青空文庫の全作品
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 5分以内 | |
大正元年の秋海外の旅に出しより余の永井荷風先生に見えざる事既に久しく、昨年十月歸朝以來常にお目にかかり度くおもひながら、機を得ずして遂に今日に及びたりしが、この度「文明一周年の辭」を讀みて更に痛切に余の先生に見えざる事久しきをおもへり。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 5分以内 | |
「幻の繪馬」讀後の感想是非とも申述度存居候ひし處、先頃來健康勝れず臥床勝にて到底期日迄に書上げ候事覺束なく被存候まゝ、乍殘念今囘は御斷り申上候。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 5分以内 | |
政治家、實業家、役人、軍人、教育家、いろいろちがつた職業に從事してゐる第一流と呼ばれる人間に逢つても、頭の下る人は皆無に候處、兎角はきちがへた人間の多い小説の作家の中に、永井先生をみる事は欣喜至極に御座候。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
岡田夫人から「八千代集」を頂いた。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
人をつかまへて親切めかして忠告するのは、人をつかまへて無責任に罵倒するのと同じ位いい氣持なものである。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
自分の第二小説集「その春の頃」は、大正元年の秋自分が渡米した後で、第一集「處女作」に續いて突然出版の運びになつた。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 5分以内 | |
此の集收むるところの作品の過半は今日までに發表したる余の作品中最も厭ふべく忌むべきものと自おもへるところのものにしていづれは昨日の事の悔まれぬはなきが中にもかゝる作品を出せし事は就中余の不快とするところなり。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 5分以内 | |
大正元年の秋北米合衆國に渡り同三年の初夏の頃迄東部マサチュセツ州ケムブリツヂの學校町の下宿の二階に一年あまりを送つた間に書いたものを集めて一册とした。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
吾々の時代の多過ぎる程多數の作家の中で、古典として尊重せらるべき作品を後世に殘す人が幾人あるかを想ふ度に、自分は自分自身をも含ませてなさけ無い心持になるのを禁じる事が出來無い。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
たださへ夏は氣短になり勝なのに全身麻醉をかけられて、外科手術をした後の不愉快な心持は、病院を出てから一週間にもなるのに、未だに執念深く殘つて居る。 | |||
| 道成寺(一幕劇) | 郡虎彦 | 60分以内 | |
人物 道成寺和尚 妙念 僧徒 妙信 僧徒 妙源 僧徒 妙海 誤ち求めて山に入りたる若僧 女鋳鐘師 依志子 三つの相に分ち顕われたる鬼女 清姫 今は昔、紀ノ国日高郡に道成寺と名づくる山寺ありしと伝うれど、およそ幾許の年日を距つるのころなるや知らず、情景はそのほとり不知の周域にもとむ。 | |||
| 海陸風と夕なぎ | 寺田寅彦 | 5分以内 | |
昼間陸地の表面に近い気層が日照のためにあたためられて膨張すると、地上一定の高さにおいては、従来のその高さ以下にあった空気がその水準の上側にはみ出して来るから、従ってそこの気圧が高くなる。 | |||
| 神田を散歩して | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
あるきわめて蒸し暑い日の夕方であった。 | |||
| 異国さかな雑談 | 浜田青陵 | 10分以内 | |
