚節 | 30分以内 | |
汽車から降りると寒さが一段身に染みる。 | |||
| 東西伊呂波短歌評釈 | 幸田露伴 | 30分以内 | |
東京と西京とは、飲食住居より言語風俗に至るまで、今猶頗る相異なるものあり。 | |||
| かけはしの記 | 正岡子規 | 30分以内 | |
浮世の病ひ頭に上りては哲学の研究も惑病同源の理を示さず。 | |||
| 白帝城 | 北原白秋 | 30分以内 | |
「ほら、あれがお城だよ。」 私は振り返つた。 | |||
| 霧の旅 | 吉江喬松 | 30分以内 | |
北國街道の上には夏草がのびてゐた。 | |||
| 中条精一郎の「家信抄」まえがきおよび註 | 宮本百合子 | 30分以内 | |
父は、ものを書くのが特に好きというのではなかったようですが、一般にまめであった性質から、結局はなかなかの筆まめであるという結果になって居たと思います。 | |||
| 日本ライン | 北原白秋 | 30分以内 | |
1 舟は遡る。 | |||
| 大島行 | 林芙美子 | 30分以内 | |
一信 思ひたつた旅ながら船出した咋夜から今朝にかけて、風雨激しく、まぢかく大島の火の山が見えてゐながら上陸が仲々困難でした。 | |||
| 日光 | 田山花袋 | 30分以内 | |
一 野州はすぐれた山水の美を鍾めてゐるので聞えてゐる。 | |||
| 伊香保 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
二三年前の夏、未だ見たことのない伊香保榛名を見物の目的で出掛けたことがある。 | |||
| 榛名 | 横光利一 | 30分以内 | |
眞夏の日中だのに褞袍を着て、その上からまだ毛絲の肩掛を首に卷いた男が、ふらふら汽車の中に這入つて來た。 | |||
| 伊豆の旅 | 島崎藤村 | 30分以内 | |
汽車は大仁へ着いた。 | |||
| 塩原日記 | 岩野泡鳴 | 30分以内 | |
十月廿七日、晴。 | |||
| 山を想ふ | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
富士の嶺はをみなも登り水無月の氷のなかに尿垂るとふ 與謝野寛氏の歌だ。 | |||
| 湖水めぐり | 野上豊一郎 | 30分以内 | |
大正八年八月四日。 | |||
| 幻想 | 有島武郎 | 30分以内 | |
彼れはある大望を持つてゐた。 | |||
| 颱風雑俎 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
昭和九年九月十三日頃南洋パラオの南東海上に颱風の卵子らしいものが現われた。 | |||
| 東洋史上より観たる明治時代の発展 | 桑原隲蔵 | 30分以内 | |
一 歳月流るるが如く、明治天皇の後登遐後、早一年を經た。 | |||
| 『尚書』の高等批評 | 白鳥庫吉 | 30分以内 | |
東洋協會講演會に於いて、堯舜禹の實在的人物に非ざるべき卑見を述べてより已に三年、しかもこの大膽なる臆説は多くの儒家よりは一笑に附せられしが、林〔泰輔〕氏の篤學眞摯なる、前に『東洋哲學』に( 余は近時林氏の注意によりて之を知れるなり)、近く『東亞研究』に、高説を披瀝して教示せらるゝ所ありき。 | |||
| 小さな村 | 原民喜 | 30分以内 | |
夕暮 青田の上の広い空が次第に光を喪つてゐた。 | |||
| 飢ゑ | 原民喜 | 30分以内 | |
僕はこの部屋にゐると、まるで囚人のやうな気持にされる。 | |||
| 火の踵 | 原民喜 | 30分以内 | |
……音楽爆弾。 | |||
| 火の子供 | 原民喜 | 30分以内 | |
〈一九四九年 神田〉 僕は通りがかりに映画館の前の行列を眺めてゐた。 | |||
| 二つの死 | 原民喜 | 30分以内 | |
一 その頃私はその朽ちて墜ちさうな二階の窓から、向側に見える窓を眺めることがあつた。 | |||
| 星のわななき | 原民喜 | 30分以内 | |
私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、 「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。 | |||
| 心願の国 | 原民喜 | 30分以内 | |
〈一九五一年 武蔵野市〉 夜あけ近く、僕は寝床のなかで小鳥の啼声をきいてゐる。 | |||
| 或売笑婦の話 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
この話を残して行つた男は、今どこにゐるか行方もしれない。 | |||
| 花が咲く | 徳田秋声 | 30分以内 | |
磯村は朝おきると、荒れた庭をぶら/\歩いて、すぐ机の前へ来て坐つた。 | |||
| 風呂桶 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
津島はこの頃何を見ても、長くもない自分の生命を測る尺度のやうな気がしてならないのであつた。 | |||
| 町の踊り場 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。 | |||
| 曠野 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
忘れぬる君はなかなかつらからで いままで生ける身をぞ恨むる 拾遺集 一 そのころ西の京の六条のほとりに中務大輔なにがしという人が住まっていた。 | |||
| 姨捨 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
わが心なぐさめかねつさらしなや をばすて山にてる月をみて よみ人しらず 一 上総の守だった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょに東に下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。 | |||
| 雪の上の足跡 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
主 やあ、どこへ行ったかと思ったら、雪だらけになって帰って来たね。 | |||
| ルウベンスの偽画 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
それは漆黒の自動車であった。 | |||
| 鳥料理 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
前口上 昔タルティーニと云う作曲家が Trillo del Diavolo[#「Trillo del Diavolo」は斜体]と云うソナータを 夢の中で作曲したと云う話は 大層有名な話である故、 読者諸君も大方御存知だろうが、 一寸私の手許にある音楽辞典から引用してみると、 何でもタルティーニは或晩の事、 自分の霊魂を悪魔に売った夢を見たそうな。 | |||
| 雉子日記 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
雉子日記 一 去年の暮にすこし本なんぞを買込みに二三日上京したが、すぐ元日にこちらに引っ返して来た。 | |||
| 「美しかれ、悲しかれ」 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
1 十月六日、鎌倉にて お手紙うれしく拝読いたしました。 | |||
| 木の十字架 | 堀辰雄 | 30分以内 | |
「こちらで冬を過すのは、この土地のものではない私共には、なかなか難儀ですが、この御堂が本当に好きですので、こうして雪の深いなかに一人でそのお守りをしているのもなかなか愉しい気もちがいたします。……」 この雪に埋まった高原にある小さな教会の管理をしている、童顔の、律儀そうなHさんはそんな事を私に言ったが、こういうごく普通の信者に過ぎないような人にとっても、こちらで他所者として冬を過しているうちには | |||