国枝史郎の全作品

この捕り縄はポンと右手がふところへはいり、同時に左手がヒョイとあがった。

まだ真夜中にはなっていなかった。

年増女の美しさは、八月の肌を持っているからだ。

中央線木曾福島！ただ斯（こ）う口の中で云っただけでも私の心は踊り立つ。

夕飯の時刻になったので新井君と自分とは家を出た。

石川島監獄の内は陰森として暗らかった。

夜にはあらじ霧ふかき昼なりき町は霧にて埋もれたり霧町に降り降りたる霧町を埋めたり日はあれど月より朧（おぼ）ろにて家あれど墓より陰影的なりき葬礼の列なりやそこに、ここに、行く者は？あらじ歩める人の群なりき昼の鐘遠くきこえ夜の鐘に似たれどもただ似たるなり霧ふかき町なれば鐘の音迷えるなり玩具屋ありき会堂ありき...

昨日のように今日も矢っ張り太陽は西に沈んで行く。

季節は五月。

ボーン！音だ！ピストルの音だ！……と、そんなように思われた。

明日は闘牛の初日というのでコルドバの町は賑わっていた。

「あの、もしもし」と女の声。

まだ若い英国の考古学者の、ドイルス博士は其（その）日の午後に、目的地のギゼーへ到着した。

ミラは何うしても眠れなかった。

バルビューさんの亡霊が市中へ出るという噂が、誰からともなく云い出された。

熱病やみか狂人か私の負傷は癒えなかったけれど、故郷を出てから六月目に、それでもマドリッドへ帰って来た。

拉薩の街は賑かであった。

駕籠を襲う者天明五年十一月、三日の夜の深更であった。

一人の年老いた人相見が、三河の国の碧海郡の、八ツ橋のあたりに立っている古風な家を訪れました。

蚤とり武士「蚤とりましょう。

17「おやっ！」と叫んだ長谷川の声がひどく間が抜けて大きかったので、山本は危なくコーヒー茶碗をテーブルの上へ落とそうとした。