30分以内で読めるモーリス・ルヴェルの短編作品

彼は意地悪でもなく、といって、残忍酷薄な男でもなかった。

「わたしなんか、麻酔剤をかけなければならぬような手術をうけるとしたら、知らないドクトルの手にはかかりたくありませんね」と美くしいマダム・シャリニがいいだした。

その日、私はかなり遅くまで仕事をやった。

乞食は、その日、辻馬車の扉を開け閉てして貰いためた僅かの小銭を衣嚢の底でしっかと握り、寒さで青色になって、首をちぢめて、身を切るような寒風を避ける場所を探しながら、急ぎ足の人々とともに往来を歩いて行った。

夜は刻々に暗くなってゆく。

扉が開いたけれど、私は廊下に立ちどまってもじもじしていると、「此室でございます」私を迎えに来て其家まで案内してくれた婆さんが、こういって再び促したので、私は思いきって入って行った。

「今日お発ちだそうですね、ムッシュウ」と跛（ちんば）の男が私に問いかけた。

女は寝台のそばに立って、しょんぼりと考えこんでいた。

そのジャン・ゴオテという男は、見たところ、ちっとも危険な犯罪者らしくなかった。

列車は夜闇の中をひた走りに走っていた。