豊島与志雄の全作品

近頃、文壇に懐古的気分が起ってきているのが眼につく。

自由主義は、行動方針の問題ではなくて、生活態度の問題である。

「もう遅すぎる、クレオンよ、わしの魂はもうテエベを去った。

或る男が、次のようなことを私に打明けた。

少しく距離をへだてた人家の、硝子戸のある窓や縁先から、灯火のついている室内を眺めると、往々、おかしなことを考える。

先年、Ｂ君が突然死んだ。

或る一つの文学作品中の主要人物について例えば五人の画家にその肖像を描かせるとすれば、恐らくは、可なり異った五つの肖像が得られるだろう。

誰にも逢いたくない、少しも口が利きたくない、そしてただ一人でじっとしていたい。

私の二階の書斎は、二方硝子戸になっているが、その硝子戸の或る場所に、夜になると、一匹の守宮が出て来る。

八月の中旬、立秋後、朝夕の微風にかすかな凉味が乗り初める頃、夜の明け方に、よく雨が降る。

女人といっても、老幼美醜、さまざまであるが、とにかく、女性として関心のもてる程度の、年配と容貌とをそなえてる方々のことなのであって――。

筑後川右岸の、平坦な沃野である。

外出間際の来客は、気の置けない懇意な人で、一緒に外を歩きながら話の出来る、そういうのが最もよい。

某氏ある時、年賀状の返信を書いていた。

現今の少年は、非常に明るい眼をもっている、空想は空想として働かしながらも、事実のあるがままの姿を、大袈裟に云えば現実を、じっと眺めそして見て取るだけの視力をもっている。

文学の中に吾々は、種々の意味で心惹かるる人物を沢山持っている。

横光利一氏の「紋章」のなかには、「私」という言葉で現わされてる一人の文学者が出てくる。

十一谷君とは大正十年以來の交誼を得ていたが、その間の十一谷君と切り離せないものは、碁、麻雀、煙草、古い反故るい……。

美しい木立、柔かな草原、自然の豊かな繁茂の中に、坦々たる街道が真直に続き、日は麗わしく照っている。

バルザックは「砂漠の情熱」という短篇のなかで、砂漠をさ迷う一兵士が一頭の雌豹に出逢い、生命を賭したふざけ方をしながら数日過すことを、描いている。

それを二十世紀的と云おうと、現代と云おうと、或は新時代と云おうと、言葉はどうでもよろしいが、過去と現在との間に一種の距離を感じ、歴史の必然的なるべき推移のうちに一種の飛躍を感ずる、そういう時代に吾々は在る。

事変下の文学について、改めて文学の実体ということが問題になってきた。

優れた作品にじっと眼を注ぐ時、いろいろな想念が浮んでくる。

Ａ神社参拝は、良俗の一つとなっている。

木村は云う――。

祖母はいつも綺麗でした。

内に漲る力、中から盛りあがってくる精神が、新たな建設には必須の条件である。

高千穂峰はよい山である。

Ａ現に中央アラビア国の元首で、全アラビア人の信望を一身に担い、モハメッドの再来と目せられて、汎回教運動に多大の刺戟を与えている怪傑、イブン・サウドが、二十数年前、中央アラビアの砂漠の中を、少数の手兵を率いて疾駆していた頃の話である。

今になって、先ず漠然と思い起すのは、金網のなかの仔猿のことである。

台湾の印象は、まず山と川から来る。

大平野の中で、吾々は或る錯覚を持つことが多い。

青島水族館は全く名ばかりのちっぽけなものであるが、ここの硝子の水槽のなかに、ウマヅラハギというおかしな魚が一匹いる。

杭州へ行った人は大抵、同地の芝原平三郎氏の存在に気付くであろう。

上海の顔貌はなかなか捉え難い。

今時、竜宮の話などするのはちとおかしいが、また逆に、こういう時代だから、竜宮の話も少しはしてよかろう。

坪井君は丹波の人である。

楊先生――私達の間では彼はいつもそう呼ばれた。

過日、あの男に逢った時、私は深い寂寥に沈んでいた。

廃墟のなかに、そしてその上に、打ち建てられるであろう建築は、新らしい様式のものであらねばなるまい。

文学は真実なものであらねばならぬこと、勿論である。

ごく大雑把にそして極めて素朴に、人間の生活の理想的な在り方を考えてみる。

戦争は終ったが、平和は到来しなかった。

高度文化国建設のため、今や新たな出発をなさなければならない時に当って、吾々は三木清の知性を想う。

その昔、といっても日華事変前頃まで、所謂土手の小林は、吾々市井の酒飲みにとって、楽しい場所だった。

昭和二十三年四月二十五日、日曜日の、午後のこと、電話があった。

猫好きな人は、犬をあまり好かない。

忙中の小閑、うっとりと物思いに沈む気分になった時、いたずらにペンを執って、手紙でも書いてみようという、そんな相手はないものだろうか。

夜の東京の、新宿駅付近や、上野不忍池付近は、一種のジャングル地帯だと言われる。

一九四五年八月六日午前八時十五分、広島市中央部の上空に世界最初の原子爆弾が炸裂してから、四年数ヶ月になる。