青空文庫の全作品

加賀の国黒壁は、金沢市の郊外一里程の処にあり、魔境を以て国中に鳴る。

「ここだ、この音なんだよ。

「そんな事があるものですか。

「ちらちらちらちら雪の降る中へ、松明がぱっと燃えながら二本――誰も言うことでございますが、他にいたし方もありませんや。

如月のはじめから三月の末へかけて、まだしっとりと春雨にならぬ間を、毎日のように風が続いた。

雪の夜路の、人影もない真白な中を、矢来の奥の男世帯へ出先から帰った目に、狭い二階の六畳敷、机の傍なる置炬燵に、肩まで入って待っていたのが、するりと起直った、逢いに来た婦の一重々々、燃立つような長襦袢ばかりだった姿は、思い懸けずもまた類なく美しいものであった。

片側は空も曇って、今にも一村雨来そうに見える、日中も薄暗い森続きに、畝り畝り遥々（はるばる）と黒い柵を繞（めぐ）らした火薬庫の裏通、寂しい処をとぼとぼと一人通る。

「杢（もく）さん、これ、何？……」と小児が訊（き）くと、真赤な鼻の頭を撫（な）でて、「綺麗な衣服だよう。

「今のは、」初阪ものの赤毛布、という処を、十月の半ば過ぎ、小春凪で、ちと逆上せるほどな暖かさに、下着さえ襲ねて重し、野暮な縞（しま）も隠されず、頬被りがわりの鳥打帽で、朝から見物に出掛けた……この初阪とは、伝え聞く、富士、浅間、大山、筑波、はじめて、出立つを初山と称うるに傚（なら）って、大阪の地へ初見参という意味である。

「やあ、やまかがしや蝮（まむし）が居るぞう、あっけえやつだ、気をつけさっせえ。

白鷺明神の祠（ほこら）へ――一緑の森をその峰に仰いで、小県銑吉がいざ詣でようとすると、案内に立ちそうな村の爺さんが少なからず難色を顕わした。

ただ仰向けに倒れなかったばかりだったそうである、松村信也氏――こう真面目に名のったのでは、この話の模様だと、御当人少々極りが悪いかも知れない。

あれあれ見たか、あれ見たか。

襖（ふすま）を開けて、旅館の女中が、「旦那、」と上調子の尻上りに云（い）って、坐（すわ）りもやらず莞爾（にっこり）と笑いかける。

この論文を讀む人は、更に大正十四年十二月發行の『白鳥博士還暦記念東洋史論叢』中に收めた拙稿「歴史上より觀たる南北支那」を參照ありたい。

この論文を讀む人は、拙稿「紙の歴史」「カーター氏著『支那に於ける印刷の起源』」［＃底本にはここに「（いづれも本全集第二卷所收）」とある］及び拙著『蒲壽庚の事蹟』（本全集［＃「桑原隲蔵全集」］第五卷所收）に載せた、支那に於ける羅針盤の使用に關する記事を參照ありたい。

この論文を讀む人は、更に大正十四年十二月發行の『白鳥博士還暦記念東洋史論叢』中に收めた拙稿「歴史上より觀たる南北支那」（本全集［＃「桑原隲蔵全集」］第二卷所收）を參照ありたい。

世界はそれぞれの時代にそれぞれの課題を有し、その解決を求めて、時代から時代へと動いて行く。

今日普通映画と呼ばれているものは、大体映画芸術のことである。

娯楽論――民衆と娯楽・その積極性と社会性・――戸坂潤娯楽というものの価値が正当に評価されていない、娯楽が有つ深長な意義にもっと注意を払わなければいけない、娯楽の理論的な考察をもっと真剣に試みる必要がある、とそう私は主張したいのである。

お種は赤い襷をかけ白地の手拭を姉様冠りにして洗濯をしていた。

暖かな春の夜で、濃い月の光が霞のかかったように四辺の風物を照らしていた。

本話寒い風に黄ばんだ木の葉がばらばらと散っていた。

高知県高岡郡の奥の越知と云う山村に、樽の滝と云う数十丈の大瀑がある。

常陸と下総との間を流れた大利根の流れは、犬吠崎の傍で海に入っている。

お作の家には不思議なことばかりがあった。

土佐の国の東端、阿波の国境に近い処に野根山と云う大きな山があって、昔は土佐から阿波に往く街道になっていた。

土佐の海岸にあった私の村には、もうその比洋行するような人もあって、自由主義の文化はあったが未だ日清戦役前の半農半漁の海村のことであるから、村の人の多くの心を支配したものは原始的な迷信であった。

なむあみだぶ、なむあみだぶ、こんなことを口にするのは、罪深い業でございますが、門跡様の御下向に就いて思い出しましたから、ちょっと申します。

寛文十年と云えば切支丹で世間が騒いでいる時である。

「禰宜様宮田」が、いつか単行本になる時があったら、是非云い添えたいと思っていたことを書きます。

（一）今、奈良から帰ったばかりなので、印象の新らしい故か、第一番に此処が頭に浮びました。

アイヌの部落も内地人の影響を受けて、純粋のアイヌの風俗はなくなって行きますが、日高国の平取あたりに行ってみると、純粋のアイヌの気分を味う事が出来ます。

人類が、生命の本然によりて掛ける祈願の前に、私共は謙譲であり、愛に満ちてありたい。

今日は心持の好い日だ。

○或る芝生に、美くしく彩色をした太鼓が一つ転っていた。

私がアメリカに居りました時間は、ほんの短い一ヵ年と少し位の間でしたので、見聞といっても少のうございますの。

私がアメリカにおりましたのは僅か一年半ばかしのことで、別にたいした感想もありません。

丘をはさんで点綴するくさぶき屋の低い軒端から、森かげや小川の岸に小さく長閑に立っている百姓小舎のくすぶった破風から晴れた星空に立ちのぼってゆく蚊やりの煙はいかにも遠い昔の大和民族の生活を偲ばせるようで床しいものです。

生活の外側は、元の通り至って平穏無事である。

御二方には未だ御目に掛った事もございませんが、お催しとしては結構で御座いましょう、只丁度五十歳前後の父を持って居ります自分には、何だか「もうお祝い？」というような心持が致します。

「戦争と平和」のナタアシャ。

日常生活の形式等は、出来る丈単純にしているので、今私の心に在るものは、改良したいというより、寧ろ進展したい心持でございます。

第一、相手の性行を単時間に、而して何等かの先入的憧憬又は羞恥を持った人が、平生に観察し得るだけの素養と直覚とを持ているか如何か、ということが大きな根本的な問題と存じます。

心中の道行で、あっと云わせたい心持が、毎も毎も定った物許りで詰らない、一つ此でも遣って見よう、と云う場合と、其物語に共鳴し人生に非常に価値ある事件として、見る者を驚歎させようと思った場合とは、心の態度に於て、大きな差があると思います。

最近、昆虫学の泰斗として名声のあった某理学博士が、突然に逝去された報道は、自分に、暫くは呆然とする程の驚きと共に、深い深い二三の反省ともいうべきものを与えました。

レーク・Ｇへ行く前友達と二人で買った洋傘をさし、銀鼠の透綾の着物を着、私はＡと二人で、谷中から、日暮里、西尾町から、西ケ原の方まで歩き廻った。

久し振りで女優劇を観る。

所謂出入商人の、種々な間違いや「つけがけ」をふせぐために、出来るだけ現金払いにしているので、生憎、はっきりした数字的の事実はあげられません。

十一月の中旬に、学友会の雑誌が出る。