30分以内で読める長谷川時雨の短編作品

青空文庫で公開されている長谷川時雨の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。

1–36件 / 全36件

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作品名著者読了時間文字数人気書き出し
明治大正美人追憶長谷川時雨30分以内4,216

最近三、五年、モダーンという言葉の流行は、すべてを風靡しつくして、ことに美女の容姿に、心に、そのモダンぶりはすさまじい勢いである。

最近三、五年、モダーンという言葉の流行は、すべてを風靡しつくして、ことに美女の容姿に、心に、そのモダンぶりはすさまじい勢いである。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,466

一応はじめに町の構成を説いておく。

一応はじめに町の構成を説いておく。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内9,685

角の荒物屋が佐野吾八さんの代にならないずっと前――私たちまだ宇宙にブヨブヨ魂が漂っていた時代――そこは八人芸の○○斎という名人がいたのだそうで、上げ板を叩いて「番頭さん熱いよ」とうめ湯をたのんだり、小唄をうたったりすると、どうしても洗湯の隣りに住んでる気がしたり、赤児が生れる泣声に驚かされたりしたと祖母がはなしてくれた。

角の荒物屋が佐野吾八さんの代にならないずっと前――私たちまだ宇宙にブヨブヨ魂が漂っていた時代――そこは八人芸の○○斎という名人がいたのだそうで、上げ板を叩いて「番頭さん熱いよ」とうめ湯をたのんだり、小唄をうたったりすると、どうしても洗湯の隣りに住んでる気がしたり、赤児が生れる泣声に驚かされたりしたと祖母がはなしてくれた。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,276

源泉小学校は大伝馬町の裏にあって、格子戸がはまった普通の家造りで、上って玄関、横に二階をもった座敷と台所。

源泉小学校は大伝馬町の裏にあって、格子戸がはまった普通の家造りで、上って玄関、横に二階をもった座敷と台所。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,387

古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。

古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内8,180

――老母のところから、次のような覚書をくれたので、「大丸」のことはもっと後にゆっくりと書くつもりだったが、折角の志ゆえそのまま記すことにした。

――老母のところから、次のような覚書をくれたので、「大丸」のことはもっと後にゆっくりと書くつもりだったが、折角の志ゆえそのまま記すことにした。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,575

――老母よりの書信―― 鼠小僧の家は、神田和泉町ではなく、日本橋区和泉町、人形町通り左側大通りが和泉町で、その手前の小路が三光新道、向側――人形町通りを中にはさんで右側大通りが堺町、及がくや新道、水天宮は明治七、八年から芝三田辺より来られ候。

――老母よりの書信―― 鼠小僧の家は、神田和泉町ではなく、日本橋区和泉町、人形町通り左側大通りが和泉町で、その手前の小路が三光新道、向側――人形町通りを中にはさんで右側大通りが堺町、及がくや新道、水天宮は明治七、八年から芝三田辺より来られ候。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内8,652

鼠小僧の住んでいた、三光新道のクダリに、三光稲荷のあったことを書きおとした。

鼠小僧の住んでいた、三光新道のクダリに、三光稲荷のあったことを書きおとした。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,321

木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。

木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,185

勝川のおばさんという名がアンポンタンに記憶された。

勝川のおばさんという名がアンポンタンに記憶された。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内5,111

朝散太夫とは、支那唐朝の制にて従五品下の雅称、我国にて従五位下の唐名とある。

朝散太夫とは、支那唐朝の制にて従五品下の雅称、我国にて従五位下の唐名とある。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,645

アンポンタンはぼんやりと人の顔を眺める癖があったので、 「いやだねおやっちゃん、私の顔に出車でも通るのかね。」  さすがの藤木さんもテレて、その頃の月並な警句をいった。

アンポンタンはぼんやりと人の顔を眺める癖があったので、 「いやだねおやっちゃん、私の顔に出車でも通るのかね。」  さすがの藤木さんもテレて、その頃の月並な警句をいった。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内6,737

一族の石塔五十幾基をもった、朝散太夫藤木氏の末裔チンコッきりおじさんは、三人の兄弟であったが、揃いもそろった幕末お旗本ならずものの見本で、仲兄は切腹、上の兄は他から帰ってきたところを、襖のかげから跳り出た父親が手にかけたのだった。

