30分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|---|---|---|
| 巴里まで | 与謝野晶子 | 30分以内 | |
浦潮斯徳を出た水曜日の列車は一つの貨車と食堂と三つの客車とで成立つて居た。 | |||
| 巴里の旅窓より | 与謝野晶子 | 30分以内 | |
汽車で露西亞や獨逸を過ぎて巴里へ來ると、先づ目に着くのは佛蘭西の男も女もきやしやな體をして其姿の意氣な事である。 | |||
| 小国寡民 | 河上肇 | 30分以内 | |
放翁東籬の記にいふ、 「放翁告帰(退官して隠居すること)の三年、舎東の※地(草の生ひしげる土地)を闢く。南北七十五尺、東西或ひは十有八尺にして贏び、或ひは十有三尺にして縮まる。竹を插んで籬と為す、其地の数の如し。五石瓮(かめ)を※[#「くさかんむり/貍」、341-4]め、泉を瀦めて池と為し、千葉の白芙※[#「くさかんむり/渠」、341-5](蓮)を植う。又た木の品(木の類)若干と草の品若干を雑へ | |||
| 婦人の天職 | 堺利彦 | 30分以内 | |
一 福田英子女史足下。 | |||
| 赤旗事件の回顧 | 堺利彦 | 30分以内 | |
回顧すれば、すでにほとんど二〇年の昔である。 | |||
| 嫂 | 素木しづ | 30分以内 | |
小さなモーパッサンの短篇集を袂に入れて英語の先生からの帰り、くれてゆく春の石垣のほとりを歩きながら辰子はおかしくってならなかった。 | |||
| 明治大正美人追憶 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
最近三、五年、モダーンという言葉の流行は、すべてを風靡しつくして、ことに美女の容姿に、心に、そのモダンぶりはすさまじい勢いである。 | |||
| 染織に関する文献の研究 | 内藤湖南 | 30分以内 | |
織物の發達は、世界の古い國々に於ても、支那は其の最も勝れた國であつて、殊に蠶絲の發達が古代からあつて、之を西洋の方にも輸出したのは前漢頃からでもあらうかと思はれ、日本に輸出されたのは後漢頃からではあるまいかと思はれる。 | |||
| 北派の書論 | 内藤湖南 | 30分以内 | |
清朝の近代即ち道光頃からして、書に南北兩派と云ふことが唱へられて、殊に北派の書が漸々流行し掛けて來た。 | |||
| 利休と遠州 | 薄田泣菫 | 30分以内 | |
一 むかし、堺衆の一人に某といふ数寄者がありました。 | |||
| 小壺狩 | 薄田泣菫 | 30分以内 | |
一 彦山村から槻の木へ抜ける薬師峠の山路に沿うて、古ぼけた一軒茶屋が立つてゐます。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
一応はじめに町の構成を説いておく。 | |||
| 随筆難 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
随筆は思ったことを書きさえすればよいのであるから、その思ったことがどれほど他愛のないことであっても、またその考えがどんなに間違った考えであっても、ただ本当にそう思ったことをその通り忠実に書いてありさえすればその随筆の随筆としての真実性には欠陥はないはずである。 | |||
| 政治的価値と芸術的価値 | 平林初之輔 | 30分以内 | |
一 コペルニクスは地動説をとなへたが、それを統一的理論によつて説明するためにはニユウトンをまたねばならなかつた。 | |||
| 日曜日から日曜日まで | 南部修太郎 | 30分以内 | |
日曜日――。 | |||
| 一家 | 若山牧水 | 30分以内 | |
友人と共に夕食後の散歩から歸つて來たのは丁度七時前であつた。 | |||
| 姉妹 | 若山牧水 | 30分以内 | |
山には別しても秋の來るのが早い。 | |||
| 古い村 | 若山牧水 | 30分以内 | |
自分の故郷は日向國の山奧である。 | |||
| 外来語所感 | 九鬼周造 | 30分以内 | |
ついこの間のことである。 | |||
| 化物丁場 | 宮沢賢治 | 30分以内 | |
五六日続いた雨の、やっとあがった朝でした。 | |||
| 毒蛾 | 宮沢賢治 | 30分以内 | |
私は今日のひるすぎ、イーハトブ地方への出張から帰ったばかりです。 | |||
| 水野仙子さんの思ひ出 | 今井邦子 | 30分以内 | |
水野仙子さんに就いて筆を執るのは實に廿五年ぶりくらゐな事であらうか。 | |||
| 静かなる羅列 | 横光利一 | 30分以内 | |
一 Q川はその幼年期の水勢をもつて鋭く山壁を浸蝕した。 | |||
| 厄年と etc. | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
気分にも頭脳の働きにも何の変りもないと思われるにもかかわらず、運動が出来ず仕事をする事の出来なかった近頃の私には、朝起きてから夜寝るまでの一日の経過はかなりに永く感ぜられた。 | |||
| 能ぎらい/能好き/能という名前 | 夢野久作 | 30分以内 | |
能ぎらい 日本には「能ぎらい」と称する人が多い。 | |||
