30分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|---|---|---|
| 媒介者 | 徳田秋声 | 30分以内 | |
青山夫人と自分と出來て了つた翌朝のこと二人の仲を取り持つた指井から電話が掛つてた。 | |||
| 反古 | 小山内薫 | 30分以内 | |
これは私が十七の時の話です。 | |||
| 勝ずば | 岡本かの子 | 30分以内 | |
夜明けであった。 | |||
| とと屋禅譚 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
一 明治も改元して左程しばらく経たぬ頃、魚河岸に白魚と鮎を専門に商う小笹屋という店があった。 | |||
| 扉の彼方へ | 岡本かの子 | 30分以内 | |
結婚式の夜、茶の間で良人は私が堅くなってやっと焙れてあげた番茶をおいしそうに一口飲んでから、茶碗を膝に置いて云いました。 | |||
| 呼ばれし乙女 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
師の家を出てから、弟子の慶四郎は伊豆箱根あたりを彷徨いているという噂であった。 | |||
| 娘 | 岡本かの子 | 30分以内 | |
パンを焼く匂いで室子は眼が醒めた。 | |||
| ニイチエ雑観 | 生田長江 | 30分以内 | |
たとへ大多数の通俗社会主義的民主々義的批評家等や、彼等の無反省な白人的優越感と近代的先入見とから遠くかけ離れてゐないアナトール・フランス、バアナアド・シヨオ程度の著作家等が、私達のこの日本に関してどんな事を言ひ来たつてゐたにもせよ、今尚言ひ続けてゐるにもせよ尚且つ厳密に天才者と言はるべき程の天才者等は、全く何等の除外例もなく、悉く皆、内面的な意味での貴族主義者であり、従つてさうした意味での貴族主義 | |||
| 奇病患者 | 葛西善蔵 | 30分以内 | |
薪の紅く燃えてゐる大きな爐の主座に胡坐を掻いて、彼は手酌でちび/\盃を甞めてゐた。 | |||
| 人格の養成 | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
久振で東京へ帰ッて参りまして、安心して休むつもりであッたところが、突然お呼出しになりまして、定めし何にか御馳走でもあるじゃろうと思ッて来たところが、二階の階段で演説をという命令である。 | |||
| 国際聯盟とは如何なものか | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
国際聯盟とその加盟国 国際聯盟というものに就ては分ったようで分らぬものが多い。 | |||
| 教門論疑問 | 柏原孝章 | 30分以内 | |
○教門論疑問 第一 余このごろ西先生の教門論を読に、その文真切、その義奥妙、反復数回発明するところ少々ならず。 | |||
| 東西相触れて | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
あるいは東、あるいは西といえば如何にも両者の間に懸隔あるように聞ゆる。 | |||
| デモクラシーの要素 | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
片言ながらも外国に後れなかった思想 明治の初年頃には随分思いきった政治論も社会改良論も行われた。 | |||
| さいかち淵 | 宮沢賢治 | 30分以内 | |
八月十三日 さいかち淵なら、ほんとうにおもしろい。 | |||
| 唐模様 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
麗姫 惟ふに、描ける美人は、活ける醜女よりも可也。 | |||
| 春着 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
あら玉の春着きつれて醉ひつれて 少年行と前がきがあつたと思ふ……こゝに拜借をしたのは、紅葉先生の俳句である。 | |||
| 番茶話 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
蛙 小石川傳通院には、(鳴かぬ蛙)の傳説がある。 | |||
| 火の用心の事 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
紅葉先生在世のころ、名古屋に金色夜叉夫人といふ、若い奇麗な夫人があつた。 | |||
| 真夏の梅 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
梅や漬梅――梅や漬梅――は、……茄子の苗や、胡瓜の苗、……苗賣の聲とは別の意味で、これ、世帶の夏の初音である。 | |||
| みつ柏 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
曠野 「はゝあ、此の堂がある所爲で==陰陽界==などと石碑にほりつけたんだな。人を驚かしやがつて、惡い洒落だ。」 と野中の古廟に入つて、一休みしながら、苦笑をして、寂しさうに獨言を云つたのは、昔、四川※都縣の御城代家老の手紙を持つて、遙々燕州の殿樣へ使をする、一刀さした威勢の可いお飛脚で。 | |||
| 露宿 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
二日の眞夜中――せめて、たゞ夜の明くるばかりをと、一時千秋の思で待つ――三日の午前三時、半ばならんとする時であつた。 | |||
| 道中一枚絵 その一 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
「奇妙、喜多八、何と汝のやうなものでも、年に一度ぐらゐは柄に無い智慧を出すから、ものは不思議よ。然し春早々だから、縁起だ、今年は南瓜が當るかな。しかし俺も彌次郎、二ツあつた友白髮、一ツはまんまと汝に功名をされたけれども、あとの一ツは立派に負けねえやうに目覺しく使つて見せる。」と、道中二日三日、彌次は口癖のやうに言つた。 | |||
| 道中一枚絵 その二 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
(彌次郎兵衞)や歸つて來た、べらぼうに疾いな、何うした。 | |||
| 月夜車 | 泉鏡花 | 30分以内 | |
