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60分以内で読める青空文庫の中編作品

青空文庫で公開されているすべての著者の作品の中で、おおよその読了目安時間が「60分以内」の中編作品を、おすすめ人気順で表示しています。

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作品名著者読了時間人気
髯籠の話折口信夫
60分以内
一 十三四年前、友人等と葛城山の方への旅行した時、牛滝から犬鳴山へ尾根伝ひの路に迷うて、紀州西河原と言ふ山村に下りて了ひ、はからずも一夜の宿を取つたことがある。
若水の話折口信夫
60分以内
一 ほうっとする程長い白浜の先は、また目も届かぬ海が揺れてゐる。
淡路人形座訪問竹内勝太郎
60分以内
一、地元踏査  一月十日雪の後の睛れやかな明石海峽を渡つて洲本へ上つた。
熊の足跡徳冨蘆花
60分以内
勿來  連日の風雨でとまつた東北線が開通したと聞いて、明治四十三年九月七日の朝、上野から海岸線の汽車に乘つた。
水の女折口信夫
60分以内
一 古代詞章の上の用語例の問題  口頭伝承の古代詞章の上の、語句や、表現の癖が、特殊な――ある詞章限りの――ものほど、早く固定するはずである。
蛋白石宮本百合子
60分以内
(一)  劇場の廊下で知り合いになってからどう気が向いたものか肇はその時紹介して呉れた篤と一緒に度々千世子の処へ出掛けた。
千世子(二)宮本百合子
60分以内
(一)  外はしとしとと茅葦には音もなく小雨がして居る。
ひな勇はん宮本百合子
60分以内
いつでも黒い被衣を着て切下げて居た祖母と京都に行って居たのは丁度六月末池の水草に白い豆の様な花のポツリポツリと見え始める頃から紫陽花のあせる頃までで私にはかなり長い旅であった。
ほうとする話折口信夫
60分以内
一 ほうとする程長い白浜の先は、また、目も届かぬ海が揺れてゐる。
無題(一)宮本百合子
60分以内
旅人はまだ迷って居ます。
追憶宮本百合子
60分以内
二日も降り続いて居た雨が漸う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。
二十三番地宮本百合子
60分以内
暫く明いて居た裏の家へ到々人が来て仕舞った。
悲しめる心宮本百合子
60分以内
我が妹の 亡き御霊の 御前に  只一人の妹に先立たれた姉の心はその両親にも勝るほど悲しいものである。
ドナウ源流行斎藤茂吉
60分以内
一  この息もつかず流れている大河は、どのへんから出て来ているだろうかと思ったことがある。
死の接吻南部修太郎
60分以内
猫の唸聲 「ふウん、臺所に電氣がついてる‥‥」  凍りついた雪の道に思はず足を止めて、若い農夫のカアルソンは宵闇の中に黒く浮んでゐる二階建の別荘の方へおびえたやうな視線を投げた。
落ちてゆく世界久坂葉子
60分以内
ある日――  足音をしのばせて私は玄関から自分の居間にはいり、いそいで洋服をきかえると父の寐ている部屋の襖をあけました。
公益に有害の鉱業を停止せざるの儀に付質問書田中正造
60分以内
公益に有害の鑛業を停止せざる儀に付質問書 (明治三十年二月廿六日、衆議院提出) 一、栃木縣上都賀郡足尾銅山鑛毒の慘酷なる事實は、今尚其被害地なる栃木群馬茨城埼玉の四縣下人民より提出しつゝある鑛業停止請願に依り又群馬縣々會も鑛業停止すべきを内務大臣に建議を爲したるを以て明なり。
昔の女三島霜川
60分以内
埃深い北向の家である。
怨霊借用泉鏡花
60分以内
一  婦人は、座の傍に人気のまるでない時、ひとりでは按摩を取らないが可いと、昔気質の誰でもそう云う。
日記宮本百合子
60分以内
七月二十一日 晴  木の葉のしげみや花ずいの奥にまだ夜の香りがうせない頃に目が覚めた。
不器用な天使堀辰雄
60分以内
1  カフエ・シヤノアルは客で一ぱいだ。
旅の絵堀辰雄
60分以内
……なんだかごたごたした苦しい夢を見たあとで、やっと目がさめた。
恢復期堀辰雄
60分以内
第一部  彼はすやすやと眠っているように見えた。
朴の咲く頃堀辰雄
60分以内
一  あたりはしいんとしていて、ときおり谷のもっと奥から山椒喰のかすかな啼き声が絶え絶えに聞えて来るばかりだった。
花を持てる女堀辰雄
60分以内
一  私はその日はじめて妻をつれて亡き母の墓まいりに往った。
三つの挿話堀辰雄
60分以内
墓畔の家  これは私が小学三四年のころの話である。
のらもの徳田秋声
60分以内
