伊藤左千夫の全作品

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作品名著者読了時間文字数人気書き出し
野菊の墓伊藤左千夫1時間〜33,862

後の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。

後の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。

新万葉物語伊藤左千夫30分以内4,936

からからに乾いて巻き縮れた、欅の落葉や榎の落葉や杉の枯葉も交った、ごみくたの類が、家のめぐり庭の隅々の、ここにもかしこにも一団ずつ屯をなしている。

からからに乾いて巻き縮れた、欅の落葉や榎の落葉や杉の枯葉も交った、ごみくたの類が、家のめぐり庭の隅々の、ここにもかしこにも一団ずつ屯をなしている。

隣の嫁伊藤左千夫60分以内23,518

一 「満蔵満蔵、省作省作、そとはまっぴかりだよ。さあさあ起きるだ起きるだ。向こうや隣でや、もう一仕事したころだわ。こん天気のえいのん朝寝していてどうするだい。省作省作、さあさあ」  表座敷の雨戸をがらがらあけながら、例のむずかしやの姉がどなるのである。

一 「満蔵満蔵、省作省作、そとはまっぴかりだよ。さあさあ起きるだ起きるだ。向こうや隣でや、もう一仕事したころだわ。こん天気のえいのん朝寝していてどうするだい。省作省作、さあさあ」  表座敷の雨戸をがらがらあけながら、例のむずかしやの姉がどなるのである。

『悲しき玩具』を読む伊藤左千夫10分以内3,756

石川啄木君は、齢三十に至らずして死なれた。

石川啄木君は、齢三十に至らずして死なれた。

八幡の森伊藤左千夫10分以内2,332

市川の宿も通り越し、これから八幡という所、天竺木綿の大きな国旗二つを往来の上に交扠して、その中央に祝凱旋と大書した更紗の額が掛っている、それをくぐると右側の屑屋の家では、最早あかりがついて障子がぼんやり赤い、その隣りでは表の障子一枚あけてあるので座敷に釣ってあるランプがキラリと光を放っている、ほのくらい往来には、旅の人でなく、土地のものらしい男や婆さんやがのっそりのっそりあるいている、赤児をおぶっ

市川の宿も通り越し、これから八幡という所、天竺木綿の大きな国旗二つを往来の上に交扠して、その中央に祝凱旋と大書した更紗の額が掛っている、それをくぐると右側の屑屋の家では、最早あかりがついて障子がぼんやり赤い、その隣りでは表の障子一枚あけてあるので座敷に釣ってあるランプがキラリと光を放っている、ほのくらい往来には、旅の人でなく、土地のものらしい男や婆さんやがのっそりのっそりあるいている、赤児をおぶっ

浅草詣伊藤左千夫10分以内2,490

一月十一日、この日曜日に天気であればきっと浅草へ連れて行くべく、四ッたりの児供等と約束がしてあるので、朝六時の時計が鳴ったと思うと、半窓の障子に薄ら白く縦に筋が見えてきた、窓の下で母人の南手に寝て居った、次の児がひょっと頭をあげ、おとッさん夜があけたよ、そとがあかるくなってきました、今日は浅草へゆくのネイ、そうだ今日はつれてゆくよ、今まで半ねぶりで母の乳房をくちゃくちゃしゃぶって居た末のやつが、ち

一月十一日、この日曜日に天気であればきっと浅草へ連れて行くべく、四ッたりの児供等と約束がしてあるので、朝六時の時計が鳴ったと思うと、半窓の障子に薄ら白く縦に筋が見えてきた、窓の下で母人の南手に寝て居った、次の児がひょっと頭をあげ、おとッさん夜があけたよ、そとがあかるくなってきました、今日は浅草へゆくのネイ、そうだ今日はつれてゆくよ、今まで半ねぶりで母の乳房をくちゃくちゃしゃぶって居た末のやつが、ち

