坂口安吾の全作品

この小説は私にとつては、全く悪夢のやうな小説だ。

昔、池袋にすんでいたころ、小学校の生徒に頻りに敬礼されて、その界隈を遠廻りに敬遠して歩かねばならなくなったが、僕に似た先生がいたに相違ない。

璽光様の話がでるとみんなが笑う。

私の小説が観念的だといふのは批評家の極り文句だけれども、私の方から言ふと、日本の小説が観念的でなさすぎる。

探偵小説の愛好者としての立場から、終戦後の二、三の推理小説に就て、感想を述べてみよう。

この著作を刊行するに当つてラクロは神経を使つたらしい。

道鏡といふ題名はよくなかつた。

人間通の文学というものがある。

近ごろ青年諸君からよく質問をうけることは俳句や短歌は芸術ですかといふことだ。

その渡辺小左衛門は鳥銃をぶらさげて冬山をのそ／＼とぶらついてゐる男のことを考へると、ちようど蛇の嫌ひな者が蛇を見たときと同じ嫌悪を感じた。

農村は淳朴であるといふことが過去の常識であつたけれども、近頃では農民ぐらゐ我利々々なものはないと云つて都会の連中は恨んでゐる。

朝巻信助は火星人といふ渾名であつたが、それは頭デッカチで口が小さいといふ意味ながら、顔が似てゐるためではなく、内容的な意味であつた。

私が二十の年に坊主にならうと考へたのは、何か悟りといふものがあつて、そこに到達すると精神の円熟を得て浮世の卑小さを忘れることができると発願したのであるが、実は歪められた発願であつて、内心は小説家になりたかつたのであり、それを諦めたところに宗教的な満足をもとめる心も育つたのであらうと思ふ。

日本は天皇によつて終戦の混乱から救はれたといふが常識であるが、之（これ）は嘘だ。

二人が知り合つたのは銀座の碁席で、こんなところで碁の趣味以上の友情が始まることは稀なものだが、生方庄吉はあたり構はぬ傍若無人の率直さで落合太平に近づいてきた。

「問はず語り」は話が好都合にできすぎてゐる。

私は昔から家庭といふものに疑ひをいだいてゐた。

私は中戸川とみゑさんの「ひとりごと」を読んで、私が遺族だつたら、遺言通り燃しちやつたのにな、と思つた。

秀吉は意志で弱点を抑へてゐた、その自制は上り目の時には楽しい遊戯である。

私と貧乏とは切れない縁にあり、この関係は生涯変らざるものであらう。

カマキリ親爺は私のことを奥さんと呼んだり姐さんと呼んだりした。

私の父は私の十八の年（丁度東京の大地震の秋であつたが）に死んだのだから父と子との交渉が相当あつてもよい筈なのだが、何もない。

私はサルトルについてはよく知らない。

住友邦子誘拐事件は各方面に反響をよんだが、童話作家Ｔ氏は社会一般の道義の頽廃がこの種の悪の温床であると云ひ、子供達が集団疎開によつて人ずれがしたのも一因だと云ふ。

私はいつも神様の国へ行かうとしながら地獄の門を潜つてしまふ人間だ。

母親の執念はすさまじいものだと夏川は思つた。

文学といふものは政治と違つて、こと人性に即したものであるから、戦争に負けたから変らなければならないといふ性質のものではない。

花田清輝の名は読者は知らないに相違ない。

戦争中、私の家の両隣はそれ／″＼軍需会社の寄宿舎となり、一方は田舎の十八九歳の連中五十名ぐらゐ、一方は普通のしもた家を軍需会社が買つて七八名の少年工を合宿させておく。

支那事変の起つたとき、私は京都にゐた。

織田作之助が死んだ。

元和寛永のころというと、今から三百二三十年前のことだが、切支丹が迫害されておびたゞしい殉教者があったものだ。

私は戦争中、日本映画社の嘱託をしていた。

剣法というのは元来貴人に依存してきたもので、剣士は将軍や大名に召抱えられることを目標に修業に励んだものである。

京の西の岡というところに、松波基宗という北面の武士が住んでいた。

この村からは陸海軍大佐が各一名でた。

十万円で息子を殺さす――布教師ら三名逮捕――【青森発】先月二十三日東北本線小湊、西平内間（青森県東津軽郡）線路わきに青森県上北郡天間林村天間館、無職坪得衛さん（四一）の死体が発見され、国警青森県本部と小湊地区署は他殺とみて捜査を進め、去る八日、主犯として青森県東津軽郡小湊町御嶽教教師須藤正雄（二五）を検挙、さらに十八日朝被害者の実父である上北郡天間林村天間館、民生委員、農坪得三郎（六一）と得三郎を須藤に紹介した同、行商坪勇太郎さん妻御嶽教信者しげ（五〇）...

馬力にうたる永禄四年七月三十日。

新宿御苑に沿うた裏通り。

二号の客引き大巻博士が途方にくれながら温泉都市の海岸通りを歩いていると、ポンと背中をたたいた者がある。

餅を落した泥棒土地によって一風変った奇習や奇祭があるものだが、日本中おしなべて変りのないのは新年にお餅を食べ門松をたてて祝う。

私の本名は炳五（ヘイゴ）という。

私には子供が生れないと思っていたので、家族のつもりで犬を飼っていた。

石毛存八は刑務所をでると、鍋釜バケツからタオル歯ブラシに至るまで世帯道具一式を買ってナンキン袋につめこんだ。

ハリスが通訳ヒュースケンを従え米国総領事の資格で下田に上陸したのは一八五六年九月三日（日本暦では八月五日）のことだ。

趣味というものは広いものだ。

その晩、リンゴ園の中平が保久呂湯へ降りたのは八時に二十分ぐらい前であった。

左近の上京夏川左近は久方ぶりで上京のついで古本あさりに神田へでた。

去年ゴルフをはじめてから丈夫になった。

お奈良さまと云っても奈良の大仏さまのことではない。