5分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「5分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
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作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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随筆銭形平次 | 野村胡堂 | 5分以内 | |
筆名の由来をよく訊かれる。 | |||
備後より | 中村憲吉 | 5分以内 | |
この峡に帰ると急に強く秋らしい日光の光線が感じられて、最初は稍物寂しく思つたが今は慣れるに従つて却つて真実に心が落著いて来た様である。 | |||
桂浜 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
漱石の俳句の中に寅彦桂浜の石数十顆を送る涼しさや石握り見る掌という句がある。 | |||
金鱗湖 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
別府の裏側、由布山系の峠を越したところに、由布院という盆地がある。 | |||
寅彦の遺跡 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
高知へ着いた日に、すぐ寺田紀念館で、御親戚の方や、寅彦を敬愛する人たちと、座談会の準備がしてあった。 | |||
私のふるさと | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
私のふるさとは、石川県の片山津という温泉地である。 | |||
白菊 | 伊藤左千夫 | 5分以内 | |
茅野停車場の十時五十分発上りに間に合うようにと、巌(いわお)の温泉を出たのは朝の七時であった。 | |||
純粋に「日本的」な「鏡花世界」 | 谷崎潤一郎 | 5分以内 | |
正直に云つて、晩年の鏡花先生は時代に取り残されたと云ふ感がないではなかつた。 | |||
山の宿海の宿 | 河井酔茗 | 5分以内 | |
海辺の旅宿は、潮の香がする。 | |||
折紙 | 中勘助 | 5分以内 | |
私はまたその妹とすごした海岸の夏をわすれたことはない。 | |||
きもの | 中勘助 | 5分以内 | |
生垣つづきの小路が交叉してるところで私たちはばつたり出逢つた。 | |||
師を失いたる吾々 | 伊藤左千夫 | 5分以内 | |
貴墨拝見仕候、新に師を失いたる吾々が今日に処するの心得いかんとの御尋、御念入の御問同憾の至に候、それにつき野生も深く考慮を費したる際なれば、腹臓なく愚存陳じ申べく候正岡先生の御逝去が吾々のために悲哀の極みなることは申までもなく候えども、その実先生の御命が明治三十五年の九月まで長延び候はほとんど天の賜とも申すべきほどにて、一年か一年半は全く人の予想よりも御長生ありしことと存じ候、しかるを先生御生存中に充分研究すべきことも、多くは怠慢に付し去り、先生の御命もはや長いことはないと口に... | |||
堺へ帰らう | 河井酔茗 | 5分以内 | |
「堺へいなう、堺へいなう」深夜、安土城の庭から奥の寝室に聞えてくる声移し植ゑたばかりの妙国寺の蘇鉄毎夜のやうに言ふ信長は手討にしなかつた「あの蘇鉄を堺へ帰してやれ」話のついでに――「晶子さんあなたは堺へ帰りたいと思ひませんか」「いいえよく出てきたと思ひます」堺は古い街だ古い街から新しい人が生れた晶子さんは、また黙つて堺へ帰つてゐ... | |||
春の詩集 | 河井酔茗 | 5分以内 | |
あなたの懐中にある小さな詩集を見せてくださいかくさないで――。 | |||
山の歓喜 | 河井酔茗 | 5分以内 | |
あらゆる山が歓んでゐるあらゆる山が語つてゐるあらゆる山が足ぶみして舞ふ、躍るあちらむく山とこちらむく山と合つたり離れたり出てくる山とかくれる山と低くなり高くなり家族のやうに親しい山と他人のやうに疎い山と遠くなり近くなりあらゆる山が山の日に歓喜し山の愛にうなづき今や生のかがやきは空いつぱいにひろがつてゐる。 | |||
ゆづり葉 | 河井酔茗 | 5分以内 | |
子供たちよ。 | |||
老境 | 河井酔茗 | 5分以内 | |
