30分以内で読める青空文庫の短編作品
青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 正宗谷崎両氏の批評に答う | 永井荷風 | 30分以内 | |
去年の秋、谷崎君がわたくしの小説について長文の批評を雑誌『改造』に載せられた時、わたくしはこれに答える文をかきかけたのであるが、勢自作の苦心談をれいれいしく書立てるようになるので、何となく気恥かしい心持がして止してしまった。 | |||
| 元八まん | 永井荷風 | 30分以内 | |
偶然のよろこびは期待した喜びにまさることは、わたくしばかりではなく誰も皆そうであろう。 | |||
| 雪の日 | 永井荷風 | 30分以内 | |
○ 曇って風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりもなお更身にしみ、火燵にあたっていながらも、下腹がしくしく痛むというような日が、一日も二日もつづくと、きまってその日の夕方近くから、待設けていた小雪が、目にもつかず音もせずに降ってくる。 | |||
| 霊廟 | 永井荷風 | 30分以内 | |
仏蘭西現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit※ des Eaux と題する一巻の詩集を著した。 | |||
| 礫川徜徉記 | 永井荷風 | 30分以内 | |
何事にも倦果てたりしわが身の、なほ折節にいささかの興を催すことあるは、町中の寺を過る折からふと思出でて、その庭に入り、古墳の苔を掃つて、見ざりし世の人を憶ふ時なり。 | |||
| 「プラーゲ旋風」の話 | 山下博章 | 30分以内 | |
神風の日本にも、今は「プラーゲ旋風」とやらが吹きまくる――と云っても、楽壇人を除いては「プラーゲ旋風」とは何か御存じのない向も多かろう。 | |||
| 其中日記 | 種田山頭火 | 30分以内 | |
一月一日 曇――雨。 | |||
| 八月の霧島 | 吉田絃二郎 | 30分以内 | |
夜の汽車から浪に映る宮島の燭を見ようと思つてゐたが、旅の疲れですつかり眠つてしまつて、眼がさめたころは夜はすでに明けてゐた。 | |||
| 「日本民族」とは何ぞや | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
本誌の創刊に際して、余輩の常に使用するに慣れたる「日本民族」なる語が、本来何を意味するか、「日本民族」とは本来いかなるものなるかを説明して、あらかじめ読者諸賢の理会を請うは、余輩が本誌を利用してその研究を進める上に、最も必要なる事と信ずる。 | |||
| 「ケット」と「マット」 | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
一 緒言 僻陬の地に先住民族がながく取り遺されるという事は、今さら事新しく言うまでもないところで、現に台湾東部の山地には、近くその実際を見るのである。 | |||
| 奥羽地方のシシ踊りと鹿供養 | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
一 緒言 奥羽地方には各地にシシ踊りと呼ばるる一種の民間舞踊がある。 | |||
| 火葬と大蔵 | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
一 火葬の初めという事 続日本紀に、文武天皇四年飛鳥元興寺の僧道照和尚遷化してその屍を焼いたのが、我が国火葬の初めだとある。 | |||
| 炭焼長者譚 | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
一 緒言 東京朝日新聞の初刷に客員柳田國男君の炭焼長者譚という面白い読物の第一回が出ていた。 | |||
| 手長と足長 | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
三才図会に長脚国・長臂国がある。 | |||
| 道鏡皇胤論について | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
一 序言 野人かつて「道鏡皇胤論」一編を京大史学会の雑誌史林の誌上で発表した事があった。 | |||
| 人身御供と人柱 | 喜田貞吉 | 30分以内 | |
宮城二重櫓の下から白骨や古銭が出たので、やれ人柱だの、墓地であったのだろうだの、工事の際の傷死人を埋めたのであろうだのと、いろいろの説がある様だ。 | |||
| 垂水 | 神西清 | 30分以内 | |
二十年ほども昔のこと、垂水の山寄りの、一めんの松林に蔽はれた谷あひを占める五泉家の別荘が、幾年このかた絶えて見せなかつた静かなさざめきを立ててゐた。 | |||
| 私有農場から共産農団へ | 有島武郎 | 30分以内 | |
A 北海道農場開放に就ての御意見を伺ひたいのですが。 | |||
| 『偶像再興』序言 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
一 偶像破壊が生活の進展に欠くべからざるものであることは今さら繰り返すまでもない。 | |||
| 『劉生画集及芸術観』について | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
自分は現代の画家中に岸田君ほど明らかな「成長」を示している人を知らない。 | |||
| 院展遠望 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
遠望であるから細かいところは見えないものと承知していただきたい。 | |||
| 院展日本画所感 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
歌舞伎芝居や日本音曲は、徳川時代に完成せられたものからほとんど一歩も出られない。 | |||
| 巨椋池の蓮 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