| 能楽論 | 野口米次郎 | 30分以内 | |
『あなたが橋掛りで慎しやかな白い拍節を踏むと、 あなたの体は精細な五官以上の官能で震へると思ふ…… それは涙と笑の心置きない抱合から滲みでるもの、 祈祷で浄化された現実の一表情だ、 あなたは感覚の影の世界を歩く……暗いが澄み切つた、冷かで而かも懐しい。 | |||
| 岬の端 | 若山牧水 | 30分以内 | |
細かな地図を見ればよく解るであらう。 | |||
| 土淵村にての日記 | 水野葉舟 | 30分以内 | |
一 S君の家に着いた時には、もう夜がすっかり更けていた。 | |||
| 蠅供養 | 田中貢太郎 | 30分以内 | |
火鉢に翳している右の手の甲に一疋の蠅が来て止った。 | |||
| 地獄の使 | 田中貢太郎 | 30分以内 | |
昼飯がすむと、老婆は裏の藪から野菊や紫苑などを一束折って来た。 | |||
| 餅を喫う | 田中貢太郎 | 30分以内 | |
町の酒屋では壮い主人が亡くなったので、その日葬式を済まして、親類や手伝いに来て貰った隣の人びとに所謂涙酒を出し、それもやっと終って皆で寝たところで、裏門の戸をとんとんと叩く者があった。 | |||
| 立山の亡者宿 | 田中貢太郎 | 30分以内 | |
一 小八はやっと目ざした宿屋へ着いた。 | |||
| 四谷怪談 | 田中貢太郎 | 30分以内 | |
元禄年間のことであった。 | |||
| 浪漫趣味者として | 渡辺温 | 30分以内 | |
H――氏と云って、青年の間に評判の高いロマンティストと懇意を得たことがあった。 | |||
| An Incident | 有島武郎 | 30分以内 | |
彼はとう/\始末に困じて、傍に寝てゐる妻をゆり起した。 | |||
| 北国の人 | 水野葉舟 | 30分以内 | |
一 九月の中ごろ、ひどく雨が降った或る晩のこと。 | |||
| 香油 | 水野葉舟 | 30分以内 | |
一 その日は十二三里の道を、一日乗り合い馬車に揺られながらとおした。 | |||
| 黄昏 | 水野葉舟 | 30分以内 | |
佐々木君が馬車に乗ってしまうのを見送って、二階にあがって来た。 | |||
| 利根川の一夜 | 長塚節 | 30分以内 | |
叔父の案内で利根川の鮭捕を見に行くことになつた、晩飯が濟んで勝手元もひつそりとした頃もうよからうといふので四人で出掛けた、 叔父は小さな包を背負つて提灯をさげる、それから河は寒いと可かないからと叔母が出して呉れた二枚のどてらを、うしろのちやんと呼ばれて居る五十格恰の男が引つ背負つてお供をする、これは提灯と二升樽とをさげる、從弟の十になる兒と自分とは手ぶらで蹤いて行く、 荷物を背負つた二人の樣子 | |||
| 才丸行き | 長塚節 | 30分以内 | |
起きて見ると思ひの外で空には一片の雲翳も無い、唯吹き颪が昨日の方向と變りがないのみである、 滑川氏の案内で出立した、正面からの吹きつけで體が縮みあがるやうに寒い、突ンのめるやうにしてこごんだ儘走つた、炭坑會社の輕便鐵道を十町ばかり行つて爪先あがりにのぼる、左は崖になつて、崖の下からは竹が疎らに生えて居る、木肌の白い漆がすい/\と立ち交つて居る、漆の皮にはぐるつとつけた刄物の跡が見える、山芋の枯れ | |||
| 痍のあと | 長塚節 | 30分以内 | |
豆粒位な痍のあとがある。 | |||
| 鉛筆日抄 | 長塚節 | 30分以内 | |
八月二十九日 ▲黄瓜 松島の村から東へ海について行く。 | |||
| 弥彦山 | 長塚節 | 30分以内 | |
新潟の停車場を出ると列車の箱からまけ出された樣に人々はぞろ/\と一方へ向いて行く。 | |||
| 松虫草 | 長塚節 | 30分以内 | |
一 泉州の堺から東へ田圃を越えるとそこに三つの山陵がある。 | |||
| 旅の日記 | 長塚節 | 30分以内 | |
一 九月一日 金華山から山雉の渡しを鮎川の港までもどつた。 | |||
| 菜の花 | 長塚節 | 30分以内 | |
一 奈良や吉野とめぐつてもどつて見ると、僅か五六日の内に京は目切と淋しく成つて居た。 | |||
| 白瓜と青瓜 | 長塚節 | 30分以内 | |
庄次は小作人の子でありました。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
角の荒物屋が佐野吾八さんの代にならないずっと前――私たちまだ宇宙にブヨブヨ魂が漂っていた時代――そこは八人芸の○○斎という名人がいたのだそうで、上げ板を叩いて「番頭さん熱いよ」とうめ湯をたのんだり、小唄をうたったりすると、どうしても洗湯の隣りに住んでる気がしたり、赤児が生れる泣声に驚かされたりしたと祖母がはなしてくれた。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
源泉小学校は大伝馬町の裏にあって、格子戸がはまった普通の家造りで、上って玄関、横に二階をもった座敷と台所。 | |||
| 旧聞日本橋 | 長谷川時雨 | 30分以内 | |
古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。 | |||