吾老いぬれど仙家に入らず茶烟軽く紅塵の裡(うち)に住む柴門を守るは吾家の月竹窓に吹くは隣家の風人来れば迎へて会ふ人去れば吾座にもどる眠り足りて夢なく起きて倦(う)むことなし昼には昼に書くことあり夜には夜に語ることあり世にあづけたるわが寿は時来らば世に返さむ草の生命はわが... | |||
大阪の朝 | 安西冬衛 | 5分以内 | |
川に張り出した道頓堀の盛り場は、仇女の寝くたれ姿のように、たくましい家裏をまざまざと水鏡に照し出している。 | |||
堺水族館の歌 | 安西冬衛 | 5分以内 | |
都の花に魁けて春足日をけふこゝに明粧成りし水族館東洋一の水族館堺水族館は開かれぬ(二)明治の帝行幸して叡覧ありしあとゞころ由緒も深き水族館東洋一の水族館堺水族館は開かれぬ(三)大魚小魚鰭の数集めてこゝに海の幸綾うるはしき水族館東洋一の水族館堺水族館は開かれぬ(四)造りなしたる海の宮竜宮城もよそならず... | |||
大大阪のれいめい | 安西冬衛 | 5分以内 | |
光は東方からかわらぬ真理の曙(あけぼの)に立つて今、大淀の流れに影を映すわれらの都大大阪。 | |||
水の上 | 安西冬衛 | 5分以内 | |
中央公会堂の赤煉瓦緑青色の高裁のドーム中洲の葉柳をかすめてとび去る水中翼船の渦巻からムツとするような水苔の匂い。 | |||
井戸 | 伊藤左千夫 | 5分以内 | |
吾郷里九十九里辺では、明治六年に始めて小学校が出来た。 | |||
簡易銷夏法 | 長塚節 | 5分以内 | |
私の樣に田舍にばかり居て何といつて極つた用もないものには銷夏法抔といふ六かしいことを考える必要もなく隨つて名案もありません只今では少し百姓の方に手を出して居るので氣候が暑く成るに連れてずん/\と氣持のよく成るのが畑の陸稻です大豆の葉の朝風にさわ/\と搖れるのも目が醒めるやうです暇の折には自分の仕付けた畑を何遍となく廻つて歩きます幾ら見ても飽きることが有りません作物の凡でが[#「凡でが」はママ]どうも主任者たる私が居ないとうまく行かない樣ですそれで今年は此の農作物に引きとめられて森の中の家... | |||
十二花の雪 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
六華豊年の兆という言葉がある位、雪の結晶といえば六花ときまっているように思われているが、中には十二花のものもある。 | |||
「先生を囲る話」について | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
前に「先生を囲る話」を書いた時、その中に所々御弟子達の言動を点景人物の意味で入れておいた。 | |||
雪の化石1 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
北海道の奥地深く、標高千メートルの地点では、冬中気温は普通零下十度以下で、雪の結晶は顕微鏡下に、水晶の骨組のように繊細を極めた姿を顕している。 | |||
府中のけやき | 中勘助 | 5分以内 | |
昭和三十五年三月三十一日いつだつたか新聞に蓮の研究で有名な大賀博士が府中の大国魂神社のすばらしい欅の並木が滅びてゆくのを惜まれる記事が載つてたのを読んだ。 | |||
雪協議会の報告 | 中谷宇吉郎 | 5分以内 | |
万国雪協議会というものがあって、世界四十何か国の学者を会員として、盛んな活動をしようとしている。 | |||
坪内先生を憶ふ | 相馬御風 | 5分以内 | |
先生は逝きたまひけりその事のあまり大きく語るに惑ふ生き死にのさかひはすでに打越えてゐたまひにけむしかは思へどもぐ/\とみくち大きくうごかしてハムレット、マクベス講じたまひしみそとせの昔もすでに老先生と呼びまゐらすにふさひたまひしふる城の大き旗竿倒れしにたとへし人の言うべなはむ老いてます/\創作欲のつのり來しに逆らはずぐん/\生き了せましき先生の亡きあともなほ二もとの老木の柿はならび立てりとふ(熱海双柿舍をおもふ)いとせめて一度はたづね... | |||
学規 | 会津八一 | 5分以内 | |
古い日記や手紙などを、みんな燒いてしまつたので、こまかに時日をいへないが、まだ若い中學教師であつた私が、牛込下戸塚町の素人下宿から、小石川豐川町へ引越して、その時越後から出て來たばかりの三人の書生と初めて所帶を持つたのは、たしか大正のはじめであつた。 | |||
学問の独立 | 正宗白鳥 | 5分以内 | |
明治三十年代だが、私が早稻田に學んでゐた時分、「學問の獨立」がこの學園の標語であるやうに、折に觸れて學校經營者から聞かされてゐた。 | |||
