長沢佑の全作品

この頃の寒さに足腰の痛みにわしは憶い出すんだ忰のことがやっぱり親子のつながりだわい「お前等にもわかる時が来る」今になって彼奴の言葉が身に滲みてくる彼奴の云ったこと彼奴のやって来たことやっぱり貧乏人のやらねばならんことだったのだ憶い出すと身震いがする彼奴の入営した翌年春の大争議にわしら四百の小作は××川の土堤で警官と軍隊に取り巻かれた鍬が飛んだ、石が飛んだ剣が抜かれ...

七月――焼けただれた太陽が地を射す幽明の地をめざして行進する華やかな一群臨時列車は、――海へ――山へ……………………誰だッ？汗を吝（お）しむ奴等は？土堤の上にはわんわんと燃えるかげろう、じりじりと焼きつける田の底頭上には、太陽がありったけの元気で踊ってる。

一九二九年四月十六日未明、同志吉田君はやられた。

春――三月――薄氷をくだいておらあ田んぼを打っためっぽー冷こい水だ足が紫色に死んで居やがる今日は初田打晩には一杯飲めるべーと気付いたのでおらあ勇気を出したベッー※手に唾をひっかけて鍬の柄をにぎっただがやっぱりだめ手がかじかんで動かないちきしょうおらあやっぱり小作人なんだそれから夏が来た煮えかかるような田の中で俺達は除草機の役をする十日も続く指の先か...

三月の午後雪解けの土堤っ原で子供らが蕗のとうを摘んでいるやせこけたくびすじ血の気のない頬の色ざるの中を覗き込んで淋しそうに微笑んだ少女の横顔のいたいたしさおお、飢えと寒さの中に今も凶作地の子供達は熱心に蕗のとうを摘んでいる子供等よ！お前らの兄んちゃんは何をして警官に縛られたのか何の為に満洲へ送られて行ったのか姉さん達はどうして都会から帰って来たのかお前らは知っ...

夜の十一月北国はもう冬の寒さだ硝子屑のような鋭い空ッ風が日本海を越えて吹いて来る荒涼とした夜の越後平野に点々とみえるにぶい灯あれはみんな仲間の住家だ革命記念日の闘争を前にヨビ検の魔の手を逃れ移動事務所を此処に持った二人の書記今日で四日の穴居生活だ沈黙の中に一切の準備は終り武装された兵士は現在――戦いの野に旅たたんとしているそとは夜更けだ野末を渡る夜烏の声...