佐藤垢石の全作品

職業漁師でも遊釣人でも、鯛といえば、真鯛を指すのが常識である。

私は、ふた昔それ以上も久しい前、水戸に浪人していたことがあった。

私の父親は、近村近郷きつての呑ん平であつた。

呉清源は今や棋聖といつてよからう。

鮎が水垢をなめて育つのは誰でも知っている。

観音崎と富津岬とが相抱いた東京湾口は、魚の楽園らしい。

奥山の仙水に、山女魚を釣るほんとうの季節がきた。

私は、昭和のはじめ、世の中が一番不景気の時代に失職してしまった。

石坂家は、大利根川と榛名山と浅間火山との間に刻む渓谷に水源を持つ烏川とが合流する上州佐波郡芝根村沼之上の三角州の上に、先祖代々農を営む大地主である。

いよいよ、私は食いつめた。

越後と上州の国境をなす谷川岳と茂倉岳を結ぶ背面の渓谷に源を発し、八海山と越後駒ヶ岳の裾を北流して新潟県北魚沼郡川口村で信濃川に合する魚野川の川鮎は、近年にわかに都会人の食趣に、その美旨の味品が注目されるようになった。

今年は、五十年来の不作で、我々善良なる国民は来年の三月頃から七月頃にかけ、餓死するであろうという政府の役人の仰せである。

このほど、友人が私のところへやってきて、君は釣り人であるから、魚類はふんだんに食っているであろうが、まだ羆（ひぐま）の肉は食ったことはあるまい。

先日、長野県下水内郡水内村森宮の原の雪野原で行なわれたラジオ映画社の「人食い熊」の野外撮影を見物に行ったとき、飯山線の森宮の原駅の旅館で、この地方きっての熊撃ちの名人に会った。

このほど、元代議士生方大吉君の案内で東京火災保険の久米平三郎君と共に、上州と越後の国境にある三国峠の法師温泉の風景を探ったのである。

晋の時代である。

二、三日前、隣村の老友が私の病床を訪れて、例の「しゃもじ」がまた出たという。

蕎麥は、春蕎麥よりも秋蕎麥の方が、味香共に豊かであると昔からいわれているが、その理屈はともかくとして、このほど上州赤城の中腹室沢の金子豊君から贈って貰った秋蕎麥は、近年まれにおいしかった。

私に董仲舒ほどの学があれば、名偈の一句でも吐いて、しゃもじ奴に挑戦してみるのであったが、凡庸の悲しさ、ただ自失して遁走するの芸当しか知らなかったのは、返す返すも残念である。

私は、この三月七日に、故郷の村へ移り住んだ。

人生の旅これは、私が十八、九歳のころ考えたことである。

この頃は、一盃のむと途方もなく高値な代金を請求されるので、私ら呑ん平にはまことに受難時代である。

上私は、鯰の屈託のない顔を見ると、まことに心がのんびりとするのである。

私は、明治四十三年四月二十三日の午前十時ごろ、新聞記者を志望して、麹町区有樂町にある報知新聞社の応接間に、私の人物試験をやりにくる人を待っていた。

二、三日前、隣村の嘉平老が、利根川で蜂鱒を拾った。

大寒に入って間もない頃、越後国岩船郡村上町の友人から、野狸の肉と、月の輪熊の肉が届いた。

二、三日前、紀州熊野の山奥に住む旧友から、久し振りに手紙がきた。

梅雨の、わが庭に蚯蚓（みみず）が這いだしてきた。

『斉正、その方は七面鳥を持っているか』鍋島斉正が登城したとき、将軍家定がだしぬけにこんな質問を発したから斉正は面喰らった。

鮎は、毛鈎や友鈎で掛けるばかりでなく、餌に食いつくのは、誰も知っている。

岩魚は、石を食う。

鯨と名のつくものなら、大抵は食べたことがある。

物が高くなって、くらしに骨が折れてきたのは私の家ばかりではあるまい。

私のように、長い年月諸国へ釣りの旅をしていると、時々珍しい話を聞いたり、また自らも興味のある出来ごとに誘い込まれたりすることもあるものだ。

十五、六歳になってからは、しばらく釣りから遠ざかった。

私の、山女魚釣りを習った場所は奥利根であった。

静寂といおうか、閑雅といおうか、釣りの醍醐味をしみじみと堪能するには、寒鮒釣りを措いて他に釣趣を求め得られないであろう。

物の味は季節によって違う。

上議会中、一日くらいは傍聴席へはいってみるのも国民のつとめであろう。

私の故郷の家の、うしろの方に森に囲まれた古沼がある。

釣り人が、獲物を家庭へ持ち帰って賑やかな団欒に接した時くらいうれしいことはないであろう。

食事が、必要から好厭に分かれ、さらに趣味にまで進んできたのは、既に五千年の昔であるのを古代支那人が料理書に記している。

緑樹のかげに榻（とう）（こしかけ）を寄せて、麥酒の満をひく時、卓上に香魚の塩焙があったなら涼風おのずから涎（よだれ）の舌に湧くを覚えるであろう。

こうして私は、長い年月東西の国々を釣り歩いた。

奥山へは、秋の訪れが早い。

篠秋痘鳴と山田論愚の二人が南支方向へ行くことになった。

山女魚は貪食の魚で、昆虫とかその幼虫とか、魚類の卵、みみずなど、この魚の好んで食う餌は、殆ど数えることができないほど多い。

近年、お正月の門松の林のなかに羽織袴をつけた酔っ払いが、海豚が岡へあがったような容でぶっ倒れている風景にあまり接しなくなったのは年始人お行儀のために、まことに結構な話である。

昨年の霜月のなかばごろ、私はひさしぶりに碓氷峠を越えて、信濃路の方へ旅したのである。

このほど、御手洗蝶子夫人から、『ただいま、すっぽんを煮ましたから、食べにきませんか』と、言うたよりに接した。