パウル・トーマス・マンの全作品

第一章グスタアフ・アッシェンバッハ――または、かれの五十回目の誕生日以来、かれの名が公式に呼ばれていたとおりに言うと、フォン・アッシェンバッハは、一九××年――これはわれわれの大陸に対して、幾月ものあいだ、じつに脅威的な様子を見せた年だったが――その年の春のある午後、ミュンヘンのプリンツレゲンテン街にある自宅から、ひとりで、かなり遠くまで散歩に出かけた。

冬の太陽は僅かに乏しい光となって、層雲に蔽われたまま、白々と力なく、狭い町の上にかかっていた。

静かに！ある魂の中をのぞいて見ようと思うのだ。

ベルリン―ロオマ行の急行列車が、ある中ぐらいな駅の構内に進み入ったのは、曇った薄暗い肌寒い時刻だった。

デトレフは自分が余計者だという感じに、胸の底までおそわれるのを覚えた瞬間、まるで偶然のように、賑やかな人ごみに身をただよわせて、別れの挨拶もせず、あの二人の人の子の視線から消えてしまった。

ミュンヘンは輝いていた。

僕は白状する。

老ホフマンはその金を、南アメリカの耕地の持主として、儲けたのであった。

とがは乳母にあった。

神童が入って来る――会場はしんとしずまる。

なにか話せ？しかしなんにも知らないのだがね。

いっさいの結末として、かつ立派な大詰として、いや、あのことの全体として、今残っているものは、生活――おれの生活――が「そのいっさい」、「その全体」がおれの心に注ぎ込む、あの嫌厭ばかりである。

ジョニイ・ビショップがおれに、ヤッペとド・エスコバアルとがなぐり合いをするから、見物に行こうじゃないかといった時、おれは大いに心をうごかした。

彼は机から――例の小さいこわれそうな書物台から立ちあがって、絶望した人のごとく立ちあがって、首を垂れたまま、部屋の反対の隅にある煖炉のほうへ歩いて行った。

墓地へゆく道は、ずっと国道に添うて走っていた。

奇妙な場所が、奇妙な脳髄が、精神の棲む奇妙な領域がある――高いところに、みすぼらしく。

河岸小路から、急な上り坂になって、市内へ通じている往来の一つに、灰色通りというのがある。

ここは療養院「アインフリイト」である。

世の中には、いかに文学的修練を経た空想といえども、その成立に想到し得ぬような夫婦関係が、ずいぶんあるものである。