学校の今昔 | 正宗白鳥 | 5分以内 | |
私には子供がないから、學校の撰擇、入學の困難について心を惱ましたことがない。 | |||
語学修業 | 正宗白鳥 | 5分以内 | |
明治十年代の末期から二十年代へ掛けて、新時代の文學が芽生えたので、早稻田で文學部が創設され、早稻田文學が發刊された時分は、少數ではあつたが、若い文學愛好者の間には、清新な藝術氣分が、漂つてゐたのだ。 | |||
十年 | 中島敦 | 5分以内 | |
十年前、十六歳の少年の僕は学校の裏山に寝ころがって空を流れる雲を見上げながら、「さて将来何になったものだろう。 | |||
人狸同盟将に成らんとす | 柳田国男 | 5分以内 | |
狸の化けた憑いたは皆大いなる寃罪で、永い間人と狸との感情を疎遠せしめて居た主因は「カチ/\山童話」であつたと云ふことが、此頃漸く明瞭ならんとするのは自他の爲慶すべき傾向である。 | |||
服装語彙分類案 | 柳田国男 | 5分以内 | |
一、晴着、よそ行き最初晴着をどういふ場合にこしらへ、又如何なる場合に是非着たかを、注意してかゝる必要がある。 | |||
雨の玉川心中 | 太宰治 | 5分以内 | |
私ばかりしあわせな死に方をしてすみません。 | |||
遊びの芸術 | 相馬御風 | 5分以内 | |
○短歌が滅亡するかしないかといふやうなことが先頃だいぶ問題になつてゐたやうである。 | |||
孤座 | 相馬御風 | 5分以内 | |
今年は雪が珍らしく少なかつたので、二月末からもうヂカに土を踏んで歩くことが出來、三月になつてから東京で雪が積つたといふやうなことを新聞で讀んで、何だか東京の方が反對に雪國になつたのではないか、といふやうな氣がした位である。 | |||
独愁 | 相馬御風 | 5分以内 | |
今年は雪の降り方が非常に少く、春の來方のあまりに早かつたのにひきかへ、高い山々の雪の消え方は何だかあまりぐづ/\し過ぎてゐるやうである。 | |||
青年の新活動方面 | 大隈重信 | 5分以内 | |
元気は青年の生命なり今日の青年は中学でも卒業してから少し筆が立つとか、文学上の事でも研究すると直ちに俺は文学者になろうの新聞記者雑誌記者になろうのという考えを起し、小説の一つも書いてみたり論文の一つも綴(つづ)ってみて、いっぱし文学者になった気になる連中が多い。 | |||
余が平和主義の立脚点 | 大隈重信 | 5分以内 | |
人類は、元来、本能的に平和を好む動物である。 | |||
花 | 窪田空穂 | 5分以内 | |
何んな花でもながく見ていれば好きになって来るものだという人がある。 | |||
馬鈴薯の花 | 亀井勝一郎 | 5分以内 | |
北海道の花といえば、誰でもまず鈴蘭を思い出すだろう。 | |||
社日桜 | 河井寛次郎 | 5分以内 | |
社日桜というのは、町の西端れの田圃の中に突出している丘の突端の、社日さんの石碑の傍にあった。 | |||
運動 | 大隈重信 | 5分以内 | |
始球式の投手我輩は運動が大好きである。 | |||
独り碁 | 中勘助 | 5分以内 | |
昭和三十三年十二月家のない私は三十前後のころ谷中の真如院という寺に仮寓していた。 | |||
かき・みかん・かに | 中島哀浪 | 5分以内 | |
秋というと生まれた川久保を思い、川久保を思うと累々と真赤に熟れた柿が目の前に浮んで来る。 | |||
福翁自伝 | 石河幹明 | 5分以内 | |
慶應義塾の社中にては、西洋の学者に往々自から伝記を記すの例あるを以て、兼てより福澤先生自伝の著述を希望して、親しく之(これ)を勧めたるものありしかども、先生の平生甚だ多忙にして執筆の閑を得ずその儘(まま)に経過したりしに、一昨年の秋、或(あ)る外国人の需に応じて維新前後の実歴談を述べたる折、風と思い立ち、幼時より老後に至る経歴の概略を速記者に口授して筆記せしめ、自から校正を加え、福翁自伝と題して、昨年七月より本年二月までの時事新報に掲載したり。 | |||
秋月先生の古稀を祝して | 小泉八雲 | 5分以内 | |
秋月老先生、――『世界に於ける最も丁寧なる人々』の禮儀を知らない私、それから上品にして美はしい種類の挨拶の言葉のあるその國語を知らない一外國人である私は、私の恭しき賀状を御送り申上げる場合に、私の云ふべき事が云へないやうに感じます。 |
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