永井荷風の全作品
青空文庫で公開されている永井荷風の全作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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青空文庫で公開されている永井荷風の全作品を、おすすめ人気順で表示しています。
| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
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| 作品名 | 著者 | 読了時間 | 人気 |
|---|---|---|---|
| 枯葉の記 | 永井荷風 | 5分以内 | |
○ おのれにも飽きた姿や破芭蕉 香以山人の句である。 | |||
| 噂ばなし | 永井荷風 | 10分以内 | |
戦死したと思われていた出征者が停戦の後生きて還って来た話は、珍しくないほど随分あるらしい。 | |||
| 榎物語 | 永井荷風 | 30分以内 | |
市外荏原郡世田ヶ谷町に満行寺という小さな寺がある。 | |||
| 下谷叢話 | 永井荷風 | 1時間〜 | |
鷲津毅堂肖像(部分) 西田春耕/筆 自序 『下谷叢話』ハ初下谷のはなしト題シテ大正甲子ノ初春ヨリ初稿ノ前半ヲ月刊ノ一雑誌ニ連載シタリシヲ同年ノ冬改竄スルニ当リテ斯クハ改題セシナリ。 | |||
| 谷崎潤一郎氏の作品 | 永井荷風 | 30分以内 | |
明治現代の文壇に於て今日まで誰一人手を下す事の出来なかつた、或は手を下さうともしなかつた芸術の一方面を開拓した成功者は谷崎潤一郎氏である。 | |||
| 写況雑記 | 永井荷風 | 30分以内 | |
目黒 前の日も、其のまた前の日も雨であった。 | |||
| 偏奇館漫録 | 永井荷風 | 60分以内 | |
○ 庚申の年孟夏居を麻布に移す。 | |||
| 銀座 | 永井荷風 | 30分以内 | |
この一、二年何のかのと銀座界隈を通る事が多くなった。 | |||
| 珊瑚集 | 永井荷風 | 60分以内 | |
死のよろこび シヤアル・ボオドレヱル 蝸牛匍ひまはる泥土に、 われ手づからに底知れぬ穴を掘らん。 | |||
| 路地 | 永井荷風 | 10分以内 | |
鉄橋と渡船との比較からこゝに思起されるのは立派な表通の街路に対して其の間々に隠れてゐる路地の興味である。 | |||
| 夕立 | 永井荷風 | 5分以内 | |
白魚、都鳥、火事、喧嘩、さては富士筑波の眺めとともに夕立もまた東都名物の一つなり。 | |||
| 雪解 | 永井荷風 | 60分以内 | |
兼太郎は点滴の音に目をさました。 | |||
| 十年振 | 永井荷風 | 30分以内 | |
一 病來十年わたしは一歩も東京から外へ出たことがなかつた。 | |||
| 鴎外全集刊行の記 | 永井荷風 | 10分以内 | |
森先生著述の全集十八卷いよ/\印に付せられんとす。 | |||
| 男ごゝろ | 永井荷風 | 30分以内 | |
大方帳場の柱に掛けてある古時計であらう。 | |||
| 鴎外記念館のこと | 永井荷風 | 5分以内 | |
森鴎外先生の記念館が先生の健在中その居邸の立つてゐた駒込千駄木町十九番地に建てられると云ふことで、わたくしは文京區※長井形卓三氏[#「井形卓三氏」は底本では「井形卓二氏」]、また建設委員會事務長代理中出忠勝氏の訪問を受けた。 | |||
| 洋服論 | 永井荷風 | 30分以内 | |
○日本人そもそも洋服の着始めは旧幕府仏蘭西式歩兵の制服にやあらん。 | |||
| 荷風戦後日歴 第一 | 永井荷風 | 1時間〜 | |
昭和廿一年一月一日(熱海にて) 一月初一。 | |||