× 私は衣食住ともに無頓着の方で、殊に食べ物に就いてはデリケートの味感がないと見え、たゞ世間普通の意味での甘い物を食べさせられてさへ居ればよいのであつて、マヅイものを食はされても餘り文句は言はない方である。 | |||
| 温泉雑記 | 浜田青陵 | 10分以内 | |
一 希臘テルモピレーの温泉 「旅人よ、ラコニヤ人に告げよ。我等は其の命に從ひて此處に眠れりと」これはスパルタ國王レオニダスが紀元前四八〇年、寡兵を以てマケドニヤの強敵と戰ひ、テルモピレーの險に其の屍を埋めた戰場に立てられた記念の碑銘であつたことは、苟も希臘史を學んだものは記憶するであらう。 | |||
| シュリーマン夫人を憶ふ | 浜田青陵 | 10分以内 | |
一 トロイ、チリンス、ミケーネの發掘者、エーゲ文明復活の先驅、ハインリヒ・シュリーマン博士の歿後四十年、此の永久に記憶せらる可き考古學者の未亡人として、またアゼンスの交際社會の女王として「イリウー・メラトロン」の大主婦として、活躍せられてゐたソフイヤ夫人の訃が忽然として昨年十月二十七日を以て世界に傳へられたのは、我々をして洵に一入淋しさを感ぜしめる。 | |||
| 考古学教室の思ひ出話 | 浜田青陵 | 10分以内 | |
明治四十二年史學科の組織が略ぼ出來上つた次の年の九月に、私は講師として始めて本學へやつて來たのでありますから、創立の際に關する事は一向私には分りませんので、たゞ考古學教室に關することだけに就いて少しく申上げることに致します。 | |||
| 石鏃の思出話 | 浜田青陵 | 10分以内 | |
一 日本に於ける石器時代の遺物に關する、最も古い文獻上の所見が『續日本後記』に出てゐる仁明天皇の承和六年、出羽國田川郡海岸に現はれた石鏃の記事、次いでは『三代實録』や『文徳實録』にある石鏃である樣に、私自身の石器に關する一番昔しの思出もやはり石鏃である。 | |||
| 埃及雑記 | 浜田青陵 | 30分以内 | |
一 埃及の入口ポートセイドの騷々しい港に船を降りて、一望百里鹽澤の外、何者も眼の前に見えない茫漠たる景色に接した私と倉田君とは、何處にナイルの恩惠たる黒土の埃及が横つてゐるかを疑つたのである。 | |||
| 『伝説の時代』序 | 夏目漱石 | 10分以内 | |
私はあなたが家事の暇を偸んで『傳説の時代』をとう/\仕舞迄譯し上げた忍耐と努力に少からず感服して居ります。 | |||
| 接吻 | 斎藤茂吉 | 30分以内 | |
一 維也納の G※rtel 街は、ドナウ運河の近くの、フランツ・ヨゼフ停車場の傍から起つて、南方に向つて帯のやうに通つてゐる大街である。 | |||
| 貝殻追放 | 水上滝太郎 | 30分以内 | |
或日曜の朝の事であつた。 | |||
| 家庭の人へ | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
風呂の寒暖計 今からもう二十余年も昔の話であるが、ドイツに留学していたとき、あちらの婦人の日常生活に関係した理化学的知識が一般に日本の婦人よりも進んでいるということに気のついた事がしばしばあった。 | |||
| 五月の唯物観 | 寺田寅彦 | 30分以内 | |
西洋では五月に林檎やリラの花が咲き乱れて一年中でいちばん美しい自然の姿が見られる地方が多いようである。 | |||
| 猿の顔 | 寺田寅彦 | 5分以内 | |
映画「マルガ」で猿の親子連れの現われる場面がある。 | |||
| 小さな出来事 | 寺田寅彦 | 60分以内 | |
一 蜂 私の宅の庭は、わりに背の高い四つ目垣で、東西の二つの部分に仕切られている。 | |||
| 鉛をかじる虫 | 寺田寅彦 | 10分以内 | |
近頃鉄道大臣官房研究所を見学する機会を得て、始めてこの大きなインスチチュートの内部の様子をかなり詳しく知ることが出来た。 | |||
| 蜂が団子をこしらえる話 | 寺田寅彦 | 10分以内 | |
私の宅の庭の植物は毎年色々な害虫のためにむごたらしく虐待される。 | |||
| 夜寒十句 | 正岡子規 | 5分以内 | |
虚子を猿楽町に訪ひて夜に入りて帰途に就く。 | |||
| 小園の記 | 正岡子規 | 10分以内 | |
