60分以内で読める岡本綺堂の中編作品

わたしの叔父は江戸の末期に生まれたので、その時代に最も多く行なわれた化け物屋敷の不入の間や、嫉み深い女の生霊や、執念深い男の死霊や、そうしたたぐいの陰惨な幽怪な伝説をたくさんに知っていた。

（伊豆の修禅寺に頼家の面というあり。

半七老人は或るとき彼のむかしの身分について詳しい話をしてくれた。

歴史小説の老大家Ｔ先生を赤坂のお宅に訪問して、江戸のむかしのお話をいろいろ伺ったので、わたしは又かの半七老人にも逢いたくなった。

ある年の正月に私はまた老人をたずねた。

二月以来、わたしは自分の仕事が忙がしいので、半七老人の家へ小半年も無沙汰をしてしまった。

半七老人を久し振りでたずねたのは、十一月はじめの時雨れかかった日であった。

「あなたはお芝居が好きだから、河内山の狂言を御存知でしょう。

半月ばかりの避暑旅行を終って、わたしが東京へ帰って来たのは八月のまだ暑い盛りであった。

むかしの正本風に書くと、本舞台一面の平ぶたい、正面に朱塗りの仁王門、門のなかに観音境内の遠見、よきところに銀杏の立木、すべて浅草公園仲見世の体よろしく、六区の観世物の鳴物にて幕あく。

「今ではすっかり埋められてしまって跡方も残っていませんが、ここが昔の帯取りの池というんですよ。

「安政三年……十一月の十六日と覚えています。

主人の「開会の辞」が終った後、第一の男は語る。

半七老人の家には小さい三毛猫が飼ってあった。

明治廿五年の春ごろの新聞をみたことのある人たちは記憶しているであろう。

「いつか向島でお約束をしたことがありましたっけね」「お約束……。

安政と年号のあらたまった年の三月十八日であった。

老人とわたしと差し向いで、五月の雨のふる日曜日を小半日も語り暮した。

ある年の正月、門松のまだ取れないうちに赤坂の家をたずねると、半七老人は格子の前に突っ立って、初春の巷（ちまた）のゆきかいを眺めているらしかった。

慶応二年の夏は不順の陽気で、綿ぬきという四月にも綿衣をかさねてふるえている始末であったが、六月になってもとかく冷え勝ちで、五月雨の降り残りが此の月にまでこぼれ出して、煙のような細雨が毎日しとしとと降りつづいた。

登場人物官女玉虫その妹玉琴那須与五郎宗春旅僧雨月官女呉羽の局同綾の局浜の女房おしお那須の家来弥藤二ほかに那須の家来。

江戸っ子は他国の土を踏まないのを一種の誇りとしているので、大体に旅嫌いであるが、半七老人もやはりその一人で、若い時からよんどころない場合のほかには、めったに旅をしたことが無いそうである。

「いつかは弁天娘のお話をしましたから、きょうは鬼むすめのお話をしましょうか」と、半七老人は云った。

神信心という話の出たときに、半七老人は云った。

その頃、わたしはかなり忙がしい仕事を持っていたので、どうかすると三月も四月も半七老人のところへ御無沙汰することがあった。

明治三十二年の秋とおぼえている。

なにかのことから大岡政談の話が出たときに、半七老人は云った。

八月はじめの朝、わたしが赤坂へたずねてゆくと、半七老人は縁側に薄縁をしいて、新聞を読んでいた。

「江戸時代の隠密というのはどういう役なんですね」と、ある時わたしは半七老人に訊（き）いた。

わたしがいつでも通される横六畳の座敷には、そこに少しく不釣合いだと思われるような大きい立派な額がかけられて、額には草書で『報恩額』と筆太にしるしてあった。

十月のなかばであった。

五月のはじめに赤坂をたずねると、半七老人は格子のまえに立って、稗蒔売の荷をひやかしていた。

「年代はたしかに覚えていませんが、あやつり芝居が猿若町から神田の筋違外の加賀ツ原へ引き移る少し前だと思っていますから、なんでも安政の末年でしたろう」と、半七老人は云った。

文久元年三月十七日の夕六ツ頃であった。

久し振りで半七老人に逢うと、それがまた病みつきになって、わたしはむやみに老人の話が聴きたくなった。

芝、田町の鋳掛屋庄五郎が川崎の厄除大師へ参詣すると云って家を出たのは、元治元年三月二十一日の暁方であった。

「また怪談ですかえ」と、半七老人は笑った。

「残念、残念。

「むかし者のお話はとかく前置きが長いので、今の若い方たちには小焦れったいかも知れませんが、話す方の身になると、やはり詳しく説明してかからないと何だか自分の気が済まないというわけですから、何も因果、まあ我慢してお聴きください」半七老人は例の調子で笑いながら話し出した。

四月のはじめに、わたしは赤坂をたずねた。

私はかつて「虚無僧」という二幕の戯曲をかいて、歌舞伎座で上演されたことがある。

Ｋ君はこの座中で第一の年長者であるだけに、江戸時代の怪異談をたくさんに知っていて、それからそれへと立て続けに五、六題の講話があった。

読者もすでに御承知の通り、半七老人の話はとかくに芝居がかりである。

秋の夜の長い頃であった。

まず劈頭にズウフラの説明をしなければならない。

大森の鶏の話が終っても、半七老人の話はやまない。

前回には極月十三日の訪問記をかいたが、十二月十四日についても、一つの思い出がある。

四月の日曜と祭日、二日つづきの休暇を利用して、わたしは友達と二人連れで川越の喜多院の桜を見物して来た。

種痘の話が出たときに、半七老人はこんなことをいった。

団子坂の菊人形の話につづいて、半七老人は更に「蟹のお角」について語り出した。