60分以内で読める青空文庫の中編作品

とにかく自分はひどく疲れてゐる。

はたして紙と活字の本はなくなるのか。

帯と湯道具を片手に、細紐だけの姿で大鏡に向ひ、櫛（くし）をつかつてゐると、おきよが、ちよつと、しげちやん、あとで話があるんだけど、と云つた、――あらたまつた調子も妙だが、それよりは、平常は当のおしげをはじめ雇人だけではなく、実の妹のおとしや兄の女房のおつねにまでも、笑ひ顔一つ見せずつんとしてすまし込んでゐるのに、さう云ひながら、いかにも親しさうな眼つきでのぞき込んだのが不思議であつた。

カツテ、幾人カノ外来者ガ、案内者ナクシテ、コノ密集地域ノ奥深ク迷ヒ込ミ、ソノママ行先不明トナリシ事ノアリシト聞ク――このやうに、ある大阪地誌に下手な文章で結論されてゐる釜ヶ崎は「ガード下」の通称があるやうに、恵美須町市電車庫の南、関西線のガードを起点としてゐるのであるが、さすがその表通は、紀州街道に沿つてゐて皮肉にも住吉堺あたりの物持が自動車で往き来するので、幅広く整理され、今はアスファルトさへ敷かれてゐる。

「幽霊の観世物」の話が終ると、半七老人は更にこんな話を始めた。

白い雲。

ある年の正月下旬である。

東京の下町と山の手の境い目といったような、ひどく坂や崖の多い街がある。

ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所であった。

これも例の半七老人の話である。

七月七日、梅雨あがりの暑い宵であったと記憶している。

臆病者というのは、勇気の無い奴に限るものと思っておったのは誤りであった。

引越しをするごとに、「雀（すずめ）はどうしたろう。

鳥羽伏見の戦で、讃岐高松藩は、もろくも朝敵の汚名を取ってしまった。

その越の御山永平寺にも、爽やかな初夏が来た。

人物農夫甚兵衛二十九歳甚しき跛者その弟甚吉二十五歳同甚三二十二歳同甚作二十歳甚兵衛の継母おきん五十歳前後隣人老婆およし六十歳以上庄屋茂兵衛村人勘五郎村人藤作一揆の首領甲同乙刑吏、村人、一揆、その他大勢時文政十一年十二...

――水野敬三より妻の藤子に宛てた手記――昨日、宵の内から降り出したしめやかな秋雨が、今日も硝子戸の外にけぶつてゐる。

リオの軽口師折竹孫七が、ブラジル焼酎の“Pinga（ピンガ）”というのを引っさげて、私の家へ現われたのが大晦日の午後。

鍵屋の辻直木三十五張扇から叩きだすと、「伊賀の水月、三十六番斬り」荒木又右衛門源義村（みなもとのよしむら）――琢磨兵林（たくまひょうりん）による、秀国、本当は保和、諱（なのり）だけでも一寸（ちょっと）これ位ちがっているが――三池伝太光世（みつよ）の一刀をもって「バタバタ」と旗本の附人共三十六人を斬って落すが、記録で行くとこの附人なる者がただの二人になってしまう。

懺悔は語られざる哲学である。

その空を飛ぶパラソル水蒸気を一パイに含んだ梅雨晴れの空から、白い眩（まぶ）しい太陽が、パッと照り落ちて来る朝であった。

この話の中に活躍する延寿国資と、金剛兵衛盛高の二銘刀は東京の愛剣家、杉山其日庵氏の秘蔵となって現存している。

脱獄囚の虎蔵は、深夜の街道の中央に立ち悚（すく）んだ。

埃僕の記憶の始まりは数え年の四つの時のことである。

彼は、秋になり切った空の様子をガラス窓越しに眺めていた。

○これも正しく人間生活史の中に起った実際の出来事の一つである。

前号でお別れしてから横断旅行の一隊は、炎天に照り付けられ、豪雨に洗われて、その行を続けた。

むらむらと四辺を包んだ。

「小使、小ウ使。

○演技指導という言葉はわずかにこの仕事の一面を表出したにすぎない。

君は僕を誤解している。

それは、目下売出しの青年探偵、帆村荘六にとって、諦めようとしても、どうにも諦められない彼一生の大醜態だった。

僕はこれから先ず、友人柿丘秋郎が企てた世にも奇怪きわまる実験について述べようと思う。

黄風島にて今夜こそ、かねて計画していたとおり、僕はこの恐ろしい精神病院を脱走しようと決心した。

赤沢博士の経営する空気工場は海抜一千三百メートルの高原にある右足湖畔に建っていた。

出来ることなら、綺麗に抹殺してしまいたい僕の人生だ。

作者は、此（こ）の一篇を公にするのに、幾分の躊躇（ちゅうちょ）を感じないわけには行かないのだ。

銀座裏の酒場、サロン船を出たときには、二人とも、ひどく酩酊（めいてい）していた。

それじゃ今日は例の話をいよいよすることにしますかな。

井神陽吉は風呂が好きだった。

なにか読者諸君が吃驚するような新しいラジオの話をしろと仰有るのですか？そいつは弱ったな、此の頃はトント素晴らしい受信機の発明もないのでネ。

ぽっかり、眼が醒めた。

浅草寺の十二時の鐘の音を聞いたのはもう半時前の事、春の夜は闌（た）けて甘く悩しく睡っていた。

冒頭に一応断っておくがね、この話では、登場人物が次から次へとジャンジャン死ぬることになっている――というよりも「殺戮される」ことになっているといった方がいいかも知れない。

近頃での一番さむい夜だった。

「一体どうしたというんだろう。

真夜中に、第九工場の大鉄骨が、キーッと声を立てて泣く――という噂が、チラリと、わしの耳に、入った。

前夜の調べ物の疲れで、もう少し寝ていたいところを起された私立探偵局の帆村荘六だった。

銀座の舗道から、足を踏みはずしてタッタ百メートルばかり行くと、そこに吃驚するほどの見窄らしい門があった。

「おや、ここに寝ていた患者さんは？」と林檎のように血色のいい看護婦が叫んだ。