岡本綺堂の全作品

ある冬の日、わたしが老人を赤坂の家にたずねると、老人は日あたりのいい庭にむかって新聞をよんでいた。

文久元年三月十七日の夕六ツ頃であった。

久し振りで半七老人に逢うと、それがまた病みつきになって、わたしはむやみに老人の話が聴きたくなった。

改めて云うまでもないが、ここに紹介している幾種の探偵ものがたりに、何等かの特色があるとすれば、それは普通の探偵的興味以外に、これらの物語の背景をなしている江戸のおもかげの幾分をうかがい得られるという点にあらねばならない。

芝、田町の鋳掛屋庄五郎が川崎の厄除大師へ参詣すると云って家を出たのは、元治元年三月二十一日の暁方であった。

「また怪談ですかえ」と、半七老人は笑った。

「残念、残念。

「むかし者のお話はとかく前置きが長いので、今の若い方たちには小焦れったいかも知れませんが、話す方の身になると、やはり詳しく説明してかからないと何だか自分の気が済まないというわけですから、何も因果、まあ我慢してお聴きください」半七老人は例の調子で笑いながら話し出した。

四月のはじめに、わたしは赤坂をたずねた。

なにかの話から、神田の柳原の噂が出たときに、老人はこう語った。

嘉永五年八月のなかばである。

私はかつて「虚無僧」という二幕の戯曲をかいて、歌舞伎座で上演されたことがある。

Ｋ君はこの座中で第一の年長者であるだけに、江戸時代の怪異談をたくさんに知っていて、それからそれへと立て続けに五、六題の講話があった。

池袋の女江戸の代表的怪談といえば、まず第一に池袋の女というものを挙げなければなりません。

読者もすでに御承知の通り、半七老人の話はとかくに芝居がかりである。

秋の夜の長い頃であった。

明治三十年三月十五日の暁方に、吉原仲の町の引手茶屋桐半の裏手から出火して、廓内百六十戸ほどを焼いたことがある。

これも明治三十年の秋と記憶している。

まず劈頭にズウフラの説明をしなければならない。

大森の鶏の話が終っても、半七老人の話はやまない。

前回には極月十三日の訪問記をかいたが、十二月十四日についても、一つの思い出がある。

四月の日曜と祭日、二日つづきの休暇を利用して、わたしは友達と二人連れで川越の喜多院の桜を見物して来た。

種痘の話が出たときに、半七老人はこんなことをいった。

団子坂の菊人形の話につづいて、半七老人は更に「蟹のお角」について語り出した。

文化九年――申年の正月十八日の夜である。

ある年の夏、わたしが房州の旅から帰って、形ばかりの土産物をたずさえて半七老人を訪問すると、若いときから避暑旅行などをしたことの無いという老人は、喜んで海水浴場の話などを聴いた。

「いつも云うことですが、わたくし共の方には陽気なお話や面白いお話は少ない」と、半七老人は笑った。

わたしは入浴が好きで、大正八年の秋以来あさ湯の廃止されたのを悲しんでいる一人である。

次郎左衛門が野州佐野の宿を出る朝は一面に白い霜が降りていた。

お米と十吉とは南向きの縁に仲よく肩をならべて、なんにも言わずに碧（あお）い空をうっとりと見あげていた。

「ことしの残暑は随分ひどいね」お絹は楽屋へはいって水色の※※（かみしも）をぬいだ。

寛延二己巳年の二月から三月にかけて、大坂は千日前に二つの首が獄門に梟（か）けられた。

裏の溝川で秋の蛙（かわず）が枯れがれに鳴いているのを、お染は寂しい心持ちで聴いていた。

本日ゆず湯というビラを見ながら、わたしは急に春に近づいたような気分になって、いつもの湯屋の格子をくぐると、出あいがしらに建具屋のおじいさんが濡れ手拭で額をふきながら出て来た。

明治二十六年の十一月なかばの宵である。

「幽霊の観世物」の話が終ると、半七老人は更にこんな話を始めた。

極月の十三日――極月などという言葉はこのごろ流行らないが、この話は極月十三日と大時代に云った方が何だか釣り合いがいいようである。

ある年の正月下旬である。

こんにちでも全く跡を絶ったというのではないが、東京市中に飴売りのすがたを見ることが少なくなった。

ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所であった。

これも例の半七老人の話である。

七月七日、梅雨あがりの暑い宵であったと記憶している。

四月なかばの土曜日の宵である。

ある時、半七老人をたずねると、老人は私に訊いた。

第三の男は語る。

第四の男は語る。

第五の男は語る。

第六の男は語る。

第十五の男は語る。

桐畑の太夫今から二十年あまりの昔である。