古代之少女伊藤左千夫1時間〜35,803

一  かこひ内の、砂地の桑畑は、其畝々に溜つてる桑の落葉が未だ落ちた許りに黄に潤うて居るのである。

一  かこひ内の、砂地の桑畑は、其畝々に溜つてる桑の落葉が未だ落ちた許りに黄に潤うて居るのである。

告げ人伊藤左千夫30分以内7,885

雨が落ちたり日影がもれたり、降るとも降らぬとも定めのつかぬ、晩秋の空もようである。

雨が落ちたり日影がもれたり、降るとも降らぬとも定めのつかぬ、晩秋の空もようである。

老獣医伊藤左千夫60分以内12,811

一  糟谷獣医は、去年の暮れ押しつまってから、この外手町へ越してきた。

一  糟谷獣医は、去年の暮れ押しつまってから、この外手町へ越してきた。

大雨の前日伊藤左千夫10分以内2,514

此頃は実に不快な天候が続く。

此頃は実に不快な天候が続く。

箸伊藤左千夫60分以内14,699

一  朝霧がうすらいでくる。

一  朝霧がうすらいでくる。

井戸伊藤左千夫5分以内1,255

吾郷里九十九里辺では、明治六年に始めて小学校が出来た。

吾郷里九十九里辺では、明治六年に始めて小学校が出来た。

牛舎の日記伊藤左千夫5分以内1,646

一月十日 午前運動の為め亀井戸までゆき。

一月十日 午前運動の為め亀井戸までゆき。

紅葉伊藤左千夫30分以内6,171

秀麗世にならひなき二荒の山に紅葉かりせはやと思ひたち木の芽の箱をは旅路の友と頼みつゝ丙申の秋神無月廿日の午の後二時半と云ふに上野の山のふもとより※車にこそうち乘りけれ いかはかり紅葉の色や深からん山また山のおくをわけなは 赤羽さわらひ浦和大宮なと夢の間に打過て上野の國宇都宮[#「上野の國宇都宮」はママ]にそ日は暮にける はる/\ときしやに訪へはや紅葉しゝ紅葉のかけの猶もまたるゝ しはしやすろふ暇も

秀麗世にならひなき二荒の山に紅葉かりせはやと思ひたち木の芽の箱をは旅路の友と頼みつゝ丙申の秋神無月廿日の午の後二時半と云ふに上野の山のふもとより※車にこそうち乘りけれ いかはかり紅葉の色や深からん山また山のおくをわけなは 赤羽さわらひ浦和大宮なと夢の間に打過て上野の國宇都宮[#「上野の國宇都宮」はママ]にそ日は暮にける はる/\ときしやに訪へはや紅葉しゝ紅葉のかけの猶もまたるゝ しはしやすろふ暇も

廃める伊藤左千夫60分以内16,982

一 「や、矢野君だな、君、きょう来たのか、あそうか僕の手紙とどいて。」  主人はなつかしげに無造作にこういって玄関の上がりはなに立った。

一 「や、矢野君だな、君、きょう来たのか、あそうか僕の手紙とどいて。」  主人はなつかしげに無造作にこういって玄関の上がりはなに立った。

師を失いたる吾々伊藤左千夫5分以内1,530

貴墨拝見仕候、新に師を失いたる吾々が今日に処するの心得いかんとの御尋、御念入の御問同憾の至に候、それにつき野生も深く考慮を費したる際なれば、腹臓なく愚存陳じ申べく候  正岡先生の御逝去が吾々のために悲哀の極みなることは申までもなく候えども、その実先生の御命が明治三十五年の九月まで長延び候はほとんど天の賜とも申すべきほどにて、一年か一年半は全く人の予想よりも御長生ありしことと存じ候、しかるを先生御生

貴墨拝見仕候、新に師を失いたる吾々が今日に処するの心得いかんとの御尋、御念入の御問同憾の至に候、それにつき野生も深く考慮を費したる際なれば、腹臓なく愚存陳じ申べく候  正岡先生の御逝去が吾々のために悲哀の極みなることは申までもなく候えども、その実先生の御命が明治三十五年の九月まで長延び候はほとんど天の賜とも申すべきほどにて、一年か一年半は全く人の予想よりも御長生ありしことと存じ候、しかるを先生御生

