田中貢太郎の全作品

明の末の話である。

秦郵という処に王鼎という若い男があったが、至って慷慨家で家を外に四方に客遊していた。

支那の万暦年中、毘陵に猿曳の乞児があって、日々一疋（ぴき）の猴（さる）を伴れて、街坊に往き、それに技をさして銭を貰っていたが、数年の後にその金が集まって五六両になった。

長安に、方棟という男があった。

村に一人の男があって梨を市に売りに往ったが、すこぶる甘いうえに芳もいいので貴い値で売れた。

孔雪笠は、孔子の子孫であった。

陵陽の朱爾旦は字を少明といっていた。

車という男は、貧乏でありながら酒ばかり飲んでいた。

桑生は泝州の生れであって、名は暁、字は子明、少い時に両親に死別れて紅花埠という所に下宿していた。

粤西に孫子楚という名士があった。

直隷に富豪があって家庭教師を傭おうとしていると、一人の秀才が来て、自分を傭うてくれと言った。

魚容という秀才があった。

馬子才は順天の人であった。

揚子江と灌水の間の土地では、蛙の神を祭ってひどく崇めるので、祠（ほこら）の中にはたくさんの蛙がいて、大きいのは籠ほどあるものさえある。

福建の曾孝廉が、第一等の成績で礼部の試験に及第した時、やはりその試験に及第して新たに官吏になった二三の者と郊外に遊びに往ったが、毘廬禅院に一人の星者が泊っているということを聞いたので、いっしょに往ってその室へ入った。

陳弼教は幼な名を明允といっていた。

劉海石は蒲台の人であった。

不意に陽がかげって頭の上へ覆をせられたような気がするので、南三復は騎っている驢（ろば）から落ちないように注意しながら空を見た。

水莽という草は毒草である。

お種は赤い襷をかけ白地の手拭を姉様冠りにして洗濯をしていた。

暖かな春の夜で、濃い月の光が霞のかかったように四辺の風物を照らしていた。

本話寒い風に黄ばんだ木の葉がばらばらと散っていた。

高知県高岡郡の奥の越知と云う山村に、樽の滝と云う数十丈の大瀑がある。

常陸と下総との間を流れた大利根の流れは、犬吠崎の傍で海に入っている。

お作の家には不思議なことばかりがあった。

土佐の国の東端、阿波の国境に近い処に野根山と云う大きな山があって、昔は土佐から阿波に往く街道になっていた。

土佐の海岸にあった私の村には、もうその比洋行するような人もあって、自由主義の文化はあったが未だ日清戦役前の半農半漁の海村のことであるから、村の人の多くの心を支配したものは原始的な迷信であった。

なむあみだぶ、なむあみだぶ、こんなことを口にするのは、罪深い業でございますが、門跡様の御下向に就いて思い出しましたから、ちょっと申します。

寛文十年と云えば切支丹で世間が騒いでいる時である。

大正十二年九月一日の朝は、数日来の驟雨模様の空が暴風雨の空に変って、魔鳥の翅（はね）のような奇怪な容をした雲が飛んでいたが、すぐ雨になって私の住んでいる茗荷谷の谷間を掻き消そうとでもするように降って来た。

大正十二年九月一日、天柱拆（さ）け地維欠くとも言うべき一大凶変が突如として起り、首都東京を中心に、横浜、横須賀の隣接都市をはじめ、武相豆房総、数箇国の町村に跨がって、十万不冥の死者を出した災変を面のあたり見せられて、何人か茫然自失しないものがあるだろうか。

序記国土成生の伝説大正十二年九月一日の大地震及び地震のために発したる大火災に遭遇して、吾吾日本人は世界の地震帯に縁取られ、その上火山系の上に眠っているわが国土の危険に想到して、今さらながら闇黒な未来に恐怖しているが、しかし考えてみれば、吾吾は小学校へ入った時から、わが国土が地震と火山とに終始していて、吾吾国民の上には遁（のが）れることのできない宿命的な危険が口を開いて待っているということを教えられていたように思われる。

土佐の侍で大塚と云う者があった。

火鉢に翳している右の手の甲に一疋の蠅が来て止った。

某禅寺に壮い美男の僧があって附近の女と関係しているうちに、僧は己の非行を悟るとともに大に後悔して、田舎へ往って修行をすることにした。

越中の放生津の町中に在る松や榎の飛び飛びに生えた草原は、町の小供の遊び場所であった。

昼飯がすむと、老婆は裏の藪から野菊や紫苑などを一束折って来た。

千住か熊谷かのことであるが、其処に某尼寺があって、その住職の尼僧と親しい壮い男が何時も寺へ遊びに来ていたが、それがふっつりと来なくなった。

町の酒屋では壮い主人が亡くなったので、その日葬式を済まして、親類や手伝いに来て貰った隣の人びとに所謂涙酒を出し、それもやっと終って皆で寝たところで、裏門の戸をとんとんと叩く者があった。

小八はやっと目ざした宿屋へ着いた。

土佐長岡郡の奥に本山と云う処がある。

番町の青山主膳の家の台所では、婢（げじょ）のお菊が正月二日の昼の祝いの済んだ後の膳具を始末していた。

元禄年間のことであった。

蒲留仙五十前後の痩せてむさくるしい容をしている詩人、胡麻塩の長いまばらな顎髯を生やしている。

肥後の菊池家に磯貝平太左衛門武行と云う武士があった。

多摩川縁になった調布の在に、巳之吉という若い木樵がいた。

幕末の話である。

萩原新三郎は孫店に住む伴蔵を伴れて、柳島の横川へ釣に往っていた。

私は物を書く時、面白い構想が浮ばないとか、筋が纏（まと）まらないとかいうような場あいには、六朝小説を出して読む。

甚九郎は店に坐っていた。