10分以内で読める正宗白鳥の短編作品

「蓼（たで）喰（く）う蟲（むし）」以後の谷崎君の作品は、残りなく通読しているつもりでいたが、この「武州公秘話」だけにはまだ目を触れていないのであった。

「自分に關しては、たゞ一つだけ確信してゐることがある。

時節外れの寒い風が吹いた。

杜若の蔭に金魚が動いてゐる。

私は發表する當てのないのに物を書いたことはない。

「でも、あたくし幸福だと思つてゐますのよ。

暮れに、私の家の近所を散歩してゐると、東京工業大學の門前でカミュの『誤解』上演と記されたお粗末な紙看板が目にとまつた。

縁側に蹲んで、庭の樹の葉の隙間から空を仰ぐと、満月に近い月が、涼しさうに青空に浮んでゐる。

洗足池畔の私の家の向ひは、東京近郊の桜の名所である。

吾人はアレキサンダー、シーザー、ナポレオンなど所謂英雄なる者の社会に存在したことを喜ばぬと共に、基督、釈迦、孔子など所謂聖人なる者の出現を謳歌せぬのである。

「戀とは綺麗なことを考へて汚いことを實行するものだ。

圓本續出の時代にはこの宣傳に利用されたためか、文學者の講演が盛んであつたが、このごろはあまり流行しなくなつた。

十二月中旬、私は法隆寺詣でをした。