正岡子規君伊藤左千夫30分以内4,089

子規画「左千夫像」 (明治33年頃)  吾が正岡先生は、俳壇の偉人であって、そしてまた歌壇の偉人である。

子規画「左千夫像」 (明治33年頃)  吾が正岡先生は、俳壇の偉人であって、そしてまた歌壇の偉人である。

滝見の旅伊藤左千夫5分以内1,981

七月十五日は根岸庵の会日なり。

七月十五日は根岸庵の会日なり。

絶対的人格伊藤左千夫10分以内3,836

子規子の世を去るなり、天下の操觚者ほとんど筆を揃てその偉人たることを称す、子規子はいかなる理由によって偉人と称せられたるか、世人が子規子を偉人とするところの理由いかんと見れば、人おのおのその言うところを異にし、毫も帰一するところあるなく、しこうしてただその子規子は偉人なりという点においてのみ、一致せるの事実を見たるは最も味うべき点なりとす。

子規子の世を去るなり、天下の操觚者ほとんど筆を揃てその偉人たることを称す、子規子はいかなる理由によって偉人と称せられたるか、世人が子規子を偉人とするところの理由いかんと見れば、人おのおのその言うところを異にし、毫も帰一するところあるなく、しこうしてただその子規子は偉人なりという点においてのみ、一致せるの事実を見たるは最も味うべき点なりとす。

水籠伊藤左千夫30分以内4,637

表口の柱へズウンズシリと力強く物のさわった音がする。

表口の柱へズウンズシリと力強く物のさわった音がする。

家庭小言伊藤左千夫30分以内7,906

一  近頃は、家庭問題と云うことが、至る所に盛んなようだ。

一  近頃は、家庭問題と云うことが、至る所に盛んなようだ。

市川の桃花伊藤左千夫5分以内288

停車場で釣錢と往復切符と一所に市川桃林案内と云ふ紙を貰つて汽車へのツタ、ポカ/\暖い日であつたから三等車はこみ合つて暑かつたが二等車では謠本を廣げて首をふつて居る髯を見うけた。

停車場で釣錢と往復切符と一所に市川桃林案内と云ふ紙を貰つて汽車へのツタ、ポカ/\暖い日であつたから三等車はこみ合つて暑かつたが二等車では謠本を廣げて首をふつて居る髯を見うけた。

白菊伊藤左千夫5分以内513

茅野停車場の十時五十分発上りに間に合うようにと、巌の温泉を出たのは朝の七時であった。

茅野停車場の十時五十分発上りに間に合うようにと、巌の温泉を出たのは朝の七時であった。

子規と和歌伊藤左千夫10分以内3,712

正岡君については、僕などあまりに親しかッたものですから、かえって簡単にちょっと批評するということ難かしいのです、そりゃ彼の人の偉いところやまた欠点も認めて居ないこともないのですが、どうも第三者の位置にあるよう、冷静な評論は出来ませんよ。

正岡君については、僕などあまりに親しかッたものですから、かえって簡単にちょっと批評するということ難かしいのです、そりゃ彼の人の偉いところやまた欠点も認めて居ないこともないのですが、どうも第三者の位置にあるよう、冷静な評論は出来ませんよ。

草花日記伊藤左千夫5分以内308

○九月十日 表具屋を呼びて是真筆朝顔の掛軸の表装仕直を命ず。

○九月十日 表具屋を呼びて是真筆朝顔の掛軸の表装仕直を命ず。

根岸庵訪問の記伊藤左千夫10分以内2,359

近来不良勝なる先生の病情片時も心にかからぬ事はない。

近来不良勝なる先生の病情片時も心にかからぬ事はない。

竹乃里人伊藤左千夫60分以内14,092

先生が理性に勝れて居ったことは何人も承知しているところだが、また一方には非度く涙もろくて情的な気の弱いところのあった人である、それは長らく煩って寝ていたせいでもあろうけれど、些細なことにも非常に腹立って、涙をこぼす果ては声を立てて泣くようなことが珍らしくない、その替わりタワイもないことにも悦ぶこともある。

先生が理性に勝れて居ったことは何人も承知しているところだが、また一方には非度く涙もろくて情的な気の弱いところのあった人である、それは長らく煩って寝ていたせいでもあろうけれど、些細なことにも非常に腹立って、涙をこぼす果ては声を立てて泣くようなことが珍らしくない、その替わりタワイもないことにも悦ぶこともある。