| 新帰朝者日記 | 永井荷風 | 1時間〜 | |
十一月廿八日 あゝ丁度半年目だ。 | |||
| 渡鳥いつかへる | 永井荷風 | 30分以内 | |
街娼鈴代 (年十九) アパートのお神さん (年三十) 艶歌師福井 (年廿五、六) 艶歌師松田 (年三十) ヤクザ斎藤 (年廿五、六) 医師武田先生 (年五十四、五) おでんや (年五十四) 私服刑事一人 電車従業員二人 酔漢一人 女巡査二人 第一場 向島都電終点附近のさびしき横町。 | |||
| 「麻布襍記」叙 | 永井荷風 | 5分以内 | |
麻布襍記収むるところの小説雑録随筆のたぐい皆そのおりおり月刊文学雑誌の嘱を受けて一時の責を塞ぎしものに過ぎず。 | |||
| 妾宅 | 永井荷風 | 60分以内 | |
一 どうしても心から満足して世間一般の趨勢に伴って行くことが出来ないと知ったその日から、彼はとある堀割のほとりなる妾宅にのみ、一人倦みがちなる空想の日を送る事が多くなった。 | |||
| 佛蘭西人の観たる鴎外先生 | 永井荷風 | 5分以内 | |
佛蘭西人アルベール・メーボン著今日の日本と云ふ書に著者が鴎外先生を上野博物館に訪問したる記事あり。 | |||
| 古本評判記 | 永井荷風 | 10分以内 | |
一、そも/\都下の古本屋に二種ありなぞと事々しく説明するまでもなし。 | |||
| 上野 | 永井荷風 | 30分以内 | |
震災の後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。 | |||
| 新帰朝者日記 拾遺 | 永井荷風 | 10分以内 | |
二月五日 葉山の別邸に父を訪ねた。 | |||
| 西瓜 | 永井荷風 | 30分以内 | |
持てあます西瓜ひとつやひとり者 これはわたくしの駄句である。 | |||
| 百花園 | 永井荷風 | 10分以内 | |
友の来って誘うものあれば、わたくしは今猶向島の百花園に遊ぶことを辞さない。 | |||
| 町中の月 | 永井荷風 | 10分以内 | |
灯火のつきはじめるころ、銀座尾張町の四辻で電車を降ると、夕方の澄みわたつた空は、真直な広い道路に遮られるものがないので、時々まんまるな月が見渡す建物の上に、少し黄ばんだ色をして、大きく浮んでゐるのを見ることがある。 | |||
| 畦道 | 永井荷風 | 30分以内 | |
国府台から中山を過ぎて船橋の方へと松林に蔽はれた一脈の丘陵が延長してゐる。 | |||
| 花より雨に | 永井荷風 | 10分以内 | |
しづかな山の手の古庭に、春の花は支那の詩人が春風二十四番と数へたやう、梅、連翹、桃、木蘭、藤、山吹、牡丹、芍薬と順々に咲いては散つて行つた。 | |||
| 偏奇館吟草 | 永井荷風 | 60分以内 | |
De la musique avant toute chose ―― Paul Verlaine. 詩は何よりも先音楽的ならむことを。 | |||
| 深川の散歩 | 永井荷風 | 30分以内 | |
中洲の河岸にわたくしの旧友が病院を開いていたことは、既にその頃の『中央公論』に連載した雑筆中にこれを記述した。 | |||
| 自選 荷風百句 | 永井荷風 | 10分以内 | |
(自選) 荷風百句序 わが発句の口吟、もとより集にあむべき心とてもなかりしかば、書きもとどめず、年とともに大方は忘れはてしに、おりおり人の訪来りて、わがいなむをも聴かず、短冊色帋なんど請わるるものから、是非もなく旧句をおもい出して責ふさぐことも、やがて度重るにつれ、過ぎにし年月、下町のかなたこなたに佗住いして、朝夕の湯帰りに見てすぎし町のさま、又は女どもと打つどいて三味線引きならいたる夜々の | |||
| 帝国劇場のオペラ | 永井荷風 | 10分以内 | |