我に二十坪の小園あり。 | |||
| すゞし | 正岡子規 | 5分以内 | |
「すゞし」といふ語は「すが/\し」のつゞまりたるにやと覚ゆれど、意義稍変りておもに気候に関して用うる事となり、「涼」の字をあてはむるやうにはなりぬ。 | |||
| 夏の夜の音 | 正岡子規 | 5分以内 | |
時は明治卅二年七月十二日夜、処は上根岸の某邸の構内の最も奥の家、八畳の間の真中に病の牀を設けて南側の障子明け放せば上野おろしは闇の庭を吹いて枕辺の灯火を揺かす。 | |||
| ラムプの影 | 正岡子規 | 10分以内 | |
病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。 | |||
| 水郷 | 三島霜川 | 30分以内 | |
水の郷と謂はれた位の土地であるから、實に川の多い村であツた。 | |||
| 科学的精神とは何か | 戸坂潤 | 30分以内 | |
初めに引用というものに就いて述べる必要があると思う。 | |||
| 最近日本の科学論 | 戸坂潤 | 30分以内 | |
ひとり日本に限るわけではないが、特に現在の日本に於ては、含蓄ある意味での科学論が、多少とも進歩に関心を持つ社会人の溌剌たる興味の対象になっている点を、私は注目したい。 | |||
| 再び科学的精神について | 戸坂潤 | 30分以内 | |
私はまえに「科学的精神とは何か」という文章を書いた。 | |||
| 現代科学教育論 | 戸坂潤 | 30分以内 | |
科学教育という名でさし当り考えられるものに二つの場合がある。 | |||
| ひと吾を公式主義者と呼ぶ | 戸坂潤 | 30分以内 | |
東大数学科の教授である竹内端三博士は私にとって一種の恩師である。 | |||
| 技術的精神とは何か | 戸坂潤 | 30分以内 | |
技術的精神は近代文化の根本精神であると私は考えている。 | |||
| 科学と科学の観念 | 戸坂潤 | 30分以内 | |
現在の時局は、文化の観点から云えば勿論のこと、文化以外の観点である軍事や生産技術の観点から云っても、科学の時代である。 | |||
| 技術と科学との概念 | 戸坂潤 | 10分以内 | |
要点だけをごく手短かに叙べねばならぬ。 | |||
| 生産を目標とする科学 | 戸坂潤 | 10分以内 | |
科学(特に自然科学)と技術(第一に物的生産技術)との関係は、今日ではすでに陳腐な問題のように響く。 | |||
| 技術へ行く問題 | 戸坂潤 | 10分以内 | |
一 何が目標か 初めに私は、少し大胆かも知れない独断をやって除けたいと思う。 | |||
| 置土産 | 国木田独歩 | 30分以内 | |
餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何はなくとも地酒一杯飲めるようにせしはツイ近ごろの事なりと。 | |||
| おとずれ | 国木田独歩 | 60分以内 | |
※上※ 五月二日付の一通、同十日付一通、同二十五日付の一通、以上三通にてわれすでに厭き足りぬと思いたもうや。 | |||
| 河霧 | 国木田独歩 | 30分以内 | |
上田豊吉がその故郷を出たのは今よりおおよそ二十年ばかり前のことであった。 | |||
| 郊外 | 国木田独歩 | 30分以内 | |
※一※ 時田先生、名は立派なれど村立小学校の教員である、それも四角な顔の、太い眉の、大きい口の、骨格のたくましい、背の低い、言うまでもなく若い女などにはあまり好かれない方の男。 | |||
| 初孫 | 国木田独歩 | 10分以内 | |
この度は貞夫に結構なる御品御贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父様のお手には荷が少々勝ち過ぎるように相成り候、さればこのごろはただお膝の上にはい上がりてだだをこねおり候、この分にては小生が小供の時きき候と同じ昔噺を貞坊が聞き候ことも遠かるまじと思われ候、これを思えば悲しい | |||
| 星 | 国木田独歩 | 10分以内 | |
都に程近き田舎に年わかき詩人住みけり。 | |||