10分以内で読める高村光雲の短編作品

青空文庫で公開されている高村光雲の作品の中で、おおよその読了目安時間が「10分以内」の短編作品を、おすすめ人気順で表示しています。

1–33件 / 全33件

青空文庫の作品を人気順に表示
作品名著者読了時間文字数人気書き出し
幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,961

まず、いろいろの話をする前に、前提として私の父祖のこと、つまり、私の家のことを概略話します。

まず、いろいろの話をする前に、前提として私の父祖のこと、つまり、私の家のことを概略話します。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,120

これから私のことになる――  私は、現今の下谷の北清島町に生まれました。

これから私のことになる――  私は、現今の下谷の北清島町に生まれました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,703

そこで、これから師東雲先生の生い立ちを話します。

そこで、これから師東雲先生の生い立ちを話します。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,789

早速彫らされることになる――  この話はしにくい。

早速彫らされることになる――  この話はしにくい。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,575

これから火事の話をします。

これから火事の話をします。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,051

江戸のいわゆる、八百八街には、火消しが、いろは四十八組ありました。

江戸のいわゆる、八百八街には、火消しが、いろは四十八組ありました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,755

私は十四の子供で、さして役には立たぬ。

私は十四の子供で、さして役には立たぬ。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,122

明治八、九年頃は私も既に師匠の手を離れて仏師として一人前とはなっておりましたが、さて、一人前とは申しながら、まだ立派に世に立つに到ったとはいえない。

明治八、九年頃は私も既に師匠の手を離れて仏師として一人前とはなっておりましたが、さて、一人前とは申しながら、まだ立派に世に立つに到ったとはいえない。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,952

今の猫と鼠の話のあった前後の頃おい(確か十五の年)は徳川氏の世の末で、時勢の変動激しく、何かと騒擾が引き続く。

今の猫と鼠の話のあった前後の頃おい(確か十五の年)は徳川氏の世の末で、時勢の変動激しく、何かと騒擾が引き続く。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,534

上野の戦争が終んで後私が十八、九のことであったか。

上野の戦争が終んで後私が十八、九のことであったか。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,927

さて、今日から考えて見ても、当時私の身に取って、いろいろな意味において幸福であったと思うことは、師匠東雲師が、まことに良い華客場を持っていられたということであります。

さて、今日から考えて見ても、当時私の身に取って、いろいろな意味において幸福であったと思うことは、師匠東雲師が、まことに良い華客場を持っていられたということであります。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,189

とかくする中、ここに降って湧いたような事件が起りました。

とかくする中、ここに降って湧いたような事件が起りました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,286

堀田原から従前通り私は相更らず師匠の家へ通っている。

堀田原から従前通り私は相更らず師匠の家へ通っている。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,792

さて、これから後の始末をつける段となるのでありますが、急に師匠に逝かれては、どうして好いか方角も付きません。

さて、これから後の始末をつける段となるのでありますが、急に師匠に逝かれては、どうして好いか方角も付きません。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,967

蠑螺堂は壊し屋が買いましたが、百観音は下金屋が買いました。

蠑螺堂は壊し屋が買いましたが、百観音は下金屋が買いました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,492

とかくしている中、また一つ私の生活に変化が来ました。

とかくしている中、また一つ私の生活に変化が来ました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,793

「いやしくも仏師たるものが、自作を持って道具屋の店に売りに行く位なら、焼き芋でも焼いていろ、団子でもこねていろ」  これは高橋鳳雲が時々私の師匠東雲にいって聞かせた言葉だそうであります。

「いやしくも仏師たるものが、自作を持って道具屋の店に売りに行く位なら、焼き芋でも焼いていろ、団子でもこねていろ」  これは高橋鳳雲が時々私の師匠東雲にいって聞かせた言葉だそうであります。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,815

暫く話を途切らしたんで、少し調子がおかしい……何処まで話したっけ……さよう……この前の話の処でまず一段落附いたことになっていた。

暫く話を途切らしたんで、少し調子がおかしい……何処まで話したっけ……さよう……この前の話の処でまず一段落附いたことになっていた。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,154

さて、今日までの話は、私の蔭の仕事ばかりで何らこの社会とは交渉のないものであったが、これからはようやく私の生活が世間的に芽を出し掛けたことになります。

さて、今日までの話は、私の蔭の仕事ばかりで何らこの社会とは交渉のないものであったが、これからはようやく私の生活が世間的に芽を出し掛けたことになります。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,237