歌の潤い伊藤左千夫30分以内4,643

潤いのある歌と、味いのある歌と、そこにどういう差があるかと考えて見た。

潤いのある歌と、味いのある歌と、そこにどういう差があるかと考えて見た。

浜菊伊藤左千夫30分以内10,409

汽車がとまる。

汽車がとまる。

姪子伊藤左千夫30分以内5,474

麦搗も荒ましになったし、一番草も今日でお終いだから、おとッつぁん、熱いのに御苦労だけっと、鎌を二三丁買ってきてくるっだいな、此熱い盛りに山の夏刈もやりたいし、畔草も刈っねばなんねい……山刈りを一丁に草刈りを二丁許り、何処の鍛冶屋でもえいからって。

麦搗も荒ましになったし、一番草も今日でお終いだから、おとッつぁん、熱いのに御苦労だけっと、鎌を二三丁買ってきてくるっだいな、此熱い盛りに山の夏刈もやりたいし、畔草も刈っねばなんねい……山刈りを一丁に草刈りを二丁許り、何処の鍛冶屋でもえいからって。

守の家伊藤左千夫10分以内3,597

実際は自分が何歳の時の事であったか、自分でそれを覚えて居たのではなかった。

実際は自分が何歳の時の事であったか、自分でそれを覚えて居たのではなかった。

奈々子伊藤左千夫30分以内9,572

その日の朝であった、自分は少し常より寝過ごして目を覚ますと、子供たちの寝床は皆からになっていた。

その日の朝であった、自分は少し常より寝過ごして目を覚ますと、子供たちの寝床は皆からになっていた。

水害雑録伊藤左千夫60分以内12,339

一  臆病者というのは、勇気の無い奴に限るものと思っておったのは誤りであった。

一  臆病者というのは、勇気の無い奴に限るものと思っておったのは誤りであった。

春の潮伊藤左千夫1時間〜39,015

一  隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。

一  隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。

河口湖伊藤左千夫30分以内4,594

段ばしごがギチギチ音がする。

段ばしごがギチギチ音がする。

去年伊藤左千夫60分以内16,420

一  君は僕を誤解している。

一  君は僕を誤解している。

紅黄録伊藤左千夫30分以内9,565

成東の停車場をおりて、町形をした家並みを出ると、なつかしい故郷の村が目の前に見える。

成東の停車場をおりて、町形をした家並みを出ると、なつかしい故郷の村が目の前に見える。

茶の湯の手帳伊藤左千夫30分以内7,895

一 茶の湯の趣味を、真に共に楽むべき友人が、只の一人でもよいからほしい、絵を楽む人歌を楽む人俳句を楽む人、其他種々なことを楽む人、世間にいくらでもあるが、真に茶を楽む人は実に少ない。

一 茶の湯の趣味を、真に共に楽むべき友人が、只の一人でもよいからほしい、絵を楽む人歌を楽む人俳句を楽む人、其他種々なことを楽む人、世間にいくらでもあるが、真に茶を楽む人は実に少ない。

竹の里人 一伊藤左千夫5分以内1,969

同人が各自、種々なる方面より見たる故先生をあらはさむことにつとむ 考へて見ると實に昔が戀しい、明治三十三年の一月然かも二日の日から往き始めた予は、其以前の事は勿論知らぬのであるが、予が往き始めた頃はまだ頗る元氣があつたもので、食物は菓物を尤も好まれたは人も知つてゐるが、甘い物なら何でも好きといふ調子で、壯健の人をも驚かす位喰ふた、御馳走の事といつたら話をしても悦んだ程で、腰は立なくとも左の片肘を

同人が各自、種々なる方面より見たる故先生をあらはさむことにつとむ 考へて見ると實に昔が戀しい、明治三十三年の一月然かも二日の日から往き始めた予は、其以前の事は勿論知らぬのであるが、予が往き始めた頃はまだ頗る元氣があつたもので、食物は菓物を尤も好まれたは人も知つてゐるが、甘い物なら何でも好きといふ調子で、壯健の人をも驚かす位喰ふた、御馳走の事といつたら話をしても悦んだ程で、腰は立なくとも左の片肘を

落穂伊藤左千夫30分以内8,937

水田のかぎりなく広い、耕地の奥に、ちょぼちょぼと青い小さなひと村。

水田のかぎりなく広い、耕地の奥に、ちょぼちょぼと青い小さなひと村。