一族の石塔五十幾基をもった、朝散太夫藤木氏の末裔チンコッきりおじさんは、三人の兄弟であったが、揃いもそろった幕末お旗本ならずものの見本で、仲兄は切腹、上の兄は他から帰ってきたところを、襖のかげから跳り出た父親が手にかけたのだった。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内6,081

青葉の影を「柳の虫」の呼び声が、細く長く、いきな節に流れてゆく。

青葉の影を「柳の虫」の呼び声が、細く長く、いきな節に流れてゆく。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内8,539

神田のクリスチャンの伯母さんの家の家風が、あんぽんたんを甚くよろこばせた。

神田のクリスチャンの伯母さんの家の家風が、あんぽんたんを甚くよろこばせた。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内4,867

この章にうつろうとして、あんぽんたんはあまりあんぽんたんであった事を残念に思う。

この章にうつろうとして、あんぽんたんはあまりあんぽんたんであった事を残念に思う。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内5,822

金持ちになれる真理となれない真理――転がりこんで来た金玉を、これは正当な所得ではございませんとかえして貧乏する。

金持ちになれる真理となれない真理――転がりこんで来た金玉を、これは正当な所得ではございませんとかえして貧乏する。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内6,995

八月の暑い午後、九歳のあんぽんたんは古帳面屋のおきんちゃんに連れられて、附木店のおきんちゃんの叔母さんの家へいった。

八月の暑い午後、九歳のあんぽんたんは古帳面屋のおきんちゃんに連れられて、附木店のおきんちゃんの叔母さんの家へいった。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,426

芦寿賀さんは、向う両国の青柳といった有名な料亭の女将でもあった。

芦寿賀さんは、向う両国の青柳といった有名な料亭の女将でもあった。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内10,648

夏の朝、水をたっぷりつかって、ざぶざぶと浴衣をあらう気軽さ。

夏の朝、水をたっぷりつかって、ざぶざぶと浴衣をあらう気軽さ。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内5,049

明治廿二年二月の憲法発布の日はその夜明けまで雪が降った。

明治廿二年二月の憲法発布の日はその夜明けまで雪が降った。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内7,631

あんぽんたんとよばれた少女のおぼつかない記憶にすぎないが、時が、明治十六年ごろから多く廿年代のことであり、偶然にも童女の周囲が、旧江戸の残存者層であって、新文明の進展がおくれがちであったことなど、幾分記録されてよいものであったためか、先輩の推賞を得た拙著『旧聞日本橋』の稿を、ここにつづけることをよろこびといたします。

あんぽんたんとよばれた少女のおぼつかない記憶にすぎないが、時が、明治十六年ごろから多く廿年代のことであり、偶然にも童女の周囲が、旧江戸の残存者層であって、新文明の進展がおくれがちであったことなど、幾分記録されてよいものであったためか、先輩の推賞を得た拙著『旧聞日本橋』の稿を、ここにつづけることをよろこびといたします。

旧聞日本橋長谷川時雨30分以内9,042

堀留――現今では堀留町となっているが、日本橋区内の、人形町通りの、大伝馬町二丁目後の、横にはいった一角が堀留で、小網町河岸の方からの堀留なのか、近い小舟町にゆかりがあるのか、子供だったわたしに地の理はよく分らなかったが、あの辺一帯を杉の森とあたしたちは呼んでいた。

堀留――現今では堀留町となっているが、日本橋区内の、人形町通りの、大伝馬町二丁目後の、横にはいった一角が堀留で、小網町河岸の方からの堀留なのか、近い小舟町にゆかりがあるのか、子供だったわたしに地の理はよく分らなかったが、あの辺一帯を杉の森とあたしたちは呼んでいた。

市川九女八長谷川時雨30分以内10,279

一  若い女が、キャッと声を立てて、バタバタと、草履を蹴とばして、楽屋の入口の間へ駈けこんだが、身を縮めて壁にくっついていると、 「どうしたんだ、見っともねえ。」  部屋のあるじは苦々しげにいった。

