30分以内で読める田中貢太郎の短編作品

何時の比のことであったか［＃「あったか」は底本では「あつたか」］、高崎の観音山の麓に三人の小供を持った寡婦が住んでいた。

谷崎潤一郎氏に人面疽のことを書いた物語がある。

村の男は手ごろの河原石を持って岩の凹みの上で、剥（は）いだ生樹の皮をびしゃびしゃと潰していた。

※「今日も負かしてやろうか」相場三左衛門はそう云ってから、碁盤を中にして己と向いあっている温泉宿の主翁の顔を見て笑った。

宿の主将を対手にして碁を打っていた武士は、その碁にも飽いて来たので主翁を伴れて後の庭へ出た。

玄関の格子戸がずりずりと開いて入って来た者があるので、順作は杯を持ったなりに、その前に坐った女の白粉をつけた眼の下に曇のある顔をちょと見てから、右斜にふりかえって玄関のほうを見た。

永禄四年の夏のことであった。

※（きれい）明治十七八年と云えば自由民権運動の盛んな時で、新思潮に刺戟せられた全国の青年は、暴戻な政府の圧迫にも屈せず、民権の伸張に奔走していた。

何時の比のことであったか朝鮮の王城から南に当る村に鄭（てい）と云う老宰相が住んでいた。

※（みは）小さくなった雨が庭の無花果の葉にぼそぼそと云う音をさしていた。

暗い中から驟雨のような初夏の雨が吹きあげるように降っていた。

大久保相模守は板倉伊賀守と床几を並べて、切支丹の宗徒の手入を検視していた。

務は電車の踏切を離れて丘の方へ歩いた。

※（きれい）憲一は裏庭づたいに林の方へ歩いて往った。

夕月が射して虫が鳴いていた。

外から帰って来た平兵衛は、台所の方で何かやっていた妻を傍へ呼んだ。

明治――年六月末の某夜、彼は夜のふけるのも忘れてノートと首っぴきしていた。

※建久九年十二月、右大将家には、相模川の橋供養の結縁に臨んだが、その帰途馬から落ちたので、供養の人びとに助け起されて館へ帰った。

昼間のうちは石ばりをしたようであった寒さが、夕方からみょうにゆるんでいる日であった。

給仕女のお菊さんは今にもぶらりとやって来そうに思われる客の来るのを待っていた。

ふと眼を覚ましてみると、電燈の光が微紅く室の中を照らしていた。

章一は目黒駅へ往く時間が迫って来たので急いで著更えをしていた。

神仙の実在を信じて「神仙記伝」と云う書物を編輯していたと云う宮中掌典の宮地嚴夫翁が明治四十三年、華族会館で講演した講演筆記の写しの中から得た材料によって話すことにする。

乳色をしたグローブから漏れる朧夜の月の光を盛ったような電燈の光、その柔かな光に輪廓のはっきりした※（みは）な小さな顔をだした女給のお葉は、客の前の白い銚子を執って、にっと笑いながらぽっちり残っている盃（さかずき）に注いだ。

館林の城下では女賊の噂で持ち切っていた。

明治五年比の晩春の夕方、伊良湖岬の手前の磯（いそ）に寄せて来た漁船があった。

ニコリフスクに恐ろしい殺戮の起った時分のことであった。

※（みは）真澄はその晩も台所へ往って、酒宴の後しまつをしている婢（じょちゅう）から、二本の残酒と一皿の肴（さかな）をもらって来て飲んでいた。

新吉は公園の活動写真館の前を歩きながら、今のさき点いたばかりの白昼のような電燈の光に浮き出て見える群集の顔をじろじろ見ていたが、思い出したようにその眼を活動写真館の看板絵にやった。

ぼつぼつではあるが街路の左右に点いた街路照明の電燈の燈（ひ）を見ると菊江はほっとした。

芝の青松寺で自由党志士の追悼会のあった時のことである。

※（きれい）牡丹の花の咲いたような王朝時代が衰えて、武家朝時代が顕れようとしている比のことでありました。

入口の障子をがたがたと開けて、学生マントを着た小兵な学生が、雨水の光る蛇目傘を半畳にして、微暗い土間へ入って来た。

漁師の勘作はその日もすこしも漁がないので、好きな酒も飲まずに麦粥を啜（すす）って夕飯をすますと、地炉の前にぽつねんと坐って煙草を喫んでいた。

明治十七八年比のことであった。