哀愁の詩人ミュッセが小曲の中に、青春の希望元気と共に銷磨し尽した時この憂悶を慰撫するもの音楽と美姫との外はない。 | |||
| 夜あるき | 永井荷風 | 10分以内 | |
余は都会の夜を愛し候。 | |||
| 葛飾土産 | 永井荷風 | 30分以内 | |
○ 菅野に移り住んでわたくしは早くも二度目の春に逢おうとしている。 | |||
| 夏の町 | 永井荷風 | 30分以内 | |
一 枇杷の実は熟して百合の花は既に散り、昼も蚊の鳴く植込の蔭には、七度も色を変えるという盛りの長い紫陽花の花さえ早や萎れてしまった。 | |||
| 向島 | 永井荷風 | 5分以内 | |
隅田川の水はいよいよ濁りいよいよ悪臭をさえ放つようになってしまったので、その後わたくしは一度も河船には乗らないようになったが、思い返すとこの河水も明治大正の頃には奇麗であった。 | |||
| 黄昏の地中海 | 永井荷風 | 30分以内 | |
ガスコンの海湾を越え葡萄牙の海岸に沿うて東南へと、やがて西班牙の岸について南にマロツクの陸地と真白なタンヂヱーの人家を望み、北には三角形なすジブラルタルの岩山を見ながら地中海に進み入る時、自分はどうかして自分の乗つて居る此の船が、何かの災難で、破れるか沈むかしてくれゝばよいと祈つた。 | |||
| 海洋の旅 | 永井荷風 | 30分以内 | |
Homme libre, toujours tu ch※riras la mer. Baudelaire. 自由の人よ。 | |||
| 伝通院 | 永井荷風 | 30分以内 | |
われわれはいかにするともおのれの生れ落ちた浮世の片隅を忘れる事は出来まい。 | |||
| 十九の秋 | 永井荷風 | 10分以内 | |
近年新聞紙の報道するところについて見るに、東亜の風雲はますます急となり、日支同文の邦家も善鄰の誼しみを訂めている遑がなくなったようである。 | |||
| 江戸芸術論 | 永井荷風 | 1時間〜 | |
浮世絵の鑑賞 一 我邦現代における西洋文明模倣の状況を窺ひ見るに、都市の改築を始めとして家屋什器庭園衣服に到るまで時代の趣味一般の趨勢に徴して、転た余をして日本文華の末路を悲しましむるものあり。 | |||
| 向嶋 | 永井荷風 | 30分以内 | |
向島は久しい以前から既に雅遊の地ではない。 | |||
| 十日の菊 | 永井荷風 | 30分以内 | |
一 庭の山茶花も散りかけた頃である。 | |||
| 里の今昔 | 永井荷風 | 30分以内 | |
昭和二年の冬、酉の市へ行った時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であった。 | |||
| 一夕 | 永井荷風 | 10分以内 | |
一 小説家二、三人打寄りて四方山の話したりし時一人のいひけるはおよそ芸術を業とするものの中にて我国当世の小説家ほど気の毒なるはなし。 | |||
| 水のながれ | 永井荷風 | 5分以内 | |
戦争後、市川の町はずれに卜居したことから、以前麻布に住んでいた頃よりも東京へ出るたびたび隅田川の流れを越して浅草の町々を行過る折が多くなったので、おのずと忘れられたその時々の思出を繰返して見る日もまた少くないようになった。 | |||
| 書かでもの記 | 永井荷風 | 60分以内 | |
一 身をせめて深く懺悔するといふにもあらず、唯臆面もなく身の耻とすべきことどもみだりに書きしるして、或時は閲歴を語ると号し、或時は思出をつづるなんぞと称へて文を売り酒沽ふ道に馴れしより、われ既にわが身の上の事としいへば、古き日記のきれはしと共に、尺八吹きける十六、七のむかしより、近くは三味線けいこに築地へ通ひしことまでも、何のかのと歯の浮くやうな小理窟つけて物になしたるほどなれば、今となりては | |||