1時間〜で読める宮本百合子の長編作品

何か物音がする……何か音がしている……目ざめかけた意識をそこへ力の限り縋（すが）りかけて、ひろ子はくたびれた深い眠りの底から段々苦しく浮きあがって来た。

一月三日〔巣鴨拘置所の顕治宛目白より（封書）〕一月三日第一信私たちの九年目の年がはじまります、おめでとう。

一月二日〔巣鴨拘置所の顕治宛駒込林町より（封書）〕初春景物笹の根に霜の柱をきらめかせうらら冬日は空にあまねしこういう奇妙なものをお目にかけます。

隣の家の篠竹が根をはって、こちらの通路へほそい筍（たけのこ）を生やしている。

一月二日〔巣鴨拘置所の顕治宛目白より（封書）〕一月二日第一信さて、あけましておめでとう。

処女の死と赤い提灯まだ二十を二つ越したばかりの若い処女が死んだ、弱い体で長い間肺が悪かっただけその短い生涯も清いものだった。

鴨青々した草原と葦の生えた沼をしたって男鴨は思わず玉子色の足をつまだてて羽ばたきをした。

古き小画宮本百合子スーラーブは、身に迫るような四辺（あたり）の沈黙に堪えられなくなって来た。

表玄関の受附に、人影がなかった。

そこは広い野原で、かなたに堤防が見えた。

（※）［＃「（I）」は縦中横］東海道本線を三等寝台車が走るようになった。

あっちこっちで帰り支度がはじまった。

朝飯がすんで、雑役が監房の前を雑巾がけしている。

玄関の大きい硝子戸は自働ベルの音を高く植込みのあたりに響かせながらあいた。

やっと客間のドアのあく音がして、瑛子がこっちの部屋へ出て来た。

［＃ページの左右中央］道標第一部［＃改丁］第一章からだの下で、列車がゴットンと鈍く大きくゆりかえしながら止った。

一九四五年八月十五日の日暮れ、妻の小枝が、古びた柱時計の懸っている茶の間の台の上に、大家内の夕飯の皿をならべながら、「父さん、どうしましょう」ときいた。

大きな実験用テーブルの上には、大小無数の試験管、ガラス棒のつっこまれたままのビーカア。

伸子は両手を後にまわし、半分明け放した窓枠によりかかりながら室内の光景を眺めていた。

渋谷家の始祖宮本百合子正隆が、愈々（いよいよ）六月に農科大学を卒業して、帰京するという報知を受取った、佐々未亡人の悦びは、殆ど何人の想像をも、許さないほどのものであった。

我に叛く宮本百合子電報を受取ると同時に、ゆき子は、不思議に遽（あわただ）しい心持になってきた。

南路宮本百合子シューッ、シューッ、……ギー。

貧しき人々の群宮本百合子序にかえてＣ先生。

Ｋ商店の若い者達の部屋は、今夜も相変らず賑やかである。

春になってから沼の水はグッとふえた。

或る日、ユーラスはいつもの通り楽しそうな足取りで、森から森へ、山から山へと、薄緑色の外袍を軽くなびかせながら、さまよっていました。

三郎爺宮本百合子今からはもう、六十七八年もの昔まだ嘉永何年といった時分のことである。

手提鞄の右肩に赤白の円い飛行会社のレベルがはられた。

レーニングラードへ夜十一時。

――この頃は、ぼつぼつソヴェト映画が入って来るようだね。

――目に見える変化――ソヴェト文壇の空気はこの一二年に、ひどくかわった。

短い前書ソヴェト同盟の生産面における五ヵ年計画というものは、今度はじめて試みられたものではなかった。

過去への瞥見今日の日本文学のありようは、極めて複雑である。

偉大な作家の生涯の記録とその作品とによって今日までのこされている社会的又芸術的な具体的内容は、常に我々にとって尽きぬ興味の源泉であるが、中でも卓越した少数の世界的作家の制作的生涯というものは、後代、文学運動の上に何かの意味で動揺・新たな方向への模索が生じた時期に、必ず改めて究明・再評価の対象として広汎な読者大衆の手にとりあげられるものであると思う。

前書一九三六年六月十八日。

大正年代は、日本の文学界にもヨーロッパ大戦後の世界を洗いはじめたさまざまの文学的動きを、日本独特の土壤の上に成育させながら、極めて複雑な形で昭和に歩み進んだ。

婦人と文学一、藪の鶯一八八六―九六（明治初期一）二、「清風徐ろに吹来つて」（明治初期二）三、短い翼一八九七―一九〇六（明治三十年代）四、入り乱れた羽搏き一九〇七―一七（明治四十年代から大正初頭へ）五、分流（大正前期）六、この岸辺には一九一八―二三（大正中期）七、ひろい飛沫一九二三―二六（大正末期から昭和へ）八、合わせ鏡一九二六―三三（昭和初頭）九、人間の像一九三四―三七（...

昨年十月から今年の十月まで一年が経ちました。

十二月号の雑誌や新聞には、例年のしきたりで、いくたりかの作家・評論家によって、それぞれの角度から一九四九年の文壇が語られた。

黎明［＃「黎明」はゴシック体］（一八六〇―一九〇〇）一八六八年、フランス資本主義に後援されていた徳川幕府の最後の抵抗がやぶれた。

はしがき一、現在のソ同盟の労働者・農民の生活二、ソヴェト同盟の兄弟たちは、どんな闘争を通じて勝利を得たのか三、ソヴェト同盟の国家体制と日本の国家体制はしがき去る九月十八日、日本、満州国の全土にわたって、支配階級の命令に基いて、「満州事変」一週［＃「週」はママ］年記念の祝賀と示威が行われた。

封建の世界言葉に云いつくされないほどの犠牲を通して、日本に初めて、人民が自分の幸福の建設のために、自分達で判断し行動することの出来る時代が到達した。

序論三つの段階※新聞・通信・ラジオ出版雑誌書籍※教育国字・国語宗教科学※文学映画・演劇音楽舞踊美術スポーツ文化組織国際文化組織序論三つの段階一九四五年八月十五日から今日まで二年数ヵ月の間に、日本が経...

雑信（第一）Ｃ先生――。

一月五日（月曜）山岡にかえって来る。

朝から、おぼつかない日差しがドンヨリ障子にまどろんで居る様な日である。

冬枯の恐ろしく長い東北の小村は、四国あたりの其れにくらべると幾層倍か、貧しい哀れなものだと云う事は其の気候の事を思ってもじき分る事であるが、此の二年ほど、それどころかもっと長い間うるさくつきまとうて居る不作と、それにともなった身を切る様な不景気が此等みじめな村々を今一層はげしい生活難に陥れた。

月に一二度は欠かさず寄こすお久美さんの手紙は、いつもいつも辛そうな悲しい事許り知らせて来るので※子は今度Ｋ村へ行ったら早速会って話もよく聞いて見なければと思って来は来たのだけれ共、其の人の世話になって居る家の主婦のお関を想うと行く足も渋って、待たれて居るのを知りながら一日一日と訪ねるのを延ばして居た。

京でなうても御はなは咲いた恋の使の春の小雨がたよりもて来てそとさゝやけば花は恥らふてポト笑んだ京でなうても御はなはさいた。

一足門の外に出ればもう田があきるまで見渡たせるほど田舎めいた何の変化もない、極うすい水色の様な空気の山の中に千世子の一家はもう二十年近く住んで居る。