60分以内で読める青空文庫の中編作品

Ｓ君は語る。

文政四年の四月は相州江の島弁財天の開帳で、島は勿論、藤沢から片瀬にかよう路々もおびただしい繁昌を見せていた。

Ｓ未亡人は語る。

人びとの話が代るがわるにここまで進んで来た時に、玄関の書生が「速達でございます。

Ｉ君は語る。

六月末の新聞にこんな記事が発見された。

Ｍ君は語る。

法律以外の世界において一般に不合理なりとみなされている事柄がひとたび法律世界の価値判断にあうや否やたちまちに合理化されるという事実はわれわれ法律学者のしばしば認識するところである。

旧藩情緒言一、人の世を渡るはなお舟に乗て海を渡るがごとし。

オツネはメクラのアンマだ。

五月二十日の晩の八時のこと、Ｎ予備砲兵旅団の六個中隊が全部、野営地へ赴く途中で、メステーチキという村に一泊すべく停止した。

星のキラキラとした夜更けのことで、大通りの睡り耽つたプラタナの陰には最早すつかり濡れてしまつた街燈が、硝子の箱にタラタラと綺麗な滴を流してゐたが、――シルクハットを阿弥陀に被り僕の腕に縋り乍らフラフラと千鳥足で泳いでゐた霓博士は、突然物凄い顔をして僕を邪慳に突き飛ばした。

凡そ世に同じ人間は有り得ないゆえ、平凡な人間でもその種差に観点を置いて眺める時は、往々、自分は異常な人格を具へた麒麟児であると思ひ込んだりするものである。

冬の明方のことだつた。

蒲原氏は四十七歳になつてゐた。

「死花」といふ言葉がある。

京都に住もうと思つたのは、京都といふ町に特に意味があるためではなかつた。

食堂の二階には僕の外にノンビリさんと称ばれる失業中の洋服職人が泊つてをり、心臓と脚気が悪くて年中額に脂汗を浮かべ、下宿料の催促を受けて「自殺したうなつた」かう呟きながら階段を降りたり上つたりしてゐたが、食堂の娘の家出に就て、女学校の四年生に弁当の配達をさせるのがいけないのだ、と非常にアッサリ断定した。

小田原陣天正十八年真夏のひざかりであつた。

この元日に飛行機にのった。

海を見たことがないという山奥の子供でも汽車や自動車は見なれているという文化交通時代であるが、紀伊半島を一周する汽車線はいまだに完成していない。

この正月元旦に大島上空を飛行機で通過したとき（高度は三千メートルぐらいだったらしい）内輪山の斜面を熔岩が二本半、黒い飴ン棒のように垂れていただけであった。

急行列車が駅にとまると、二人か三人の私服刑事らしき人物が車内の人物の面相を読みつつ窓の外を通りすぎる。

宝塚少女歌劇というものは、現代の神話的存在の一ツである。

私は犬が好きだ。

人形をだく婦人の話高木貴与子（卅四歳）女礼チャン（六ツ）の事でございますか、動機と申しましても、さあ他人はよく最愛の子供を亡くしたとか、失恋して愛情の倚（よ）りどころを人形に托したと御想像になりますが、これといって特別な訳があるのではございません。

不見転観相学桜井大路この写真（次頁の）から観た処では、額、眉、耳と何れにも非常に強く反家庭的な相が感じられる。

ふと校庭を眺めると、例の学生がまた走っていた。

その山奥の村に殺人事件があった。

アナタハン島の悲劇はむろん戦争がなければ起らなかった。

消えた男「ここの女主人は何者だろうな」この家の前を通る時、波川巡査は習慣的にふとそう思う。

もう長い間の旅である――と、またもふと彼女は思う、四十年の過去をふり返って見ると茫として眼がかすむ。

場所美濃、三河の国境。

只今後藤さんから御紹介を得まして、頗る過當な御評價でくすぐつたい思ひを致しました。

それは、華やかな日がさして、瞞（だま）されたような暖かい日だった。

人間は悲しい。

大正八年一月五日の黄昏時に私は郊外の家から牛込の奥へと来た。

大正六年三月九日朝の都下の新聞紙は筆を揃（そろ）えて、芳川鎌子事件と呼ばれたことの真相を、いち早く報道し、精細をきわめた記事が各新聞の社会面を埋めつくした。

ものの真相はなかなか小さな虫の生活でさえ究められるものではない。

黒いモロッコ皮の表紙をつけた一冊の手帳が薄命なようすで机の上に載っている。

享保十八年、九月十三日の朝、四谷塩町のはずれに小さな道場をもって、義世流の剣道を指南している鈴木伝内が、奥の小座敷で茶を飲みながら、築庭の秋草を見ているところへ、伜（せがれ）の主水が入ってきて、さり気ないようすで庭をながめだした。

安部忠良の家は十五銀行の破産でやられ、母堂と二人で、四谷谷町の陽あたりの悪い二間きりのボロ借家に逼塞していた。

四月七日だというのに雪が降った。

北川千代は栃木刑務所で服役中の受刑者で、公訴の罪名は傷害致死、刑期は六年、二十八年の三月に確定し、小菅の東京拘置所から栃木刑務所に移され、その年の七月に所内で女児を分娩した。

宮ノ下のホテルを出たときは薄月が出ていたが、秋の箱根の天気癖で、五分もたたないうちに霧がかかってきた。

京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた。

深尾好三はゆたかに陽のさしこむ広縁の籐椅子の中で背を立てた。

全十二巻の厖大な艶笑自叙伝「回想録」M※moires を書くことに生涯を費した色情的好事家ジォウァンニ・ヤコポ・カサノヴァと霊媒術をもってルイ十六世の宮廷で華々しい成功をし、「マリイ・アントアネットの首飾事件」に連坐してバスチーユに繋がれ、後、ローマで獄死した天才詐欺師バルサモ・ディオ・カリオストロ伯爵とルイ・シャルル・ド・カストリ侯爵の三人をある小史作者は十八世紀末から十九世紀中頃までの三大変種といっている。

そのころセント・ヘレナという島にはなにか恐しい悪気があって、二年目にはかならず死んでしまうといわれていた。

一九二八年（昭和三）の十二月二十九日、三発のフォッカー機で、西経百五十度の線を南極の極点に向って飛んでいるとき、南緯八十度附近の大氷原の上で、見せかけの花むらのような世にも鮮かな焔色したものがバード大佐の視覚をかすめた。