10分以内で読める青空文庫の短編作品

細い流れがうねって引込んである。

雨が降って寒い夕暮など、私はわざと傘を右に傾け、その方は見ないようにして通るのだ。

文芸のような無限の仕事をするものにとって、十年という月日は決して長いものではありません、考えように依ってはほんの僅かな一瞬間に過ぎないのに。

ぼんやり薄曇っていた庭の風景が、雲の工合で俄に立体的になった。

玄関の横の少し薄暗い四畳半、それは一寸茶室のような感じの、畳からすぐに窓のとってあるような、陰気な部屋だった。

紫苑が咲き乱れている。

十月三十一日晴起きてみると誰の姿も見えず。

或る洋画家のところへ、来月お金が入ることになった。

土曜・日曜でないので、食堂は寧ろがらあきであった。

今日も雨だ。

志賀直哉氏編、座右宝の中に、除熙の作と伝えられている蓮花図がある。

洋傘だけを置いて荷物を見にプラットフォームへ出ていた間に、児供づれの女が前の座席へ来た。

どんな作家でも、はじめて作品が雑誌なら雑誌に発表されたという意味での処女作のほかに、ほんとの処女作というのもおかしいが誰にもよまれず、永年のうちには書いた自分自身さえそのことは忘れてしまっているというような処女作がきっとあるだろうと思う。

旧佐倉街道を横に切れると習志野に連る一帯の大雑木林だ。

活字となって雑誌に発表された処女作の前に、忘れることの出来ない、もう一つの小説がある。

ある夜細長い土間のところへ入って右手を見ると、そこがもう座敷で、うしろの壁いっぱいに箪笥がはめこんである。

近くには黄色く根っ株の枯れた田圃と桑畑、遠くにはあっちこっちに木立と森。

ふつか小雨が降って、晴れあがったら、今日は山々の眺めから風の音まで、いかにもさやかな秋という工合になった。

これは、長さ一寸余、たけ一寸ばかりの小さい素人写真です。

講演作家で講演好きというたちの人は、どっちかといえば少なかろう。

雨傘をさし、爪革のかかった下駄をはいて、小さい本の包みをかかえながら、私は濡れた鋪道を歩いていた。

写真機についての思い出は、大層古いところからはじまる。

白いところに黒い大きい字でヴェルダンと書いたステーションへ降りた。

昨今の複雑で又変動の激しい世相は、一方に真面目な歴史研究への関心を刺戟しているが、若い婦人たちの間にも、益々多岐多難な女性の日常生活についての自省とともに、人類の長い歴史の消長のなかで女はどのような社会的歩きかたをして来たものかという女性史についての探求心が旺になっているのは、現代日本の興味ある一つの現象であると思う。

その時分に、まだ菊人形があったのかどうか覚えていないが、狭くって急な団子坂をのぼって右へ曲るとすぐ、路の片側はずっと須藤さんの杉林であった。

あちこちに廃墟が出来てから、東京という都会の眺望は随分かわった。

母かたの祖母も父かたの祖母も長命な人たちであった。

この間日比谷の公会堂であった自由学園の音楽教育成績発表会へ行って、それについての様々な感想につれて、自分たちが小さかった頃の生活のうちに、音楽がもたらしたあれこれの情景をなつかしく思いおこした。

向島の堤をおりた黒い門の家に母方の祖母が棲んでいて、小さい頃泊りに行くと、先ず第一に御仏壇にお辞儀をさせられた。

鏡父かたの祖母は晩年の僅かをのぞいて、生涯の大半は田舎住居で過ごしたひとであった。

火野葦平さんが先頃帰還されて、帰還兵の感想という文章を新聞にかいていました。

私は映画がすきなくせにいつも野暮ったい観かたばかりしているのだけれど、さきごろの「カッスル夫妻」でも、いろいろの印象をのこされた。

友達と火鉢に向いあって手をかざしていたら、その友達がふっと気づいたように、「ああ、一寸、これ御覧なさい。

この頃は日本の女の服装について、簡単であること、働きよいこと、金をかけないことがどこででも云われている。

ユリチャン、コレガオトーサマノ、ノッテイルフネデス。

いろいろと材料が不足して来ている台所でも、今日の私たちは心持も体もいくらか潤う食事をこしらえてゆくことに骨おしみしてはいまい。

母中條葭江は、明治八年頃東京築地で生れ、五十九歳で没しました。

人間が、人間らしく幸福に住むためには、どの位の空間がいるものでしょう。

用事があって、岩手県の盛岡と秋田市とへ数日出かけた。

一、今年は珍しく豊年の秋ということで、粉ばかりの食卓にも一すじの明るさがあります。

朝、めをさまして、もう雨戸がくられている表廊下から外を見て私はびっくりしたし、面白くもなった。

女学校しか出ていない日本の女性に、「学生生活」の思い出というようなものがあるだろうか。

わたしの青春について語るとき、そこには所謂階級的なヒロイズムもないし、勤労者的な自誇もない。

わたしたちの時代には、学校がそこにあった関係から、お茶の水と呼んでいた附属高女の専攻科の方が見えて、雑誌に何かかくようにと云われた。

三月十五日に発行された文学新聞に、無名戦士の墓へ合葬された人々の氏名が発表されていた。

春のなだれは、どんなふうにして起るだろう。

今年はいろいろな意味で非常に重大な年だと思います。

二三日前にふった雪がまだとけずにまっしろく日にかがやいている。

わたしのところに十三篇の原稿がまわされてきた。

萩、刈萱、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔。