青空文庫の全作品
青空文庫で公開されているすべての著者の全作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| わが幼時の美感 | 正岡子規 | 10分以内 | |
極めて幼き時の美はただ色にありて形にあらず、まして位置、配合、技術などそのほかの高尚なる複雑なる美は固より解すべくもあらず。 | |||
| 夢 | 正岡子規 | 5分以内 | |
○先日徹夜をして翌晩は近頃にない安眠をした。 | |||
| 病 | 正岡子規 | 10分以内 | |
○明治廿八年五月大連湾より帰りの船の中で、何だか労れたようであったから下等室で寝て居たらば、鱶が居る、早く来いと我名を呼ぶ者があるので、はね起きて急ぎ甲板へ上った。 | |||
| 刺客蚊公之墓碑銘 | 正岡子規 | 5分以内 | |
田舎の蚊々、汝竹藪の奥に生れて、その親も知らず、昼は雪隠にひそみて伏兵となり、夜は臥床をくぐりて刺客となる、咄汝の一身は総てこれ罪なり、人の血を吸ふは殺生罪なり、蚊帳の穴をくぐるは偸盗罪なり、耳のほとりにむらがりて、雷声をなすは妄語罪なり、酒の香をしたふて酔ふことを知らざるは、飲酒罪なり、汝五逆の罪を犯してなほ生を人界にぬすむは、そもそも何の心ぞ、あくまで血にふくれて、腹のさくるは自業自得なり、子 | |||
| 権助の恋 | 正岡子規 | 5分以内 | |
夜半にふと眼をさますと縁側の処でガサガサガタと音がするから、飼犬のブチが眠られないで箱の中で騒いで居るのであろうと思うて見たが、どうもそうでない。 | |||
| 旅 | 正岡子規 | 5分以内 | |
○旅はなさけ、恥はかきずて、宿屋に著きて先づ飯盛女の品定め、水臭き味噌汁すすりながら、ここに遊君はありやといへば、ござりまする、片田舎とて侮り給はば思はぬ不覚を取り給ふべし、などいふ、今の世の中に旅といふもの可愛い子にはさせまじき者なり。 | |||
| 雲の日記 | 正岡子規 | 5分以内 | |
明治卅一年十二月十五日 朝晴れて障子を開く。 | |||
| 大森彦七と名和長年 | 松本幸四郎 | 10分以内 | |
「大森彦七」は師匠団十郎が福地桜痴居士に書卸していたゞき、明治三十年十月の明治座で初演され、大好評を博した狂言で、後日新歌舞伎十八番の中にも加へた当り芸なのですが、居士が脚本を書き上げて内読をした時、団十郎は正成戦死の物語を素で行きたいと希望し、更に狂乱になつて踊りたいから文句を書加へてほしいと注文したところ、居士は即座に承諾して「太平記」の中にある俗謡「この頃都で流行るもの云々」を生ではめこみ、 | |||
| 一草庵日記 | 種田山頭火 | 1時間〜 | |
八月三日 晴。 | |||
| 伊那紀行 | 今井邦子 | 30分以内 | |
此度の信州旅行は、伊那の高遠町の名高い小彼岸櫻を見る事と、天龍峽の芽吹きの若葉を見たい爲であつたが、高遠町の方には更に永年心にかけてゐた老女繪島の遠流の事蹟をしらべたい私の念願が果されて、はからずも伊那の友人によつて、彼の地に繪島の研究者があり、その人に紹介の勞をとつてもらふ事が出來る事になつた大きな目的を持つてゐたのである。 | |||
| 誠心院の一夜 | 今井邦子 | 30分以内 | |
赤染衞門は先程から不思議なものを見た、と云ふ氣がしてならなかつた。 | |||
| 滝 | 今井邦子 | 5分以内 | |
瀧を見ることはたのしいことです。 | |||
| 仏法僧 | 今井邦子 | 10分以内 | |
最近佛法僧の事が流行の状態となり、その正體が明らかにされて來た爲か、昔「佛法僧」といふ名を聞いただけで一種の神祕的な幻影を心に投げた時代は過ぎたといふ感がある。 | |||
| 雪解水 | 今井邦子 | 5分以内 | |
何をくよくよ川ばた柳、水の流れを見てくらす 此俗謠は誰の作で、いつの頃から市井の唄となつて流行しだしたかはまだ調べてみないが、よほどの苦勞人の作であらう。 | |||
| 坊っちやん | 夏目漱石 | 1時間〜 | |
一 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。 | |||
| 女の子 | 鈴木三重吉 | 10分以内 | |
自分が毎日物を書く一と間の前には、老い耄けたやうな、がた/″\の黒板塀が限られてゐる。 | |||
| 胡瓜の種 | 鈴木三重吉 | 10分以内 | |
小さいときから自分を育てゝ來たお千は、下女と祖母とを伴れて、車に乘つて一足先に移つて出た。 | |||
| 金魚 | 鈴木三重吉 | 30分以内 | |
町に金魚を賣る五月の、かうした青い長雨の頃になると、しみ/″\おふさのことが思ひ出される。 | |||
| 真の愛国心 | 新渡戸稲造 | 10分以内 | |
国を偉大にする一の方法 長く外国におり、しかも日本人と交わること少く、かえって日々多数の国の人々と交わっていると、各国の国民性をいくらか窺うことが出来るように思う。 | |||
| 平民道 | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
渡米船上の感激 先達中本誌の余白を借りてデモクラシーに関して一言するところがあった。 | |||
| 我が教育の欠陥 | 新渡戸稲造 | 10分以内 | |
我政府が教育上に於ける施設の多大なることは否むべからず。 | |||
| ある職工の手記 | 宮地嘉六 | 60分以内 | |
私の家はどういふわけか代々続いて継母の為に内輪がごたくさした。 | |||
| 煤煙の匂ひ | 宮地嘉六 | 1時間〜 | |
一 彼は波止場の方へふら/\歩いて行つた。 | |||
| 軽蔑された翻訳 | 三木清 | 10分以内 | |
我々は我々の書いたものを互にもっと読むようにしたいと思う。 | |||
| 書物の倫理 | 三木清 | 10分以内 | |
洋書では滅多にないことだが、日本のこの頃の本はたいてい箱入になっている。 | |||
| 西田先生のことども | 三木清 | 30分以内 | |
一 大正六年四月、西田幾多郎博士は、東京に来られて、哲学会の公開講演会で『種々の世界』という題で、話をされた。 | |||
| ハイデッゲル教授の想い出 | 三木清 | 5分以内 | |
私がハイデルベルクからマールブルクへ移ったのとちょうど同じ頃にハイデッゲル氏はフライブルクからマールブルクへ移って来られた。 | |||
| 小学教育の事 | 福沢諭吉 | 30分以内 | |
小学教育の事 一 教育とは人を教え育つるという義にして、人の子は、生れながら物事を知る者に非ず。 | |||
| 信濃国 | 浅井洌 | 5分以内 | |
信濃の國は十州に 境つらぬる國にして 山は聳えて峯高く 川は流れて末遠し 松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地 海こそなけれ物さはに 萬たらわぬことそなき 四方に聳ゆる山々は 御岳乘鞍駒か岳 淺間は殊に活火山 いつれも國の鎭めなり 流れ淀ます行く水は 北に犀川千曲川 南に木曽川天龍川 これまた國の固めなり 木曽の谷には眞木茂り 諏訪の湖には魚多し 民のかせぎは紙麻綿 五穀みのらむ里やある し | |||
| 県歌 信濃の国 | 浅井洌 | 5分以内 | |
一 信濃の国は十州に 境連ぬる国にして 聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し 松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地 海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき 二 四方に聳ゆる山々は 御嶽乗鞍駒ヶ岳 浅間は殊に活火山 いずれも国の鎮めなり 流れ淀まずゆく水は 北に犀川千曲川 南に木曽川天竜川 これまた国の固めなり 三 木曽の谷には | |||
| 深川の唄 | 永井荷風 | 30分以内 | |
一 四谷見付から築地両国行の電車に乗った。 | |||
| 媒介者 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
青山夫人と自分と出來て了つた翌朝のこと二人の仲を取り持つた指井から電話が掛つてた。 | |||
| 反古 | 小山内薫 | 30分以内 | |
これは私が十七の時の話です。 | |||
| 早春の山女魚 | 佐藤垢石 | 5分以内 | |
豊満な肉をおおった青銀色の鱗の底に、正しく並んだ十三個の斑点が薄墨ぼかしの紫を刷いたように、滑らかな肌から泛び出て、その美しさは形容の言葉がない。 | |||
| 弟子自慢 | 佐藤垢石 | 10分以内 | |
私に、どこかうまい釣場へ連れて行ってくれと申し込んでくる人があると、私はその人を自分の弟子の数のうちへ勘定する。 | |||
| 道具と餌と天候 | 佐藤垢石 | 5分以内 | |
釣道具の呼称については解釈のつかぬものが多い。 | |||
| 夏釣日記 | 佐藤垢石 | 5分以内 | |
二日の昼過ぎ、生駒※翔先生と将棋の木村名人と私と、大鯛釣を志して伊豆の網代温泉へ着いた。 | |||
| 冬の鯊釣 | 佐藤垢石 | 5分以内 | |
彼岸の鯊は中気の薬というが、まだその頃の鯊は形が小さく、肉も軟かく、味が上等とはいえません。 | |||
| 勝ずば | 岡本かの子 | 30分以内 | |
夜明けであった。 | |||
| 酋長 | 岡本かの子 | 5分以内 | |
朝子が原稿を書く為に暮れから新春へかけて、友達から貸りた別荘は、東京の北端れに在った。 | |||
| とと屋禅譚 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
一 明治も改元して左程しばらく経たぬ頃、魚河岸に白魚と鮎を専門に商う小笹屋という店があった。 | |||
| 扉の彼方へ | 岡本かの子 | 30分以内 | |
結婚式の夜、茶の間で良人は私が堅くなってやっと焙れてあげた番茶をおいしそうに一口飲んでから、茶碗を膝に置いて云いました。 | |||
| 美少年 | 岡本かの子 | 60分以内 | |
「とく子、お地蔵さまの縁日へ連れてってやろう。早く支度をしな」 美少年が古い乾き切った物干台の上で手を振った。 | |||
| 呼ばれし乙女 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
師の家を出てから、弟子の慶四郎は伊豆箱根あたりを彷徨いているという噂であった。 | |||
| 娘 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
パンを焼く匂いで室子は眼が醒めた。 | |||
| ニイチエ雑観 | 生田長江 | 30分以内 | |
たとへ大多数の通俗社会主義的民主々義的批評家等や、彼等の無反省な白人的優越感と近代的先入見とから遠くかけ離れてゐないアナトール・フランス、バアナアド・シヨオ程度の著作家等が、私達のこの日本に関してどんな事を言ひ来たつてゐたにもせよ、今尚言ひ続けてゐるにもせよ尚且つ厳密に天才者と言はるべき程の天才者等は、全く何等の除外例もなく、悉く皆、内面的な意味での貴族主義者であり、従つてさうした意味での貴族主義 | |||
| 「灯火節」あとがき | 片山広子 | 5分以内 | |
もう二十何年か前、昭和の初めごろ、私は急に自分の生活に疲れを感じて何もかもいやになつてしまつた。 | |||
| 「ゼエレン・キェルケゴオル」序 | 和辻哲郎 | 10分以内 | |
キェルケゴオルのドイツ訳全集は一九〇九年から一九一四年へかけて出版せられた。 | |||
| 奇病患者 | 葛西善蔵 | 30分以内 | |
薪の紅く燃えてゐる大きな爐の主座に胡坐を掻いて、彼は手酌でちび/\盃を甞めてゐた。 | |||
| 今世風の教育 | 新渡戸稲造 | 10分以内 | |
私が始終青年のために憂えていることの一つは、概して日本の青年は薄ッぺらであるということ。 | |||