吉川英治の全作品

眼がしぶい、冬日の障子越しに、鵙（もず）の声はもう午近く思われる。

第一章三人男「犬がうらやましい。

恋すちょう……二月の風は水洟をそそる。

御子と女奴原始のすがたから、徐々に、人間のすむ大地へ。

雪千丈「佐どの」「佐どのうっ」「おおういっ」すさぶ吹雪の白い闇にかたまり合って、にわかに立ち止まった主従七騎の影は、口々でこう呼ばわりながら、佐殿のすがたを血眼でさがし始めた。

序曲、百八の星、人間界に宿命すること頃は、今から九百年前。

武名競べ血飛沫鹿の子生田の馬場の競べ馬も終ったと見えて、群集の藺笠（いがさ）や市女笠などが、流れにまかす花かのように、暮れかかる夕霞の道を、城下の方へなだれて帰った。

木靴「食えない者は、誰でもおれに尾いて来な。

生ける験ありこの正月を迎えて、謙信は、ことし三十三とはなった。

題して剣の四君子という。

義経はもろ肌を脱いで、小冠者に、背なかの灸（きゅう）をすえさせていた。

梅渓餓鬼草紙の中に住む一九先生に会うの機縁山谷堀の船宿、角中の亭主は、狂歌や戯作などやって、ちっとばかり筆が立つ。

暁からの本能寺の煙が、まだ太陽の面に墨を流しているうちに、凶乱の張本人、光秀の名と、信長の死は、極度な人心の愕きに作用されて、かなり遠方まで、国々の耳をつらぬいて行った。

辰蔵の成人ぶりもお目にかけたい。

白い旋風を巻いて「戦」が翔（か）けてくる。

寧子は十六になった。

民衆の上にある英雄と、民衆のなかに伍（ご）してゆく英雄と、いにしえの英雄たちにも、星座のように、各※（とう）の性格と軌道があった。

寧子の胸「こひ！」浅野又右衛門は、家に帰ると、すぐ大きな声で、妻の名をどなった。

春の客永禄五年の正月、信長は二十九歳の元旦を迎えた。

露のひぬ間九死に一生を得、殿軍の任を果して帰った将士が、京都に帰りついた第一夜の望みは、「とにかく寝たい！」それだけだった。

とらと虎湖畔の城は、日にまし重きをなした。

官兵衛救出秀吉の赴いている中国陣。

雛（ひな）の客備前岡山の城はいま旺んなる改修増築の工事にかかっている。

天機刻々依然。

偽和越前はもう積雪の国だった。

初花一年。

黒石・白石ぜひもなく秀吉もまた、軍をかえして、楽田へひきあげた。

伊太利珊瑚うす寒い秋風の町角に、なんの気もなく見る時ほど思わず目のそむけられるものは、女の呪詛をたばねたような、あのかもじのつり看板です。

浅野内匠頭七ツちがい春の生理をみなぎらした川筋の満潮が、石垣の蠣（かき）の一つ一つへ、ひたひたと接吻に似た音をひそめている。