一 宴會と云ふが、優しい心ざしの人たちが、なき母親の追善を營んだ、其の席に列なつて、式も盞も濟んだ、夏の夜の十時過ぎを、袖崎と言ふ、………今年東京の何某大學の國文科を卒業して、故郷へ歸省中の青年が山の麓を川に添つて、下流の方へ車を走らして歸つて來た。 | |||
| 教育家の教育 | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
今日は教育家の大会を御催しなされたに付きまして御招待に預り出席致しましたが、私は普通いわゆる教育家という方々の仲間入を致しましたのが昨年の暮でありまして、まだ十分に教育家たるの資格も具えておらずまたその心得も持ちませぬので、諸君の前に立って教育に関する意見を述べる期節にはまだ至りませぬ。 | |||
| 自由の真髄 | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
内部の矩と外部の矩 論語にある「己の欲するところに従えども矩を踰えず」の一句こそ実に自由の定義を能く述べて尽したものであると前号に説明し、然らば矩とは何なるかと反問し、これには大略内部と外部との二つに分つことが出来ようと述べた。 | |||
| 疑ひの教育 | 丘浅次郎 | 30分以内 | |
一 我国維新以後の教育の進歩は実に目覚ましいもので、其中でも初等教育は他の程度の教育に比して、遙に優つて居るとは教育雑誌上で度々承り及ぶ所であるが、之は誠に悦ばしい次第である。 | |||
| 不苦心談 | 森鴎外 | 30分以内 | |
一 ファウストを訳した時の苦心を話すことを、東亜之光の編者に勧められた。 | |||
| 訳本ファウストについて | 森鴎外 | 30分以内 | |
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。 | |||
| 鴉 | ウィルヘルム・シュミットボン | 30分以内 | |
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。 | |||
| 罪人 | ミハイル・ペトローヴィチ・アルチバシェッフ | 30分以内 | |
ずっと早く、まだ外が薄明るくもならないうちに、内じゅうが起きて明りを附けた。 | |||
| 愛は、力は土より | 中沢臨川 | 30分以内 | |
M市の一隅にある城山の小高い丘を今私は下りて来た。 | |||
| まあまあ居士の弁 | 浅沼稲次郎 | 30分以内 | |
早稲田の森の青春 早稲田に入ったのは、大正六年で学校騒動で永井柳太郎、大山郁夫氏等が教授をやめられた年の九月であるが、早稲田を志望したのは早稲田は大隈重信侯が、時の官僚の軍閥に反抗して学問の独立、研究の自由を目標として創立した自由の学園であるという所に青年的魅惑を感じて憧れて入学したのである。 | |||
| 人間の卵 | 高田義一郎 | 30分以内 | |
一 『鳥類や魚類は、卵生動物として知られて居るが、それには例外がある。 | |||
| 両座の「山門」評 | 三木竹二 | 30分以内 | |
都座(明治二十九年二月) 一番目「楼門五三桐」は五幕に分る。 | |||
| 青春回顧 | 吉井勇 | 30分以内 | |
銀座裏日吉町の民友社の傍、日勝亭と云ふ撞球屋の隣りにカフエ・プランタンが出来たのは、たしか明治四十三四年頃のことだつたと思ふが、その時分この銀座界隈には、まだカフエと云ふものが一軒もなく、それらしいものとしては、台湾喫茶店とパウリスタとがあるだけだつた。 | |||
| 夜の赤坂 | 国木田独歩 | 30分以内 | |
東京の夜の有様を話して呉れとの諸君のお望、可しい、話しましよう、然し僕は重に赤坂区に住んで居たから、赤坂区だけの、実地に見た処を話すことに致します。 | |||
| 嫁入り支度 | アントン・チェーホフ | 30分以内 | |
わたしは生涯に、たくさんの家を見てきた。 | |||
| 荷風翁の発句 | 伊庭心猿 | 30分以内 | |
遠みちも夜寒になりぬ川向う 「川向う」は隅田川東岸である。 | |||
| 小波瀾 | アントン・チェーホフ | 30分以内 | |
ニコライ・イーリイッチ・ベリヤーエフというのはペテルブルグの家作持ちで、競馬気違いで、そして栄養のいいてらてらした顔の、年の頃三十二ぐらいの若紳士であった。 | |||
| 富籤 | アントン・チェーホフ | 30分以内 | |
イワン・ドミートリッチは中流階級の人間で、家族と一緒に年に千二百ルーブルの収入で暮らして、自分の運命に大いに満足を感じている男であった。 | |||
| 大利根の大物釣 | 石井研堂 | 30分以内 | |
数日前、船頭の許に、船を用意せしめおきしが、恰も天気好かりければ、大生担、餌入れ岡持など提げ、日暮里停車場より出て立つ。 | |||
| 手紙 | 坂本竜馬 | 30分以内 | |
此手紙もし親類之方などに御為レ見被レ成候ハヾ必ず/\誰れかに御書取らセ被レ成候て御見セ。 | |||
| ひとつの道 | 草野天平 | 30分以内 | |
自序 自分は自分の道を一歩一歩行つたつもりでありました しかし或る時は立ち止り或る時は振り返つて逆に二三歩あるいて仕舞つたことがあります 二つのうち一つを断ち切つて喋らずに進むことの出来なかつた者であります しかしこれで精一杯でもありました 赦してもらひたく思ひますが、誰に向つて言ふのか 結局自分自身そして為すことに言ふより仕方ありません [#改ページ] 岡の上で 悪魔悪魔とののしる声が表に | |||
| かねも 戦地へ いきました | 小川未明 | 30分以内 | |
一 おてらの けいだいに 大きな さくらの 木が ありました。 | |||
| 追放されて | アントン・チェーホフ | 30分以内 | |
『先生』と綽名のついた老人のセミョーンと、誰も名を知らない若い韃靼人が、川岸の焚火の傍に坐っていた。 | |||
| 民芸の性質 | 柳宗悦 | 30分以内 | |
吾々は皆個人主義時代に生れた子供達です。 | |||
| ここに弟あり | 岸田国士 | 30分以内 | |
洪次郎 紅子 基一郎 東京市内のある裏通りで、玄関の二畳から奥の六畳へ是非とも茶の間を通つて行かねばならぬ不便な間取りの家。 | |||
| 桔梗の別れ | 岸田国士 | 30分以内 | |
一 ある高原の避暑地。 | |||
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