中勘助の全作品

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作品名著者読了時間文字数人気書き出し
銀の匙中勘助1時間〜94,812

前篇 一  私の書斎のいろいろながらくた物などいれた本箱の抽匣に昔からひとつの小箱がしまつてある。

前篇 一  私の書斎のいろいろながらくた物などいれた本箱の抽匣に昔からひとつの小箱がしまつてある。

島守中勘助60分以内18,322

これは芙蓉の花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。

これは芙蓉の花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。

折紙中勘助5分以内737

私はまたその妹とすごした海岸の夏をわすれたことはない。

私はまたその妹とすごした海岸の夏をわすれたことはない。

結婚中勘助30分以内5,547

姉の死と同時に私のところの家庭はもう久しく予期された行きづまりに到著した。

姉の死と同時に私のところの家庭はもう久しく予期された行きづまりに到著した。

きもの中勘助5分以内1,382

生垣つづきの小路が交叉してるところで私たちはばつたり出逢つた。

生垣つづきの小路が交叉してるところで私たちはばつたり出逢つた。

小品四つ中勘助10分以内3,035

秋草  これはもうひと昔もまえの秋のひと夜の思い出である。

秋草  これはもうひと昔もまえの秋のひと夜の思い出である。

妹の死中勘助30分以内8,965

今から十八年前の秋、ひとりであの島ごもりをしてたときに私は九州へかたづいてる妹が重体だという思いがけない知らせをうけとった。

今から十八年前の秋、ひとりであの島ごもりをしてたときに私は九州へかたづいてる妹が重体だという思いがけない知らせをうけとった。

府中のけやき中勘助5分以内1,665

昭和三十五年三月三十一日  いつだつたか新聞に蓮の研究で有名な大賀博士が府中の大国魂神社のすばらしい欅の並木が滅びてゆくのを惜まれる記事が載つてたのを読んだ。

昭和三十五年三月三十一日  いつだつたか新聞に蓮の研究で有名な大賀博士が府中の大国魂神社のすばらしい欅の並木が滅びてゆくのを惜まれる記事が載つてたのを読んだ。

母の死中勘助30分以内6,941

これらの断片は昭和九年九月の初旬母が重態に陥ったときから十月の初旬その最後のときまでのあいだに書かれたものである。

これらの断片は昭和九年九月の初旬母が重態に陥ったときから十月の初旬その最後のときまでのあいだに書かれたものである。

独り碁中勘助5分以内1,866

昭和三十三年十二月  家のない私は三十前後のころ谷中の真如院という寺に仮寓していた。

昭和三十三年十二月  家のない私は三十前後のころ谷中の真如院という寺に仮寓していた。

能の見はじめ中勘助5分以内1,885

なにか書かないかといつて「能楽思潮」を贈られたが私はずゐぶん古い能楽愛好者ではあるけれども能楽を研究したこともなければその暇もなかつたし、そのうへ学校を出てからは気分的に、或は住居その他の関係からも久しく観能を中絶しなければならなかつた。

なにか書かないかといつて「能楽思潮」を贈られたが私はずゐぶん古い能楽愛好者ではあるけれども能楽を研究したこともなければその暇もなかつたし、そのうへ学校を出てからは気分的に、或は住居その他の関係からも久しく観能を中絶しなければならなかつた。

胆石中勘助30分以内5,917

昭和十五年十月四日  姉の病気のため五月末から外へ出ず、もう大丈夫となってからもやはり気がかりなので余儀ない用事の場合月に二、三度、それも見舞の人に留守を頼んで出たついでに日にあたってくるぐらいが関の山だった。

昭和十五年十月四日  姉の病気のため五月末から外へ出ず、もう大丈夫となってからもやはり気がかりなので余儀ない用事の場合月に二、三度、それも見舞の人に留守を頼んで出たついでに日にあたってくるぐらいが関の山だった。