30分以内で読める寺田寅彦の短編作品
青空文庫で公開されている寺田寅彦の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|
青空文庫で公開されている寺田寅彦の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|---|---|---|
| 病室の花 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
発病する四五日前、三越へ行ったついでに、ベコニアの小さい鉢を一つ買って来た。 | |||
| 春六題 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 暦の上の季節はいつでも天文学者の計画したとおりに進行して行く。 | |||
| 田園雑感 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 現代の多くの人間に都会と田舎とどちらが好きかという問いを出すのは、蛙に水と陸とどっちがいいかと聞くようなものかもしれない。 | |||
| 笑い | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
子供の時分から病弱であった私は、物心がついてから以来ほとんど医者にかかり通しにかかっていたような漠然とした記憶がある。 | |||
| 案内者 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
どこかへ旅行がしてみたくなる。 | |||
| 亮の追憶 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
亮の一周忌が近くなった。 | |||
| 路傍の草 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 車上 「三上」という言葉がある。 | |||
| Liber Studiorum | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 震災後復興の第一歩として行なわれた浅草凌雲閣の爆破を見物に行った。 | |||
| 時事雑感 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
煙突男 ある紡績会社の労働争議に、若い肺病の男が工場の大煙突の頂上に登って赤旗を翻し演説をしたのみならず、頂上に百何十時間居すわってなんと言ってもおりなかった。 | |||
| カメラをさげて | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
このごろ時々写真機をさげて新東京風景断片の採集に出かける。 | |||
| 映画の世界像 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
映画のスクリーンの平面の上に写し出される光と影の世界は現実のわれらの世界とは非常にかけはなれた特異なものであって両者の間の肖似はむしろきわめてわずかなものである。 | |||
| 「手首」の問題 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。 | |||
| 生ける人形 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
四十年ほど昔の話である。 | |||
| 田丸先生の追憶 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
なくなってまもない人の追憶を書くのはいろいろの意味で困難なものである。 | |||
| 火事教育 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
旧臘押し詰まっての白木屋の火事は日本の火災史にちょっと類例のない新記録を残した。 | |||
| 空想日録 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 白熊の死 探険船シビリアコフ号の北氷洋航海中に撮影されたエピソード映画の中に、一頭の白熊を射殺し、その子を生け捕る光景が記録されている。 | |||
| 映画雑感(Ⅱ) | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
制服の処女 評判の映画「制服の処女」を一見した。 | |||
| 蒸発皿 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 亀井戸まで 久しぶりで上京した友人と東京会館で晩餐をとりながら愉快な一夕を過ごした。 | |||
| 記録狂時代 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
何事でも「世界第一」という名前の好きなアメリカに、レコード熱の盛んなのは当然のことであるが、一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗をきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延した。 | |||
| 錯覚数題 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 ハイディンガー・ブラッシ 目は物を見るためのものである。 | |||
| 試験管 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 靴のかかと 夏になったので去年の白靴を出して見ると、かかとのゴムがだいぶすり減っている。 | |||
| 沓掛より | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 草をのぞく 浅間火山のすそ野にある高原の一隅に、はなはだ謙遜なHという温泉場がある。 | |||
| 藤棚の陰から | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 若葉のかおるある日の午後、子供らと明治神宮外苑をドライヴしていた。 | |||
| 三斜晶系 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 夢 七月二十七日は朝から実に忙しい日であった。 | |||
| 糸車 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
祖母は文化十二年(一八一五)生まれで明治二十二年(一八八九)自分が十二歳の歳末に病没した。 | |||
| 破片 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 昭和九年八月三日の朝、駒込三の三四九、甘納豆製造業渡辺忠吾氏(二七)が巣鴨警察署衛生係へ出頭し「十日ほど前から晴天の日は約二千、曇天でも約五百匹くらいの蜜蜂が甘納豆製造工場に来襲して困る」と訴え出たという記事が四日の夕刊に出ていた。 | |||