蓮の花は日本人に最も親しい花の一つで、その大きい花びらの美しい彎曲線や、ほのぼのとした清らかな色や、その葉のすがすがしい匂いや肌ざわりなどを、きわめて身近に感じなかった人は、われわれの間にはまずなかろうと思う。 | |||
| すべての芽を培え | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
青春を通り越したというのでしきりに残り惜しく感じている人があるようですが、私はまだその残り惜しさをしみじみ感ずるほどな余裕をもっていません。 | |||
| 世界の変革と芸術 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
一 講和近づけりという噂がある。 | |||
| 転向 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
一 過去の生活が突然新しい意義を帯びて力強く現在の生活を動かし初めることがある。 | |||
| 文楽座の人形芝居 | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
日本文化協会の催しで文楽座の人形使いの名人吉田文五郎、桐竹紋十郎諸氏を招いて人形芝居についての講演、実演などがあった。 | |||
| 麦積山塑像の示唆するもの | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
麦積山の調査が行なわれたのは四年ほど前で、その報告も、すぐその翌年に出たのだそうであるが、わたくしはついに気づかずにいた。 | |||
| エレオノラ・デュウゼ | 和辻哲郎 | 30分以内 | |
ロシアの都へ行く旅人は、国境を通る時に旅行券と行李とを厳密に調べられる。 | |||
| 剣のうた | フィオナ・マクラウド | 30分以内 | |
ロックリンの海賊どもがヘブリッド島の鴉に餌じきを与えた時から三年目の、しろき六月とよばれる月に、夏の航海者たちは又もスカイの海峡を下って来た。 | |||
| 「王の玄関」イエーツ戯曲 | 片山広子 | 30分以内 | |
この頃何年ぶりかでイエーツの戯曲「王の玄関」をよみ返してみた。 | |||
| 軽井沢の夏と秋 | 片山広子 | 30分以内 | |
三月二十四日にTが亡くなつた。 | |||
| 他計甚麽(竹島)雑誌 | 松浦武四郎 | 30分以内 | |
[#改ページ] [#改ページ] 凡例 一 地理の肝要なる事、不肖今贅するに及ばず、皆しる處にして、頃年其事に識者心を盡さるゝ所の堅こうにし而龍動の繁昌、巴里斯の美麗人々皆しらざる者なし。 | |||
| 新らしき祖先 | 相馬泰三 | 30分以内 | |
一 或る年の、四月半ばの或る晴れた日、地主宇沢家の邸裏の畑地へ二十人ばかりの人足が入りこんで、お喋舌をしたり鼻唄を唄つたりして賑かに立働いてゐた。 | |||
| 野の哄笑 | 相馬泰三 | 30分以内 | |
型の如く、青竹につるした白張の提灯、紅白の造花の蓮華、紙に貼付けた菓子、雀の巣さながらの藁細工の容物に盛つた野だんご、ピカピカ磨きたてた真鍮の燭台、それから、大きな朱傘をさゝせた、着飾つた坊さん、跣の位牌持ち、柩、――生々しい赤い杉板で造つた四斗樽ほどの棺桶で、頭から白木綿で巻かれ、その上に、小さな印ばかりの天蓋が置かれてある。 | |||
| 石段上りの街 | 萩原朔太郎 | 30分以内 | |
私の郷里は前橋であるから、自然子供の時から、伊香保へは度々行つて居る。 | |||
| よもやまの話 | 中原中也 | 30分以内 | |
ジイド全集ももうあと三冊で完了する。 | |||
| 水 附渡船 | 永井荷風 | 30分以内 | |
仏蘭西人ヱミル・マンユの著書都市美論の興味ある事は既にわが随筆「大窪だより」の中に述べて置いた。 | |||
| 加波山 | 服部之総 | 30分以内 | |
桜井家の媒酌としてその村に行ってからことし九年ぶりになる。 | |||
| 黒田清隆の方針 | 服部之総 | 30分以内 | |
黒田清隆の伝記があれば、だれか教えていただきたい。 | |||
| 望郷 | 服部之総 | 30分以内 | |
歴研(歴史学研究会)北海道支部に日程は一任して、上野発十月十五日、帰着二十七日ということで、生れてはじめて北海道にでかけた。 | |||
| 明治卅三年十月十五日記事 | 正岡子規 | 30分以内 | |
余が病体の衰へは一年一年とやうやうにはなはだしくこの頃は睡眠の時間と睡眠ならざる時間との区別さへ明瞭に判じ難きほどなり。 | |||
| 病牀譫語 | 正岡子規 | 30分以内 | |
(一) ◎政治家とならんか、文学者とならんか、我は文学者を択ばん。 | |||
| 伊那紀行 | 今井邦子 | 30分以内 | |
此度の信州旅行は、伊那の高遠町の名高い小彼岸櫻を見る事と、天龍峽の芽吹きの若葉を見たい爲であつたが、高遠町の方には更に永年心にかけてゐた老女繪島の遠流の事蹟をしらべたい私の念願が果されて、はからずも伊那の友人によつて、彼の地に繪島の研究者があり、その人に紹介の勞をとつてもらふ事が出來る事になつた大きな目的を持つてゐたのである。 | |||
| 誠心院の一夜 | 今井邦子 | 30分以内 | |
赤染衞門は先程から不思議なものを見た、と云ふ氣がしてならなかつた。 | |||
| 金魚 | 鈴木三重吉 | 30分以内 | |
町に金魚を賣る五月の、かうした青い長雨の頃になると、しみ/″\おふさのことが思ひ出される。 | |||
| 平民道 | 新渡戸稲造 | 30分以内 | |
渡米船上の感激 先達中本誌の余白を借りてデモクラシーに関して一言するところがあった。 | |||
| 西田先生のことども | 三木清 | 30分以内 | |
一 大正六年四月、西田幾多郎博士は、東京に来られて、哲学会の公開講演会で『種々の世界』という題で、話をされた。 | |||
| 小学教育の事 | 福沢諭吉 | 30分以内 | |
小学教育の事 一 教育とは人を教え育つるという義にして、人の子は、生れながら物事を知る者に非ず。 | |||
| 深川の唄 | 永井荷風 | 30分以内 | |
一 四谷見付から築地両国行の電車に乗った。 | |||