一 「月魄」といふ関西の酒造家の出してゐるカフヱの入口へ来た時、晴代は今更らさうした慣れない職業戦線に立つことに、ちよつと気怯れがした。
チビの魂徳田秋声
60分以内
彼女も亦人並みに――或ひはそれ以上に本能的な母性愛をもつてゐた。
魔のひととき原民喜
60分以内
ここでは夜明けが僕の瞼の上に直接落ちてくる。
災厄の日原民喜
60分以内
自分の部屋でもないその部屋を自分の部屋のやうに、古びた襖や朽ちかかつた柱や雨漏のあとをとどめた壁を、自分の心の内部か何かのやうに安らかな気持で僕は眺めてゐる。
氷花原民喜
60分以内
三畳足らずの板敷の部屋で、どうかすると息も窒がりさうになるのであつた。
関牧塲創業記事関寛
60分以内
創業記事端書 世の中をわたりくらべて今ぞ知る      阿波の鳴門は浪風ぞ無き 予は第二の故郷として徳島に住する事殆んど四十年、為に数十回鳴門を渡りたるも、暴風激浪の為めに苦しめらるる事を記憶せざるなり。
酔ひたる商人水野仙子
60分以内
一  東北のある小さな一町民なる綿屋幸吉は、今朝起きぬけに例の郡男爵から迎への手紙を受け取つたのであつた。
湖光島影近松秋江
60分以内
比叡山延暦寺の、今、私の坐つてゐる宿院の二階の座敷の東の窓の机に凭つて遠く眼を放つてゐると、老杉蓊鬱たる尾峰の彼方に琵琶湖の水が古鏡の表の如く、五月雨霽れの日を受けて白く光つてゐる。
大秦景教流行中国碑に就いて桑原隲蔵
60分以内
私は明治四十三年四月の『藝文』に、「西安府の大秦景教流行中國碑』といふ論文を發表した。そののち大正十二年の六月に、景教碑の模型の京都帝國大學到着を記念すべく開かれた史學研究會で、「大秦景教流行中國碑に就きて」と題する講演をした。茲に掲ぐる論文は、さきの論文と講演とを一纏めにして、新に作つたものである。  茲に紹介する景教碑、詳しくいへば大秦景教流行中國碑は、唐時代に建設されたもので、その當時支
蒲寿庚の事蹟桑原隲蔵
60分以内
本論    一 大食人の通商  西暦八世紀の初頃から、十五世紀の末に、ヨーロッパ人が東洋に來航する頃まで、約八百年の間は、アラブ人が世界の通商貿易の舞臺に立つて、尤も活躍した時代で、殊に西暦八世紀の後半に、Abb※s 王朝が縛達 Baghd※d に都を奠めて以來、彼等は海上から印度や支那方面の通商に尤も力を注いだ。
京阪聞見録木下杢太郎
60分以内
予も亦明晩立たうと思ふ。
チャアリイは何処にいる牧逸馬
60分以内
1  七月一日だった。
書簡原民喜
60分以内
●昭和十一年四月三十日 千葉市登戸より 村岡敏(末弟・当時明治大学ホッケー部に在籍し、ベルリンオリンピックに代表として派遣された)宛 今朝早くから女房が起すのである それから一日中オリンピツクのことを云つて女房は浮かれ たうたう我慢が出来ないと云ふので速達を出すといふのである 大変芽出度いこととワシも思ふのである この上は身躰に注意し晴れの榮冠を擔つてかへつて來い 原家一同それを望んでやまないので
海郷風物記木下杢太郎
60分以内
夕暮れがた汽船が小さな港に着く。
箱根の山々近松秋江
60分以内
夏が來て、また山の地方を懷かしむ感情が自然に私の胸に慘んでくるのを覺える。
滑川畔にて嘉村礒多
60分以内
北鎌倉で下車して、時計を見ると十時であつた。
華厳滝幸田露伴
60分以内
一  昭和二年七月の九日、午後一時過ぐるころ安成子の來車を受け、かねての約に從つて同乘して上野停車場へと向つた。
放翁鑑賞河上肇
60分以内
渭南文集五十巻、老学庵筆記十巻、詩に関する 説話の散見するものを、拾ひ集めて此篇を成す。
伊良湖の旅吉江喬松
60分以内
北から吹く風が冷たく湖上を亙つて来た。
木枯紀行若山牧水
60分以内
――ひと年にひとたび逢はむ斯く言ひて   別れきさなり今ぞ逢ひぬる――  十月二十八日。
天竜川小島烏水
60分以内
一  山又山の上を、何日も偃松の中に寝て、カアキイ色の登山服には、松葉汁をなすり込んだ青い斑染が、消えずに残つてゐる、山を下りてから、飯田の町まで寂しい宿駅を、車の上で揺られて来たが、どこを見ても山が重なり合ひ、顔を出し、肩を寄せて、通せん坊をしてゐる、これから南の国まで歩くとすれば、高い峠、低い峠が、鋭角線を何本も併行させたり、乱れ打つたりして、疲れた足の邪魔をする。
露肆泉鏡花
60分以内
一  寒くなると、山の手大通りの露店に古着屋の数が殖える。
伊勢之巻泉鏡花
60分以内
昔男と聞く時は、今も床しき道中姿。
かの女の朝岡本かの子
60分以内
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