| 俳句の精神 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 俳句の成立と必然性 五七五の定型と、季題および切れ字の插入という制約によって規定された従来普通の意味での俳句あるいは発句のいわゆる歴史的の起原沿革については、たぶんそういう方面に詳しい専門家が別項で述べ尽くされることと思うから、ここで自分などが素人くさい蛇足を添える必要はないであろう。 | |||
| 物売りの声 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
毎朝床の中でうとうとしながら聞く豆腐屋のラッパの音がこのごろ少し様子が変わったようである。 | |||
| B教授の死 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
さわやかな若葉時も過ぎて、日増しに黒んで行く青葉のこずえにうっとうしい微温の雨が降るような時候になると、十余年ほど前に東京のSホテルで客死したスカンジナビアの物理学者B教授のことを毎年一度ぐらいはきっと思い出す。 | |||
| 随筆難 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
随筆は思ったことを書きさえすればよいのであるから、その思ったことがどれほど他愛のないことであっても、またその考えがどんなに間違った考えであっても、ただ本当にそう思ったことをその通り忠実に書いてありさえすればその随筆の随筆としての真実性には欠陥はないはずである。 | |||
| 厄年と etc. | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
気分にも頭脳の働きにも何の変りもないと思われるにもかかわらず、運動が出来ず仕事をする事の出来なかった近頃の私には、朝起きてから夜寝るまでの一日の経過はかなりに永く感ぜられた。 | |||
| 伊香保 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
二三年前の夏、未だ見たことのない伊香保榛名を見物の目的で出掛けたことがある。 | |||
| 颱風雑俎 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
昭和九年九月十三日頃南洋パラオの南東海上に颱風の卵子らしいものが現われた。 | |||
| 嵐 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。 | |||
| やもり物語 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
ただ取り止めもつかぬ短夜の物語である。 | |||
| まじょりか皿 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
十二月三十一日、今年を限りと木枯しの強く吹いた晩、本郷四丁目から電車を下りて北に向うた忙がしい人々の中にただ一人忙がしくない竹村運平君が交じっていた。 | |||
| ベルリン大学 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一九〇九年五月十九日にベルリンの王立フリードリヒ・ウィルヘルム大学の哲学部学生として入学した人々の中に黄色い顔をした自分も交じっていた。 | |||
| 根岸庵を訪う記 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
九月五日動物園の大蛇を見に行くとて京橋の寓居を出て通り合わせの鉄道馬車に乗り上野へ着いたのが二時頃。 | |||
| 東上記 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
八月二十六日床を出でて先ず欄干に倚る。 | |||
| 追憶の冬夜 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
子供の時分の冬の夜の記憶の中に浮上がって来る数々の物象の中に「行燈」がある。 | |||
| 重兵衛さんの一家 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
明治十四年自分が四歳の冬、父が名古屋鎮台から熊本鎮台へ転任したときに、母と祖母と次姉と自分と四人で郷里へ帰って小津の家に落ちつき、父だけが単身で熊本へ赴任して行った。 | |||
| 枯菊の影 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
少し肺炎の徴候が見えるようだからよく御注意なさい、いずれ今夜もう一遍見に来ますからと云い置いて医者は帰ってしまった。 | |||
| 海水浴 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
明治十四年の夏、当時名古屋鎮台につとめていた父に連れられて知多郡の海岸の大野とかいうところへ「塩湯治」に行った。 | |||
| 神田を散歩して | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
あるきわめて蒸し暑い日の夕方であった。 | |||
| 家庭の人へ | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
風呂の寒暖計 今からもう二十余年も昔の話であるが、ドイツに留学していたとき、あちらの婦人の日常生活に関係した理化学的知識が一般に日本の婦人よりも進んでいるということに気のついた事がしばしばあった。 | |||
| 五月の唯物観 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
西洋では五月に林檎やリラの花が咲き乱れて一年中でいちばん美しい自然の姿が見られる地方が多いようである。 | |||
| 雑記(Ⅱ) | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 花火 一月二十六日の祝日の午後三時頃に、私はただあてもなく日本橋から京橋の方へあの新開のバラック通りを歩いていた。 | |||
| 鑢屑 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 ある忙しい男の話である。 | |||
| 異質触媒作用 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 帝展 帝展の洋画部を見ているうちに、これだけの絵に使われている絵具の全体の重量は大変なものであろうと考えた。 | |||
| さまよえるユダヤ人の手記より | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
一 涼しさと暑さ この夏は毎日のように実験室で油の蒸餾の番人をして暮らした。 | |||