1時間〜で読める青空文庫の長編作品

第地下の世界この手記の筆者も『手記』そのものもむろん、架空のものである。

暗黒街の女王この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。

幸子は去年黄疸を患ってから、ときどき白眼の色を気にして鏡を覗（のぞ）き込む癖がついたが、あれから一年目で、今年も庭の平戸の花が盛りの時期を通り越して、よごれて来る季節になっていた。

岡村君は私の少年時代からの友人でした。

この話は大正十二年の暮から昭和三年の春までの四年あまりにわたって、私が先生の下で学生または助手として働いている間に、実験室や御宅の応接間で折にふれて先生から聞いた話を思出すごとに書き留めておいたものを整理したものである。

夢が熱を運んだか、熱が夢を生んだのか、ウォルター・ギルマンには判らなかった。

日本史に女性時代ともいうべき一時期があった。

［＃ページの左右中央］斑鳩宮［＃改ページ］飛鳥の祈り推古天皇の御代、上宮太子が摂政として世を治めておられた飛鳥の頃は、私にとって最も懐しい歴史の思い出である。

（一）厳寒殺人事件「もしもし、そうです。

序――この本のなりたち社会思想研究会出版部のすすめによって、私の随筆の中から、探偵小説のトリックを解説したものを集めてみた。

発表者の附記二月ばかり前の事であるが、Ｎ某という中年の失業者が、手紙と電話と来訪との、執念深い攻撃の結果、とうとう私の書斎に上り込んで、二冊の部厚な記録を、私に売りつけてしまった。

生腕探偵小説家の殿村昌一は、その夏、郷里長野県のＳ村へ帰省していた。

死骸盗賊一台の金ピカ葬儀自動車が、どこへという当てもないらしく、東京市中を、グルグルと走り廻っていた。

十二月にはいってまもない或る日の午後八時過ぎ、――新出去定は保本登と話しながら、伝通院のゆるい坂道を、養生所のほうへと歩いていた。

国許の人間は頑固でねじけている。

梅雨にはいる少しまえ、保本登は自分から医員用の上衣を着るようになった。

「またよけえなことをする、よしと呉れよ、そんなところでどうするのさ、そんなとこ男がいじるもんじゃないよ、だめだったら聞えないのかね、あたしがせっかく片づけたのにめちゃくちゃになっちまうじゃないか、よしと呉れよ、よけえなことしないで呉れってんだよ」その長屋の朝は、こういう叫び声で始まる。

一の典木泰助が来たときは誰もさほど気にしなかった。

はじめに浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。

もういちど悲鳴のような声をあげて、それから女の喚きだすのが聞えた。

「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない、本当にすまないと思ってるんだ」半三郎はこう云って頭を垂れた。

菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生れた。

節子が戸田英之助と内祝言の盃（さかずき）をとり交したのは、四月中旬の雨の降る日であった。

志保は庭へおりて菊を剪（き）っていた。

その藩に伝わっている「杏花亭筆記」という書物には、土井悠二郎についてあらまし次のように記している。

一の小雨が靄（もや）のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。

序章天保五年正月二日に、本所の亀戸天神に近い白河端というところで、中村仏庵という奇人が病死した。

風雪の中嘉永五年五月はじめの或る日、駿河のくに富士郡大宮村にある浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向っていった。

第一席天一坊は大逆犯人のこと並びに諸説巷間を賑わすこと徳川八代将軍吉宗の時代に、天一坊事件という騒動があった。

彼に対する一族の評祖父の（故）小出鈍翁は云った。

朝田隼人が江戸から帰るとすぐに、小池帯刀が訪ねて来た。

一の城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。

茂次は川越へ出仕事にいっていたので、その火事のことを知ったのは翌日の夕方であった。

一の「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ、お客さんはどうしたの」「いま菊ちゃんが出てるわ、こうなっちゃだめよかあさん、このひとにはお侍はいけないって、あたしそ云ってあるじゃないの」「お侍ばかりじゃないじゃないか、お客ってお客を振るんじゃないか、それあ今のうちはいいさ、稼ぐことは稼いで呉れるんだから、こっちはまあいいけどさ、こんなこっちゃおまえ、いまにお客が黙っちゃいないよ、さんざっぱらおまわりだのちんちんだの好きなようにひきまわしておいてさ、いざとな...

吉良の話しがあまりに突然であり、あまりに思いがけなかったので、紀平高雄にはそれがすぐには実感としてうけとれなかった。

折岩半之助が江戸から着任した。

みぞれの街道場からあがり、汗みずくの稽古着をぬいでいると、秋田平八が来て「おめでとう」と云った。

変事九月中旬のある晴れた日の午後。

江戸の上邸へ着任した秋成又四郎は、その当座かなり迷惑なおもいをさせられた。

双子六兵衛は臆病者といわれていた。

「ただいやだなんて、そんな子供のようなことを云ってどうなさるの、あなた来年はもう二十一になるのでしょう」「幾つでもようございますわ、いやなものはいやなんですもの」こう云って文代はすました顔で菓子を摘んだ。

前篇青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。

一の功刀伊兵衛がはいって行ったとき、そこではもう講演が始っていた。

――仲井天青が死んだのを知ってるかい。

柿崎道場新八の顔は血のけを失って蒼白く、汗止めをした額からこめかみへかけて膏汗がながれていた。

意地の座甲斐が「席次争い」の騒ぎを知ったのは、矢崎舎人の裁きがあって、十日ほど経ったのちのことであった。

川の音七月中旬の午後、――ひどく暑い日で、風もなく、白く乾いた奥州街道を、西にかたむいた陽が、じりじりと照らしていた。

序の章万治三年七月十八日。

街へゆく電車その「街」へゆくのに一本の市電があった。

俗に「伊豆さま裏」と呼ばれるその一帯の土地は、松平伊豆守の広い中屋敷と、寛永寺の塔頭に挾（はさ）まれて、ほぼ南北に長く延びていた。