ちょうどこの彫工会発会当時前後は私は西町にいました。

ちょうどこの彫工会発会当時前後は私は西町にいました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,428

御徒町に転宅しまして病気も概かた癒りました。

御徒町に転宅しまして病気も概かた癒りました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,426

さて、鏡縁御欄間の仕事が終りますと、今度は以前より、もっと大役を仰せ附かりました。

さて、鏡縁御欄間の仕事が終りますと、今度は以前より、もっと大役を仰せ附かりました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,247

合田氏のはなしを聞けば、なるほど耳寄りな話である。

合田氏のはなしを聞けば、なるほど耳寄りな話である。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,726

狆の製作が終ってから暫くしてふと鶏を彫ることになりました。

狆の製作が終ってから暫くしてふと鶏を彫ることになりました。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,518

以前狆のモデルで苦労した経験がありますから、今度はチャボのモデルは好い上にも好いのを選みたいというのが私の最初の考えであった。

以前狆のモデルで苦労した経験がありますから、今度はチャボのモデルは好い上にも好いのを選みたいというのが私の最初の考えであった。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,654

それから、三月一杯掛かって、四月早々仕上げを終る……その前後にまた一つお話しをして置くことが出て来る……  美術協会の展覧会は、毎年四月に開かれることになっている。

それから、三月一杯掛かって、四月早々仕上げを終る……その前後にまた一つお話しをして置くことが出て来る……  美術協会の展覧会は、毎年四月に開かれることになっている。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,571

佐竹の原に途方もない大きな大仏が出来て、切舞台で閻魔の踊りがあるという評判で、見物人が来て見ると、果して雲を突くような大仏が立っている。

佐竹の原に途方もない大きな大仏が出来て、切舞台で閻魔の踊りがあるという評判で、見物人が来て見ると、果して雲を突くような大仏が立っている。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,697

美術学校の教授を拝命したのが三月十二日、奈良京都への出張が同月十九日、拝命早々七日ばかりで旅に出まして、旅から帰ると学校の人となり、私の今日までの私生涯がここで一転化することになったのでありますが、それはそれとして、今日はその翌年の明治二十三年の十月十一日に帝室技芸員を拝命した話をしまして、それから楠公の像を製作した話へ移りましょう。

美術学校の教授を拝命したのが三月十二日、奈良京都への出張が同月十九日、拝命早々七日ばかりで旅に出まして、旅から帰ると学校の人となり、私の今日までの私生涯がここで一転化することになったのでありますが、それはそれとして、今日はその翌年の明治二十三年の十月十一日に帝室技芸員を拝命した話をしまして、それから楠公の像を製作した話へ移りましょう。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,286

宮城前なる馬場先門の楠公銅像についてお話しましょう。

宮城前なる馬場先門の楠公銅像についてお話しましょう。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内2,736

原型の楠公像はすべて檜材を用い、原型全部出来ましたので、明治二十六年三月十六日に学校庭内に組み立て、時の文部大臣並びに学校に関係ある諸氏の一覧に供したのであるが、住友家から学校へ製作を依嘱したのが明治二十三年。

原型の楠公像はすべて檜材を用い、原型全部出来ましたので、明治二十六年三月十六日に学校庭内に組み立て、時の文部大臣並びに学校に関係ある諸氏の一覧に供したのであるが、住友家から学校へ製作を依嘱したのが明治二十三年。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,396

学校奉職時代の前に少し遡り、話し残したことを補充して置きたいと思います。

学校奉職時代の前に少し遡り、話し残したことを補充して置きたいと思います。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,105

そこでまた話がいろいろ転々しますが、平尾賛平氏が、どうしてこうも私のために厚い同情を注いで下すったかということについては、今までお話をしたばかりでは少し腑に落ちかねましょうが、これにはちょっと因縁のあることで、それをついでに話します。

そこでまた話がいろいろ転々しますが、平尾賛平氏が、どうしてこうも私のために厚い同情を注いで下すったかということについては、今までお話をしたばかりでは少し腑に落ちかねましょうが、これにはちょっと因縁のあることで、それをついでに話します。

幕末維新懐古談高村光雲10分以内3,276

その当時、私の友達で京橋桶町に萩原吉兵衛という人がありました。

その当時、私の友達で京橋桶町に萩原吉兵衛という人がありました。