一  若い女が、キャッと声を立てて、バタバタと、草履を蹴とばして、楽屋の入口の間へ駈けこんだが、身を縮めて壁にくっついていると、 「どうしたんだ、見っともねえ。」  部屋のあるじは苦々しげにいった。

江木欣々女史長谷川時雨30分以内8,752

一  大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。

一  大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。

大橋須磨子長谷川時雨30分以内6,457

霜月はじめの、朝の日影がほがらかにさしている。

霜月はじめの、朝の日影がほがらかにさしている。

竹本綾之助長谷川時雨30分以内7,183

泰平三百年の徳川幕府の時代ほど、義理人情というものを道徳の第一においたことはない。

泰平三百年の徳川幕府の時代ほど、義理人情というものを道徳の第一においたことはない。

豊竹呂昇長谷川時雨30分以内6,630

私は今朝の目覚めに戸の透間からさす朝の光りを眺めて、早く鶯が夢をゆすりに訪れて来てくれるようになればよいと春暁の心地よさを思った。

私は今朝の目覚めに戸の透間からさす朝の光りを眺めて、早く鶯が夢をゆすりに訪れて来てくれるようになればよいと春暁の心地よさを思った。

平塚明子(らいてう)長谷川時雨30分以内6,543

一  らいてうさま、  このほどお体は如何で御座いますか。

一  らいてうさま、  このほどお体は如何で御座いますか。

「郭子儀」異変長谷川時雨30分以内5,757

柳里恭の「郭子儀」の對幅が、いつのころかわたくしの生家にあつた。

柳里恭の「郭子儀」の對幅が、いつのころかわたくしの生家にあつた。

尼たちへの消息長谷川時雨30分以内6,030

日蓮聖人の消息文の中から、尼御前たちに對へられた書簡を拾つてゆくと、安産の護符をおくられたり、生れた子に命名したりしてゐて、哲人日蓮、大詩人日蓮の風貌躍如として、六百六十餘年の世をへだてた今日、親しく語りかけられる心地がする。

日蓮聖人の消息文の中から、尼御前たちに對へられた書簡を拾つてゆくと、安産の護符をおくられたり、生れた子に命名したりしてゐて、哲人日蓮、大詩人日蓮の風貌躍如として、六百六十餘年の世をへだてた今日、親しく語りかけられる心地がする。

夏の夜長谷川時雨30分以内4,788

暗い窓から  地球が吸ひよせる雨――そんなふうな降りだ。

暗い窓から  地球が吸ひよせる雨――そんなふうな降りだ。

日本橋あたり長谷川時雨30分以内5,467

その時分、白米の價が、一等米圓に七升一合、三等米七升七合、五等米八升七合。

その時分、白米の價が、一等米圓に七升一合、三等米七升七合、五等米八升七合。

花火と大川端長谷川時雨30分以内8,027

花火といふ遊びは、金を飛散させてしまふところに多分の快味があるのだから、經濟の豐なほど豪宕壯觀なわけだ。

花火といふ遊びは、金を飛散させてしまふところに多分の快味があるのだから、經濟の豐なほど豪宕壯觀なわけだ。

凡愚姐御考長谷川時雨30分以内5,942

義理人情の美風といふものも歌舞伎芝居の二番目ものなどで見る親分子分の關係などでは、歪んだ――撓めた窮屈なもので、無條件では好いものだといひかねる。

義理人情の美風といふものも歌舞伎芝居の二番目ものなどで見る親分子分の關係などでは、歪んだ――撓めた窮屈なもので、無條件では好いものだといひかねる。

むぐらの吐息長谷川時雨30分以内4,512

十二月廿五日夜、東京日日新聞主催の「大東京座談會」の席上で、復興の途上にある大東京は、最初の豫算三十億の時から十億に削られた時まで、一千萬圓の國立劇場建築費が保存されてあつたが、終に最後の七億になつて消滅してしまつたといふことを、復興局長官の堀切善次郎氏によつて語られた。

十二月廿五日夜、東京日日新聞主催の「大東京座談會」の席上で、復興の途上にある大東京は、最初の豫算三十億の時から十億に削られた時まで、一千萬圓の國立劇場建築費が保存されてあつたが、終に最後の七億になつて消滅してしまつたといふことを、復興局長官の堀切善次郎氏によつて語られた。